はい、泳げません

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本棚登録 : 141
レビュー : 36
著者 :
富屋大介さん  未設定  読み終わった 

 事実を身も蓋もないくらい客観的に、透徹した視線で描き出す著者のルポルタージュ。そして本作での取材対象は「泳げない自分」です。

 水が怖く、泳げない著者が、ゼロから水泳を習い、上達していく様子がつぶさに記録されています。
 そして、そのとき泳げない人(著者)がどんな気持ちでいるのか、その人が泳ぎのヒントを得たときにどんなことを感じ、考えていたのかが丁寧に記述されています。

 水泳の教本は世に溢れかえっていますが、泳げない人目線から、その心理に寄り添って書かれた本書のような本は希有なんじゃないかと思います。
 ちなみに、うちの母もここ数年水泳にハマって毎日泳ぎに行ってますが、本書を渡したところ、どハマりし、水泳仲間に貸した挙げ句借りパクされました…orz 歳行ってから水泳を始めた母に、共感を覚えるところ大だったのでしょう。

 本書では、桂コーチがめんどくさい生徒(失礼!)である著者を根気よく指導しているのですが、その言葉の一つ一つが「さすがプロだなぁ」と思わされるものばかりです。
 泳ぐときは「力を抜け」とよく言いますが、漠然と力を抜けと言われても難しいんですよね。そこで、「泳ごうとせずに、ただ伸びようとして下さい」など、少し考え方を変えるようなアドバイスがなされます。
 私は合気道を少しやっているのですが、そこでも「力を抜け」と言われます。が、これがなかなか難しいんです。
 しかし、「掴まれている腕のことは放っといて、向こうにいる彼の肩を叩いて振り返らせようとして」と言われると、思いっきり腕を握られているのに難なく動いたりするのです。スポーツでも武道でも、根底にある身体操作のコツは一緒なのかな、と読んでいて感じました。
 おそらく、力を抜くためには意識を向けないということが重要な要素なんでしょうね。ただ、そこで自分に対し否定形の命令をしてしまうと途端にできなくなります。どこかで読んだんですが、人間の深層意識は否定形を理解できないそうです。論理構造で言っても、否定形というのは一度ないものを現出させてそれに×をつけることであり、ないものを一度意識せざるをえません。つまり、「力を抜こう」と思ったら、まず抜くための力を意識しなければならないわけです。ガッチガチに力が入っている状態であれば、それもある程度有効でしょうが、無駄な力を完全に抜こうと思うと、「力を抜く」というアプローチは、かえってドツボにハマる危険性も有しているわけです。
 だから、否定形の命令ではなく、別の動作を目的とする肯定的な動作で考えた方が、余計な力を抜くのには良いのかな…と本書を読みながらつらつら考えました。

 あと、個人的に面白かったのが、著者が泳ぎの感覚を掴んだときに、その場で立ってしまうことです。
 桂コーチは「せっかくできているのに、それを崩して立ってしまうのはもったいない」と考えていますが、おそらく桂コーチは感覚的に物事を捉えるタイプの人なんだと思います(私もそうです)。だから、泳ぎながら感じたことをそのままキープしようとします。
 これに対して著者は、おそらく物事を理解しようとするタイプです。だから、今自分が掴んだ感覚もすぐ「理解」しようとし、落ち着いて「考え」「反芻する」ために立ち上がってしまうんだと思います。
 この二人の感覚の違いというのは、多分頭では理解できても、腑に落ちてわかることはないんじゃないかなぁ、と思います。著者の物事の捉え方がそうだとしても、私もやっぱり腑に落ちないものを感じますから。

 色々ゴチャゴチャ書きましたが、難しいことは抜きにして読んでみて下さい。読んでる内にとにかく泳ぎたくなってくる一冊です。

レビュー投稿日
2012年6月5日
読了日
2012年6月5日
本棚登録日
2012年6月5日
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