世界で一番海から遠い場所、新疆ウイグル自治区北部に位置したアルタイ地区。
著者・李娟(リージュエン)さんのおかあさんは、この地区の遊牧地域で裁縫店兼雑貨店を開く。
遊牧民たちは乾燥し痩せた地味から、羊の飼料や水を求めて、一年中、北と南を行き来し、漢民族の李娟さんたちの店も、彼らの移動にあわせて移動して行く。
この『アルタイの片隅で』は、李娟さんたちのお店にやって来る遊牧民たちや、彼らとの生活を描いた散文集だ。
“世界の片隅にある雑貨店”は、小さな、コンビニよりもまだ小さなお店なのだけれども、遊牧民たちにとっては憩いの場所であり、自分の体型にあった服を作ってもらえ、お酒をカウンターでちびちび飲み、ジョウロ(山奥の林のなかで!)さえ売っている、非日常感をちょっぴり味わえる摩訶不思議な場所だったに違いない。
自然とともに移り行く遊牧民たちの日常を追っていると、幸せってどこから生まれてくるんだろうと改めて考えたくなる。
幸せって、気温マイナス30度の極寒の冬でも、40度にもなる夏の砂漠でも、真っ暗闇の夜でも、砂嵐の大地のなかでも、どんなに過酷な状況のなかだとしたも、人と人が出会えば生まれてくるものなんじゃないか。
幸せは、冬の雪の夜に10元で買った1匹の野うさぎ。
幸せは、トラックに乗ってやってくる彼のために、川への水汲みに行くときさえ頑張ってスカートを履き続けた日々。
幸せは、カンテラの下に集まって、歌い、酒を飲み、語らう長い夜。
人生で初めて森に入ったおばあちゃんの言葉に幸せを感じ、編みの粗い不良品の布で仕立てた小さい半袖の上着を毎日得意げに、できた穴を数えながら着続けた女の子にも幸せを感じる。
迷子の子羊を懐のなかに入れたウイグル人のおばあさんのニコニコした顔。
子羊にお乳をあげるために、冬になると店でいちばん売れる哺乳瓶のゴムの乳首。
学校にもいったことなくて、ちょっととろくて、一日中笑顔で、懸命に働くことだけしか知らなかった妹の恋。
幸せの形は人それぞれで。
そこにはいつもキラキラした笑顔があった。
そんな日々のなかで李娟さんは思う。
おかあさんとおばあちゃんの年齢で望む幸福のすべてや素晴らしい生活に対する理解と、私のそれらはきっと同じじゃないと。
『私が思うのは、いつかここを離れるときがくるということ。でもおかあさんやおばあちゃんはきっとこう思っているでしょう。ここでずっと暮らしていくのも悪くないさ、って……。』
なにが幸せかは人それぞれだ。
人それぞれの幸せの形があること、それがいい。
けっしてそれらを否定したり、ましてや幸せの名の下に皆が同じ生き方をすることを強制する権利は誰にもないはずだ。
自然と調和し営まれてきた遊牧という彼らの生活も、中国政府が進める遊牧民の定住プロジェクトにより、ゆっくりと形を変えていく。
今、消えゆく彼らの日々を知ることができたこと、その意味をわたしは考える。地球上から偉大な歴史がまた1つ途絶えるかもしれない、その意味を考える。
ここには幸せな瞬間があった。そのことはこれからもひとりひとりの胸のなかで消えることはないでしょう。そして世界は、そのことを忘れてはいけないんだと思うのです。
- 感想投稿日 : 2022年2月14日
- 読了日 : 2022年2月14日
- 本棚登録日 : 2022年2月14日
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