痛快! コンピュータ学 (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社 (2002年3月20日発売)
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本棚登録 : 423
感想 : 39
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 痛快!シリーズは入門書の当たり企画だと今も思っていますが、読み返すと改めてそう感じます。
 本書が文庫化されたのは2002年。普通のコンピュータ関係の概説書ならとっくに過去の遺物になっていてもおかしくありません。
 しかし、本書はコンピュータの開発の歴史と、「情報とは何か」「コンピュータとは何なのか」という基本中の基本を説明しているので、今も十分通用します。
 本書を読んだのが大学3回生の頃。大学1回生のときに教養科目で「情報処理論」を履修してたんですが、その内容がわかりやすくまとまっていました。それこそ「何で先生はこれを指定テキストにしてくれなかったんだ!?」と頭にくるくらいです。

 後半には著者の本ではおなじみ、TRONの話も出てきます。特に文字(主に漢字)を巡る話では、著者が文字文化の大切さを理解する技術者であることに胸を打たれました。
 逆に、アルファベット+αくらいの文字で自分たちの用は事足りるとした西洋諸国の態度を見て思い出したのが、アロー号事件で英仏軍が北京に侵入したとき、永楽大典を雨にぬかるんだ道に敷き詰めた話でした。
 コンピュータが究極的には人間の文化・文明を扱い、それを発展させていくための道具であることを忘れ、機械の都合に合わせて人類の文化・文明を制限する発想が支配的だった(今もそういう側面は多分にあるかもしれない)ことにはため息が出ます。

 もう一つ、著者が提唱する「どこでもコンピュータ」は、ネット環境の整備とタブレットPCの登場でかなり実現された部分もあると思います。ネットでHDDレコーダーやPCを遠隔操作し、タブレットPCやPSPなどを使って外出先からテレビ番組を録画したり、録画した番組を見たり、そもそも自分でやらなくても誰かがネットに動画をアップしていて、巨大なアーカイブができあがっている、など、振り返ると目覚ましい進歩を続けていることに気づかされます。
 が、これからもウェアラブルコンピュータ(一つの究極形態として「電脳コイル」の電脳メガネ)など、「どこでもコンピュータ」の開発はまだまだ続くことは間違いありません。

 普段何気なく使っているコンピュータについて、それが一体どういうものなのか、その本質を知ることができる本です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2012年6月29日
読了日 : 2012年6月29日
本棚登録日 : 2012年6月29日

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