雁 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1948年12月7日発売)
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『雁』は1911年(明治44年)に発表されたこの作品で言わずと知れた代表作となっています・『灰燼』は同じく同年に発表され同時進行にて執筆されたと言われています。

『雁』の時代の設定は、1880年(明治13年)であります。高利貸しの妾・お玉が医学を学ぶ大学生の岡田に慕情を抱くも結局その思いを伝えることが出来ないまま岡田は洋行する。はかない女性の心理描写と身の上が如実に表現されています。
といった内容なのですが、『舞姫』の発表は、1890年(明治23年)となっていますので、御年28歳の時に発表された『舞姫』と49歳の時に発表された『雁』は、独逸留学つながりなので敢えて年齢の対比をさせていただきました。
言うなれば作品の設定が、鷗外先生が留学する前と留学した後に書かれた作品という事になります。
 さて、この作品が何故鷗外先生の代表作なのか、と言う疑問が僕自身にはあります。
作品そのものは、どちらかというとはかない女性と岡田の物語で、取り立てて秀逸とは言えないと思ったからです。その疑問があって、この作品に限っては3回程読み直しました。

 鷗外先生がこの作品を書かれたのは、満49歳、官職では陸軍軍医総監の位、陸軍省医務局長という軍医行政最高のポストにあったことを思えば、いかにも積極的な表現意欲といわざるを得ないが、僕の個人的な意見で言うなら49歳の年齢なれば本職の官職をこなしながら、『雁』と同時に『灰燼』も執筆しているのです。ここに何らかの因果関係があるのかと思わざるを得ません。しかしながら、そこでも作品自体の評価が高いことの理由が判然としないのです。
ただ、3回も読み返すと見えてくるものが、作品自体の内容ではなく作品の構成なのです。
巻末の解説にも書いていますが、「前に見た事と後に聞いた事と」を一つにまとまった「物語」に再構成されているのではないかと思うのです。
この構成の性格は、単に『雁』一個のものではなく、鷗外文学の深処に通じるものと思うのです。
「体験した話と聞いた話の融合」は、物語小説の世界では当たり前のように思われますが、例えば真ん中から折り畳める鏡があったとしたら、折り畳むと左右対象であることは「初めに見た物語をもってきて、最終部分にもまた見た話に戻る物語の進行で帰結しています。
 これは、偶然か作為的なのかは分かりませんが、現実世界から夢を見てまた現実世界に戻ると言うものです。もしそれが作為的に構成を計算されたものであるなら、鷗外文学の真骨頂ではないかと思いました。一夜の長い夢を見た様な気分になりました。
ネットで検索をしても、この作品の書評はあまり見かけませんが代表作であるという理由は心情的に細やかな点と、思いが伝わらなかった残酷さを併せ持つ妙なのかもしれません。
既読の方も多いかと思いますが、今一度再読されてみては如何ですか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本純文学
感想投稿日 : 2013年12月22日
読了日 : 2013年12月22日
本棚登録日 : 2013年12月22日

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