神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉 (講談社選書メチエ)

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著者 :
たにちゅーさん  未設定  読み終わった 

Mon, 15 Sep 2008
神といっても唯一神に焦点があたる.
スピリットとしての多神はどこの文化においても古来から見受けられる.
これに対して,ユダヤが生み出した唯一神はどのような相転移を元に生まれたのか?というところに焦点があたる.
中沢氏は読んでいると,純粋にレヴィ・ストロースの構造主義人類学の影響をうけていて,そこに深遠さ,
かっこよさがあるんだけど,その後の現代思想的な議論の飛躍を内包している.

本書の議論の中にで「トポロジー」「対称性の破れ」などという,数学的・
物理学的言語を使って多神教から一神教への流れを切っていくのだが,比喩以上のものがあるのかどうかは非常に怪しいように感じた.

純粋数学とフィールドの現象をマッチングさせるのは構造主義の特徴なので,よいのだが,
ブルバギとの交流で四元数を近親相姦禁止のルールの考察というフィールドに持ち込んだレヴィ・ストロースに比べると,
フィールドの現象と,上記数学的言語との間の対応が比喩の域を出ていない気がした.


ともあれ,一神教が科学的思考,そして現在の非共生型社会の根本に据えられていそうという考えは多くの人が了解するところ.
多神教と一神教の相容れぬ相の違い.この差異を考えることは非常に重要だ.


おもしろかった考察は,自然の中にスピリットが潜むという多神教から一神教へ移ったフェーズにおいて,神の位置が街・
村落の外部にある<自然>から都市の中心に位置する国王の上へと移り<自然>が対象化されたという考え方だ.
これは至極なっとくした.
まあ,一神教の信者の方には,国王・司教と神様の関係については御異論あるかと思いますが,その辺りは本書にて・・・・.
神様は森の中におらず,国王の上にいるんだから,森の動物や木々,氾濫する川の水は最早,神様の意思ではなく,
統御すべき<対象>にすぎない.その過程で自然に対する畏敬の念は消えたのかもしれない.

レビュー投稿日
2014年12月31日
読了日
2008年9月15日
本棚登録日
2014年12月31日
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