格差はつくられた: 保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略

  • 早川書房 (2008年6月1日発売)
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ノーベル賞にも輝いた経済学者クルーグマンが
アメリカ経済でなぜこの30年ほどの間に
所得の格差が増大したのかを、明らかにしていく。

原題は The Conscience of Liberal なので、
直訳すると「リベラルの良心」となろうか。

私は経済学に関する著者の本はほかに少しだけ読んだけれど
こういうはっきりとした政治主張は初めて読んだ。

要するに著者が言いたいことは、
保守派富裕層が政治家をカネで懐柔し、彼らに有利な
税制はじめ社会制度を作らせていることがあるのだが、
それを押し通す原動因とも呼べるものが人種差別である、
ということである。
黒人やヒスパニックなどの移民層は低所得者が多く、
ゆえに所得の再配分を手厚くする政策をとった場合に
彼らに振り分けられる配分が増えることを、
人種差別マインドを持つ人々をうまく刺激することで
行わないようにする、まぁ実際には富豪への税金を減らさせる
ことを目的としているということである。

とはいえ、これだけなら他にもこういう本は山ほどありそうだが、
クルーグマンたるところは、
「時間軸」(タテ)や「他国の状況」(ヨコ)からしっかりと
データを集め、いかに今日のアメリカの状況がおかしいかを
的確に指摘している論の説得力の見事さであろう。

タテでいえば、アメリカの第二次大戦後は
格差が「大圧縮」された時代であったという。
それは、戦争によって賃金上昇が抑えられたことが大きいと指摘する。
そうすることで、戦後の「中流層が多く、大きく成長する社会」が
実現したとみている。
(大恐慌以前は「金ぴか社会」と呼ばれる大格差社会であった)

日本なんかの左翼思想にありがちな「戦争絶対悪」のような
筋の通らない感情論は持ち出さない。さすがである。
戦争が望ましいなどとは全く著者も思っていないけれど、
戦争によって結果もたらされた格差縮小は適切に評価している。

また、ヨコでいえば、
たとえば今日アメリカで(といっても本書が記された2007年は、
オバマケア以前なので、その時点の話だが)は医療技術の進歩によって
低所得者ほど医療負担が重くなる(なぜなら民間保険、無保険が多いから)
事態は、フランスやドイツといった欧州先進国と比較して明らかに
異常であり、それは決して大きくない財政負担で実現できることを
明示している(なぜなら、それらの国ではできているからだ)。

したがって、国民皆保険を導入しないようにしているのは
「あきれた保守派のやり方」のせいであることがはっきりしてくる。

ただし、著者は明るい未来を見ている。
それは、WASPと呼ばれる白人の人口構成比率が下がり、それまで
マイノリティとされていた人々の発言力が相対的に増していること、
また白人層でも人種差別意識の薄い人々が増えていること、
そして保守派のやり口のおかしさが露見してきていること、などを
理由としている。

実際に現実には、著者の「予言」するように、オバマ大統領が誕生し、
オバマケアと呼ばれる皆保険が成立した。

無茶苦茶な格差信奉者が跋扈し、宗教色が色濃い国家である一方で、
著者のような「進歩派知識人」の卓見が、社会を公正にする影響力を
もたらせる国家でもあるところが、アメリカのすごいところだと思う。
民主主義国家というのは、そういうものすごい綱引きの上に成立している
ものなんだと思わされる。

少なくともそういう観点からすれば、日本とアメリカは全然違う。
そのあたり、日本の経済政策を考える上ではよくかんがみる必要があると思った。

2012年、オバマは大統領に再選された。
ただし、相変わらず議会多数派は共和党が握っていたりする。
来年以降のアメリカの民主主義と経済の進み方が、アメリカ国民も、世界も
大きく左右しそうだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 社会論/メディア
感想投稿日 : 2012年12月2日
読了日 : 2012年12月2日
本棚登録日 : 2012年12月2日

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