アルタイの片隅で

  • インターブックス (2021年10月5日発売)
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感想 : 8
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世界で一番海から遠い場所、新疆ウイグル自治区北部に位置したアルタイ地区。
著者・李娟(リージュエン)さんのおかあさんは、この地区の遊牧地域で裁縫店兼雑貨店を開く。
遊牧民たちは乾燥し痩せた地味から、羊の飼料や水を求めて、一年中、北と南を行き来し、漢民族の李娟さんたちの店も、彼らの移動にあわせて移動して行く。
この『アルタイの片隅で』は、李娟さんたちのお店にやって来る遊牧民たちや、彼らとの生活を描いた散文集だ。

“世界の片隅にある雑貨店”は、小さな、コンビニよりもまだ小さなお店なのだけれども、遊牧民たちにとっては憩いの場所であり、自分の体型にあった服を作ってもらえ、お酒をカウンターでちびちび飲み、ジョウロ(山奥の林のなかで!)さえ売っている、非日常感をちょっぴり味わえる摩訶不思議な場所だったに違いない。

自然とともに移り行く遊牧民たちの日常を追っていると、幸せってどこから生まれてくるんだろうと改めて考えたくなる。
幸せって、気温マイナス30度の極寒の冬でも、40度にもなる夏の砂漠でも、真っ暗闇の夜でも、砂嵐の大地のなかでも、どんなに過酷な状況のなかだとしたも、人と人が出会えば生まれてくるものなんじゃないか。

幸せは、冬の雪の夜に10元で買った1匹の野うさぎ。
幸せは、トラックに乗ってやってくる彼のために、川への水汲みに行くときさえ頑張ってスカートを履き続けた日々。
幸せは、カンテラの下に集まって、歌い、酒を飲み、語らう長い夜。
人生で初めて森に入ったおばあちゃんの言葉に幸せを感じ、編みの粗い不良品の布で仕立てた小さい半袖の上着を毎日得意げに、できた穴を数えながら着続けた女の子にも幸せを感じる。
迷子の子羊を懐のなかに入れたウイグル人のおばあさんのニコニコした顔。
子羊にお乳をあげるために、冬になると店でいちばん売れる哺乳瓶のゴムの乳首。
学校にもいったことなくて、ちょっととろくて、一日中笑顔で、懸命に働くことだけしか知らなかった妹の恋。
幸せの形は人それぞれで。
そこにはいつもキラキラした笑顔があった。

そんな日々のなかで李娟さんは思う。
おかあさんとおばあちゃんの年齢で望む幸福のすべてや素晴らしい生活に対する理解と、私のそれらはきっと同じじゃないと。
『私が思うのは、いつかここを離れるときがくるということ。でもおかあさんやおばあちゃんはきっとこう思っているでしょう。ここでずっと暮らしていくのも悪くないさ、って……。』
なにが幸せかは人それぞれだ。
人それぞれの幸せの形があること、それがいい。
けっしてそれらを否定したり、ましてや幸せの名の下に皆が同じ生き方をすることを強制する権利は誰にもないはずだ。

自然と調和し営まれてきた遊牧という彼らの生活も、中国政府が進める遊牧民の定住プロジェクトにより、ゆっくりと形を変えていく。
今、消えゆく彼らの日々を知ることができたこと、その意味をわたしは考える。地球上から偉大な歴史がまた1つ途絶えるかもしれない、その意味を考える。

ここには幸せな瞬間があった。そのことはこれからもひとりひとりの胸のなかで消えることはないでしょう。そして世界は、そのことを忘れてはいけないんだと思うのです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 中国文学
感想投稿日 : 2022年2月14日
読了日 : 2022年2月14日
本棚登録日 : 2022年2月14日

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コメント 5件

shokojalanさんのコメント
2022/02/19

地球っこさん、
素敵な本のご紹介ありがとうございます。ぜひいずれ読んでみたいと思いました。
私学生時代、生態学の勉強をしていたのですが、「近代国家化」の名のもとに遊牧民の定住化(戸籍管理と徴税のため?)を推し進めるのは世界各国で起きており、しかしもともと遊牧民が住んでいる土地って定住(ex農業)に不向きなので、砂漠化が加速してどんどん住めない土地と化していく、ということを学んだ記憶が蘇りました。地球っこさんの「人にとっての幸せは?」に関する素敵なレビューも相まって胸がきゅうっとしました。

地球っこさんのコメント
2022/02/19

shokojalanさん
おはようございます♪

shokojalanさんは生態学を勉強されていたんですね!

わたしは遊牧民の定住化や、遊牧地の砂漠化、そして砂漠が広がる地域にも極寒の冬が来ることなどなど、初めて知ることばかりでした。
その辺りをちゃんと知っていたらもっと深く読み込めただろうな(いつも、そうなんですけど……)と思ってます。

なので、ぜひshokojalanさんのレビューを読んでみたいです!

そんな私なので的外れなことばかりなのかもしれませんが、ただ思ったのは、確かに定住化すれば、今よりも生活は安定するだろうし、子どもたちも教育を受けられるかもしれない。
でも、きっと良いことばかりではないのではないか……ということです。

shokojalanさんの「遊牧民が住んでいる土地って定住に不向き」とのことを知ったことで、さて、この政策は、本当に遊牧民のことを考えてるのかと疑問は強くなりました。

定住化はいいよ、というニュースばかりを流すのではなくて、その弊害などもちゃんと表に出さなくちゃいけないんじゃなかろうか。
もし良いことばかりだとしたら、なぜそれでも遊牧生活を送る人たちが存在するのか。

いろいろ考えましたが、なんせ知識がものすごく不足してるので、今の時点では、少しの答えもみつかりません。

ただ、幸せは強制的に押し付けられるものでも、人から与えられるだけのものでもないのでは……とは思いました。

今、同じ著者の「冬牧場」という紀行エッセイを読んでます。
こちらは著者・李娟が、ひと冬をカザフ族の遊牧民家族と過ごした日常が記されています。
このエッセイでは、どんなに過酷な状況であっても、笑いを忘れずに、誠実に遊牧生活を送る人々の姿に触れることができました。
誠実に強かに生きるということは、どんなにすごいことなのか、失われてゆくカザフ族の冬の生活を感じながら読んでます。

それでも、今の時代の遊牧民たちの一生を考えると……、なんだかいろいろ考えてます。

もし機会がございましたら、こちらの本もぜひ。

長々とまとまらないコメントを書いてしまいました。
ごめんなさい。

shokojalanさんのコメント
2022/02/19

地球っこさん、
ご丁寧にありがとうございます。
私はむしろ、いつも地球っこさんのレビューの深さ(人間模様を見る視線の鋭さ・共感・温かさ)に心動かされています。

新しい分野に触れて、そのときはすぐには全てを理解しなくても、あとから繋がって理解が深まるのも楽しいですよね。

本当におっしゃる通りで、だからといって遊牧民としての生活を続けることを当事者全員が望むとは限らないというのが難しいところだと私も思います。
その土地に根づいて編み出された生活の知恵は、その場所において一番持続可能で理に適っている場合が多いのですが、政府の意向、またはある程度当事者の意向によって、変化していっている、というのが現実な気がします。『熱源』を読んだ時も、まさにこのテーマで「どうしたらいいんだろう」とぐるぐる考えた記憶があります。

ここは不勉強な領域でふんわりした理解ですが、少数民族の保護政策も、国によって様々なようですね。(例えば、近代教育は全員に施し「国語」は学ばせたり、自由にさせるがほぼ隔離状態で没交渉だったり)

地球っこさんのコメント
2022/02/19

shokojalanさん

考え続けることが大事なんでしょうね。

「熱源」も読んでみます!

梨木香歩さんがエッセイ『ここに物語が』で、塩野米松著『失なわれた手仕事の思想』の一文をあげておられました。
「私たちは手仕事の時代を終焉させてしまったのである。それなのに、今現在、手仕事の時代に代わって進もうとする方向性は指し示されてはいない」

この一文に。なんか通ずるものを感じました。

梨木さんはこの「失われてゆく」でも、「失われようとする」でもなく、『失なわれた』としたタイトルに、著者の思いが込められていると書いておられました。

今ならまだ振り返ることができる。今書き留めて置かねば、という使命感が感じられる、と。
それは、感傷的なものとか、警鐘的なものではなくて……。

きっと李娟さんもそうだったのかもしれないなぁと思ってます。

実は中央アジアらへんのことにちょっと興味を持ち始めたところなので、こういうこともこれから少しずつ勉強していきたいと思ってます。

また、いろいろ教えてくださいね♪

shokojalanさんのコメント
2022/02/19

地球っこさん

「ここに物語が」気になっていたんです。ご紹介いただいた一文、とても刺さりました。

中央アジア、素敵ですね!レビュー楽しみにしています。
青色が大好きなのでウズベキスタンは憧れの土地です。旅行というものが遠ざかって久しいですが、いつか行けたらいいな…!

お付き合いありがとうございました(^^)

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