チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

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toshiki tashiroさん 新書   読み終わった 

チェルノブイリの立入禁止区域内やキエフのチェルノブイリ博物館の観光ツアー記に始まり、ルポやインタビュー記事、鼎談...と続く。「まだ福島は終わっていない」で終わらせないために何ができるのか。チェルノブイリの今を知る本書は福島の未来を予測、あるいは模索する大きな礎となるか。

チェルノブイリ本でダークツーリズムについての記事を読むと、訪れたことのあるホーチミン戦争証跡博物館が、名前だけだがダークツーリズムの一箇所として挙げられていた。僕はそこを訪れた時の記憶を思い出すと共に、ダークツーリズムの一端に既に触れていたんだということに思い至る。ホーチミンで仕事していて暇が出来たから、ちょっと観光名所を調べて、なんとなく立ち寄る。そして、その観光名所の中でそんなものがあるとは知らずに唐突に悲劇の記憶と遭遇する。自ら学ぼうとする意志も、教えようとする誰かとの出会いも必要なく、それでいて強制的に学ばされる。これこそ、『悲劇と欲望の交差点』。そして、観光地として遺構や博物館があることの意義はそれだけに留まらない。「ここで起きた」、「これが悲劇の爪痕だ」という文字からは得られない圧倒的な生々しさがそれらにはある。「知っているということ」と「感じるということ」はあまりにも違う。実際にホーチミン戦争証跡博物館に展示されている物の生々しさは尋常じゃない。日本ではあれが展示されることは絶対にないだろうとすら思う。あれが何によってもらたされたのか、何故そうなったのか、考えずにはいられないだけのインパクトがある。文字から読み取れる悲劇はしょせん、知識としての悲劇でしかない。書物や映画は我々の想像力に訴えかけるかもしれない。しかし、遺構、遺物は圧倒的生々しさを持って我々に現実を突き付ける。訴えかける力の強さがあまりにも違う。そして、それがある限り忘れ去られることもない。遺構を残すことへの批判は多い。震災遺構を取り壊し、悲劇を忘れようとする気持ちは分からなくもない。しかし、生き残った者が死者にしてやれるのは、唯一、彼らを忘れないということではなかろうか。遺構を残すことはある意味では死者への最大限の弔いであり、決して不謹慎などではないと思う。忘れたい、辛いという遺族の気持ちを慮ることも大事かもしれない。心の傷が癒えるのを待つべきなのかもしれない。しかし、時が経てば経つほどに遺構は失われていく。当事者ではない外部や後世の人々に伝えるには現物の圧倒的生々しさこそが鍵になる。震災遺構を残すのは今しかない。

レビュー投稿日
2013年8月6日
読了日
2013年7月31日
本棚登録日
2013年7月31日
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