小説家という職業 (集英社新書)

著者 :
  • 集英社 (2010年6月17日発売)
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森博嗣氏は平成以後にデビューしたエンタメ系の小説家としてはトップクラスの成功者だ。1996年のデビュー作【すべてはFになる】は累計78万部を販売し、その他かなりの数の著作を含めた印税の合計額は12億円を超えたということである。
森氏のキャラクターと経歴は作家として特殊だ。例えば自ら読書好きの小説家志望だったわけではないと公言している。別に本が好きでも小説家になりたいと思っていたわけではないんですね。そんな森氏が小説を書き始めた動機が面白い。
当時名古屋大学工学部の助教授だった森氏は鉄道模型というお金のかかる趣味を持っていた。その資金を小説を書いて稼げないだろうか?と考えて執筆を始めたのだという。
こんな事を書いている。

『正直にいえば、僕は最初から、金になることをしようと考えて小説を書いた。つまりバイトである。趣味の関係で自分がやりたいことの実現には資金が必要だった。なんとか夜にできるバイトがないか、と考えて小説の執筆を思いついたのだ』

まぁ賞金狙いまたは印税狙いで何かを書こうとする、というのはどこにでもある話だし、誰でも一度くらいは考えたことはあるかと思う。だけどほとんどの場合、その目論みは夢物語で終わるのが一般的だ。
しかしこの森氏の場合、小説を書くということが全く苦もないことだったようである。実際小説を書いて小遣い稼ぎをしようと思い立ってから3日後くらいに書き始め、一週間後には書き終わっていたということである。一日3時間くらい書いて、トータル20時間程度で書き上げたそうだ。それも習作というレベルではない。後に第二作目として発表される【冷たい密室と博士たち】という作品である。

(この第二作目は個人的にはそれほど面白いとは感じないが端正でよく出来た推理小説であることは間違いない。これをいきなり20時間程度かけただけの処女作とすると驚異的である。)

その結果として大学の助教授を続けながら(現在は退官)二足目のわらじとして小説を発表し続け(それもびっくりするほどのハイペースで)結果、前述しとおり12億円を超える印税収入ということである。
まさに読んでて夢のような話だ。ただ同時にこういう人こそ天才なのであり、特別なのだろう、とも思わずはいられない。
しかし徹底して「ビジネスとしての小説とは何か?」を考えて書き始めたという森氏の考え方に学ぶべき点は数多い。
例えば本が売れない原因として森氏があげている考え方が面白い。それは出版社の人間が「本が好きすぎる」から「それほど本好きでない人たち」の求めているものを想像できていない、という説である。
この視点は鋭いと思う。ビジネスに限らないかもしれないが「恋は盲目」みたいなもので対象を好き過ぎると俯瞰した視点がもてなくなるのは間違いない。
そんな森氏だからこんなことも書いている。

『僕はビジネスで小説を書いた。ビジネスというのは、人気者になるためにするものではない。人気者になりたかったら、無料で本を配りなさい、といつも言っている。』

そのように考える森氏だからネット上で自分の作品を貶されたり、欠点をあげつらわれることが大好きらしい(笑)それは一種のクレーム情報であり、その顧客の本音の一部を知る方法としてはそれ以上のものはないからだ、ということである。考え方が本当にクールだ(笑)少しマゾっ気があるのかもしれないが(笑)
その他も面白い考え方がたくさん書いてある。小説の書き方のノウハウ本としては森氏があまりにスペシャルな才能がありすぎて参考にはなりにくい。
だけど、この本はリアルに副業で12億円稼いだ男の頭の中身を読める一冊だということも言える。おそらく嘘とか誇張がほとんどないような気がする。
つまり「秒速一億稼いだ!」とか語る人たちの怪しい本(笑)とは対極に位置する本だ。

余談。
①クールな印象の森氏だがよしもとばななさんとは家族ぐるみの付き合いがあるらしい。どういう話をするのだろうか??
②森氏はとにかく書くのが速い。1時間で6000字を、下書きなし、前もって用意したプロットもなく、書きながらストーリーの展開を考えていくらしい。最初から結末が決まっていると面白くないからだそうだ。
③映像が頭に浮かび淡々と文字に変換していくだけだという。おそらく「カメラアイ」を持っているのだろう。カメラアイとは写真のように記憶やイメージを鮮明に記憶を残せる人のこと。

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感想投稿日 : 2017年7月4日
本棚登録日 : 2017年7月4日

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