憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)

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本棚登録 : 171
レビュー : 17
制作 : Ian McEwan  村松 潔 
象使いの本棚さん 2018   読み終わった 

*****

わたしは彼女の声が気にいった。いわば、オーボエを人間の声にしたような声。かすかにしゃがれていて、母音はガアガアいうアヒル、語句の終わりはゴロゴロうなるような声になる、アメリカの言語学者が”ヴォーカル・フライ”と名づけたしゃべり方だ。これは西欧全体に広まりつつあって、ラジオでも話題になっており、原因は不明だが、洗練されたしゃべり方とされ、若い高学歴の女性に多い。楽しい謎である。
p.71

ポッドキャストで聴いたのである。わたしたちは父の蔵書質の長椅子にいて、このときも蒸し暑い真昼に向かって窓があけ放たれていた。退屈は悦楽とそんなに変わらない。それは悦楽の岸辺から眺めた悦楽なのだ、とムッシュー・バルトは言っていた。まさにそのとおり。それこそ現代の胎児の状態なのだ。ただ考えるだけなのである。存在し、成長する以外にはやることがなく、その成長もほとんど意識的な行為ではない。純粋に存在する喜び、まったくなんの差異もない日々の退屈。延々とつづく悦楽は実存的な種類の退屈である。
p.82

愛に、したがって死に、エロスとタナトスに乾杯。ふたつの観念がかけ離れているか、相反しているとき、それは深く結びついているとされるのが知的生活の所与らしい。死は人生のすべてと対立するから、さまざまな組み合わせが提起される。芸術と死。自然と死。ちょっと不安になるが、誕生と死。そして、うれしそうに繰り返される、愛と死。この最後について、わたしのいまの立場から言えば、これほどたがいに相容れないものもない。死者はだれも、なにも愛さない。外界に出て、動きまわれるようになりしだい、わたしは小論文を書いてみるかもしれない。世界はフレッシュな顔をした経験主義者を待ち焦がれているのだから。
p.108

レビュー投稿日
2018年9月29日
読了日
2018年9月29日
本棚登録日
2018年9月17日
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