怪奇小説精華―世界幻想文学大全 (ちくま文庫)

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本棚登録 : 177
レビュー : 14
制作 : 東雅夫 
tetujinさん  未設定  読み終わった 

・東雅夫編「世界幻想文学大全 怪奇小説精 華」(ちくま文庫)はその書名にふさはしいアンソロ ジーである。収められた作品を見れば誰もがその精華=成果を納得できる。それはこんな編集方針による。「収録作品の選定にあたっては、内 外の主要なアンソロジー採録頻度、評論研究書等での言及頻度を重要な指針、目安としている。(中略)今 回の企画に限っては、能う限りセレクションに客観性を付与することで、ベスト・オブ・ベストの幻想文学選集を編みたいと考えた」(「解 説」613頁)。さう、実際にその通り、そんな稀有なアンソロジーである。これは3冊でシリーズをなす「世界幻想文学大全」の第2に当た る。3は「幻想小説神髄」で本書に続く。1は「幻想文学入門」で既刊、後2冊の「解説/評論篇」(3頁)といふことらしい。稀有な、そし て喜ばしい企画である。
・本書は解説を含めて600頁超、この点でも凡百のアンソロジーではないと知れる。収録作は全18、多い。古くは古代ギリシアのルキアー ノスに始まる。その後は17世紀に飛び、デフォーの「ヴィール夫人の亡霊」がくる。正統的な怪談話、訳者は岡本綺堂である。綺堂は多くの 怪談を訳してゐるが、これもその一編、昭和初年頃の訳であらうか。古い。この後に、クライスト、プーシキン、メリメ、ブルワー=リットン と続くが、これらは19世紀ヨーロッパの作品である。この次が何とポー「アッシャ-家の崩没」である。この題名、まちがへたのではない。 ちやんとかう書いてある。崩壊ではなく崩没である。訳者は龍膽寺旻、日夏耿之介門の人であるらしい。戦後の訳だが、さすが日夏門、かうい ふ訳ができる人は今はゐまい。「雲は鬱然と空低く垂れて、慵く、晻い、静かな秋の昼日」(241頁)と始まる。振り仮名なしでは読めな い。「ものうく、くらい……ひるすがら」である。以下もずつとこの調子、最後の段落はかう始まる。「私が瞳を凝らしている中に、この裂罅 は倐ちに拡がった。この時一陣の羊角が襲いかかった。月読の円な姿が……」といふわけで、これだけでも普通に変換できない文字や単語があ る。この先は更に大変である。今なら京極がこんな文章を書くかもしれないが、それでもこんな古風な言葉遣ひはできないであらうと思ふ。か ういふ訳は、昭和20年代の雑誌を読むといふ趣味でもあれば出くはすこともあらうが、普通では絶対にお目にかかれない。その意味で、私は むしろかういふものを発掘してくれた編者の慧眼を嬉しく思ふ。実は本書の特色はここにもある。やはり「解説」で編者は言ふ。「本叢書にお いては、訳文の正確さや読みやすさよりも、その文学的味わい、文体の洗練を重んじる姿勢から、その多くが戦前戦中に世に出た旧訳の数々 を、あえて積極的に採用する方針で臨んだ。」(613頁)だから、こんな日夏門の訳者も登場するのである。実は芥川龍之介もまた訳者とし て出てくる。テオフィール・ゴーチエ「クラリモンド」である。これなどは芥川訳だと気づかないかもしれない。特に古風でも拙劣でもない。 たぶん普通の訳である。しかし、わざわざこれを載せるところに編者の慧眼、あるいはこだはりがある。この編者、以前は奇を衒つたとでもい ふやうなアンソロジーを編んでゐた。それに比べると、文章へのこだはりはあるが、これはしごくまとも、見事にまとめられてゐる。確かに精 華である。作品はごくオーソドックスながら、訳文でその文学性を採る。それで「ベスト・オブ・ベスト」になるかどうか分からないが、読ん で損したと思はせないアンソロジーになつてゐることはまちがひない。おもしろく読んだ1冊であつた。幻想も待つのみ。

レビュー投稿日
2013年1月27日
読了日
-
本棚登録日
2013年1月27日
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