消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

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本棚登録 : 173
レビュー : 49
著者 :
とし長さん ノンフィクション・新書・エッセイ・思想・書評   読み終わった 

 図書館より

 北九州で起こった7人の人間が監禁、殺害された事件。残虐さと異常性から、報道規制も行われた事件の深層に迫るノンフィクション。

 愛想よく近づき相手の懐に潜り込むいなや、態度を一変させ通電などの虐待行為と共に、相手の弱みを徹底的に攻め、虐待や殺害、死体遺棄を監禁した人たちにさせることで罪の意識を植えさせ、逆らえないようにする、その手口の悪質さ、残虐さに寒気がします。

 虐待、あるいは拷問の著述はかなり表現を抑えているように思いますが、それでも読み進めるのは辛くなります。大人だけでなく、子どもにも容赦なく加害者の毒牙は伸ばされ、こういうのを読んでいると、神も仏もいないんだな、と思わざるを得ません。

 犯人の裁判での様子も書かれていますが、それもまた異常です。なんでも犯人が証言をすると、その冗談やユーモアで傍聴席から笑いが起こることもあったそうです。そうした話術があったからこそ、こうした犯行も行われたのだと思うとその外面の良さの下に、どんな素顔があったのかと思うと余計に恐ろしいです。

 また裁判で犯人が自分は殺していない、なぜなら彼らは利用価値があったからだ、と述べるところも寒気がしました。例えば「彼は生かしておけば、サラ金で金を借りさせられたから殺す必要はなかった」「彼女なら水商売で金を作れただろうから、殺す必要はなかった」だから自分は殺さない、と言うのですが、
普通は「仲が良かったから自分が殺すはずはない」と感情面に訴えると思うのですが、犯人はひたすらに金を作れるかどうかを理由としているのです。犯人にとって人は自分に利用価値があるかどうか、でしか見ることができなかったのだろうな、と思いました。この簿面を読んでいて自分は貴志祐介さんの『悪の経典』を思い出しました。

 著者あとがきでも触れられていますが、主犯の男の親族に関しては一切取材拒否ということで、事件の流れや被害者たちの状況はだいぶ分かりやすく書かれているものの、なぜ犯人がこうした犯行を起こすに至ったか、その半生が分からなかったのが残念でした。

 彼は生まれながらの悪だったのか、それともなにかしらの要因があってこうした人格になったのか、それは結局闇の中です。

 数年前に尼崎でも同じような事件が起こりましたが、いつの時代だってこうした人の心理につけこむ殺人鬼はいるということだと思います。

 自分も含めた人間の心理の弱さを理解して、少しでも隙を減らすことでしか、こうした悪には対抗できないのかもしれないです。

レビュー投稿日
2015年12月4日
読了日
2015年12月4日
本棚登録日
2015年12月3日
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