鷹の井戸 (角川文庫)

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transcendentalさん イギリス文学   読み終わった 

19世紀末から20世紀にかけてのアイルランドの詩人・劇作家イエーツ(1865-1939)による戯曲三篇。彼の作風は神秘主義や象徴主義の傾向をもつ一方、ケルト文芸復興と呼ばれるアイルランドの民族運動にも関わっていく。本書の「あとがき」にはイエーツの略年譜があるだけで、解説の類は付いていない。そのため、各作品が発表当時に置かれることになった時代の文脈等については、各自で調べる必要がある。

□「カスリイン・ニ・フウリハン」1902年

背景には1798年にアイルランドで起きた対英独立を目指す叛乱があるというが、それを知らないとこの作品が発表された当時の社会の中で帯びていた文脈を理解できない。謎の老女の言葉によって、青年が民族意識に覚醒し自分の人生を捨てて独立闘争に駆り立てられていく過程には、狂気にも似た不思議な趣きが感じられる。

「老 女  いつまでも忘られず
      いつまでも生きて
      いつまでも口をきく
      その人たちの聲を國民はいつまでも聞く」

□「心のゆくところ」1894年

異教の存在が少しずつ自分の世界と内面に入り込んでいく過程が、静かにかつ神秘的でどこか禍々しく描かれている。これが象徴主義の雰囲気なのか。キリスト教とケルト信仰の相克が背景にあると思われる。若い花嫁は、抑圧されてしまった生と世界をひとつの遊戯にしてしまいたい、と願ったのか。

「メリイ  わたしは世界を持つて
      それをわたしの兩手でこなごなに碎いて
      そのくづれて行くのを眺めてあなたが微笑ふのを見たい」

「子 供  ここにゐてあたしと一緒においで、花嫁さん
      お前があの人のいうことを聞けば、お前もほかの人たちと同じやうになるよ
      子供をうみ、料理をし、乳をかき廻し
      バタや鶏や玉子のことで喧嘩をし
      やがてしまひには、年をとつて口やかましくなり
      あすこにうづくまつて顚えながら墓を待つやうになるよ」

「子 供  あたしはお前を連れて行つて上げるわ、花嫁さん
      誰も年をとつたり狡猾になつたりしない
      誰も年をとつたり信心ぶかくなつたりしない眞面目になつたりしない
      誰も年をとつたり口やかましくなつたりしないところへ
      そして親切な言葉が人を捕虜にしないところへ」

□「鷹の井戸」1921年

生と世界の虚無の深淵を覗いた者は、一生その呪いに苦しめられるしかない。自己の生の意味を追求せずにはおれない者は、そしてそれが不可避的な敗北に終わることを自覚していながら、にもかかわらず/それでもなお/それゆえにこそ、追求の徹底性を中途で放棄することができない者は、無際限の追求の裡に終に身を破滅させるしか在りようがない。世界から、自己意識の否定作用・対自作用により、虚無の距離で隔絶されてしまった者は、世界に埋没する即自的な在り方に返ることは不可能である。ただただそうした「痴かさ」を、到り得ぬ理想として外部から羨むしかない。

「智慧あるものぞにがきいのちを生くる」

これは、ドストエフスキーの「安っぽい幸福か、高められた苦悩か」にも通ずる主題ではないかと思う。或いは、ベケット『ゴドーを待ちながら』との関連ではどうなのだろうか。

レビュー投稿日
2018年10月14日
読了日
2018年10月14日
本棚登録日
2018年10月14日
2
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