オーディブルにて。
スカッとするマイペースさ。
ある意味、何でもできるスーパーヒロインぶりは現実離れしているけれど、それを支える努力があることも垣間見えて清々しい最終章だった。

物事は、立場が変われば見え方が変わる。
本人は自信がなくて目立たない人間だと思っていても、主人公「成瀬」に知らず知らず引っ張られ、自分でも意識していなかった能力が飛び出したりする瞬間にワクワクした。そんな彼女を眩しく見る者の目線で語られた章もあり、それぞれにとっての「成瀬」が浮かび上がってくるのだけれど、では当の「成瀬」本人はどうなのか、、、

種明かしというほどの大事件は起こらないし、お涙頂戴の場面があるわけでもない。でもどこか「いつでも精一杯」がテーマになっているような若々しさがあって、こちらまで何だか朗らかになれる気がする。元気がもらえる一冊だった。

2024年4月18日

読書状況 読み終わった [2024年4月18日]

ちょっとコワイ。
でも、思わず笑ってしまう。
私たちは普段、本当に多くの忖度と「暗黙の了解」の中で生きている。
「世間の一般常識」から外れないように一生懸命、空気を読んで、異物を排除すべく群れを作り、自分が排除されないようにしている。
そのことを、思い知らされる。

個性であったり、あるいは脳の仕組みであったり、たぶん、先天的にそういう状況把握が苦手な人は存在するのではないかと思う。現代ではいろいろな病名が付けられたりもするのだろう。
でもそれさえも、「異物」というレッテルのための理由付けのような気もする。

この本の主人公は少なくとも、自分がどういう目で見られているかも察知しているし、それが何故かも理解していて、それでも世間の「普通」に自分をあてはめることが極端に苦手。なんとか自他を納得させようとする奇想天外にも思える解決策が、可笑しくもちょっと哀しい。

何が「正常」であるかは意外と難しい問題だと、じわり、と突き付けられる。

2024年3月30日

読書状況 読み終わった [2024年3月30日]

オーディブルにて。
事実と真実は違う。
リアルな描写に、何度も出てくるこのフレーズや、身近に転がっているとは少々言い難いシチュエーションにもつい納得させられてしまう。
善意の誤解や、分かってもらえないもどかしさ、諦め。
社会の一般的なことから少しでも外れた時の生きづらさのようなものが、突き刺さるような描かれ方をしていて時折、読んでいて苦しくなった。
もっと多様であることを、皆が受け入れられるようになればいいのに。そんな叫びが聞こえてくるような気がする。理不尽ではあるけれど、「許さない」ことができる世間の息苦しさは、結局最後まで解決はしない。

思ったより後味の悪くない結末でホッとしたけれど、現実は、これまた異なるものであることも知っている。
分かってもらえない辛さと、どう折り合いをつけ続けていくか。その葛藤は、誰にとってもテーマであり続けるのかもしれない。

2024年3月24日

読書状況 読み終わった [2024年3月24日]

オーディブルにて。
現実にはなかなか、あり得ないだろう夢物語のような部分もたくさんある。世の中、そんな風にはいかないだろうと言いたくなる設定もたくさんある。
でも、それでもどこか読後感が良いのは、ここに出てくる登場人物全員が、とてもマイペースで、自分を持っていて、そして惜しみなく主人公のことを大好きで、大事にしていることが伝わってくるからなのだろう。
世間一般の常識からしたら「そんなの、アリ?」と思うようなやり方だとしても、それぞれが自分の価値観で、一生懸命に表現した思いが、お互いに、交差したり、離れて行ったり、時に絡まったりもしながら紡がれていく。
こんなにドラマティックでなくても、みんな大なり小なり似た悩みを抱えていて、でもこの登場人物たちほど明るく笑い飛ばせてはいなかったりして。

ああ、これでもいいじゃないか、それでもいいじゃないか、と思えた時に、自分にも、自分を取り巻く環境にも、ちょっと優しくなれる。
そんな風に元気が出る一冊。

2024年3月18日

読書状況 読み終わった [2024年3月18日]

オーディブルにて。

自立することを選ぶ女たちへのエール。
私にはそう読めた。

今となっては古臭い、ステレオタイプな結婚への考え方。女は家にいるべきだという固定観念。そういうものを声高に批判して立ち向かう、これはそういう話ではない。逆に、長い歴史のあるしきたりに巻き取られていきそうになる、その中で感じる違和感や苦しさのようなものを一つ一つ、見て見ぬふりをせずに拾い上げて向き合っていく話ばかりだった。

各章ごとに、それぞれの登場人物にスポットが当てられ、各々の事情や、その選択肢を選び取ることの必然性が自然に納得できるよう、巧い伏線がたくさん張り巡らせてある。それでもなお、私にしてみれば「そんな時代錯誤なヤツは切り捨ててしまえ!」と叫びたくなるようなシーンがいくつもあったのだけれど・・・

幸運にも現実の世界で、私は非常に恵まれていて、ゼロとは言わないがこの本の登場人物たちが苦悩するような酷い女性蔑視に直面したことがない。結婚という古くからある制度の良いところ、悪いところ、親の世代の持つ価値観と自身の感覚とのはざまで苦しむ彼らの悩みには共感できるところが多々あった。
家族も大事。恋人だって大事。そしてやりがいのある仕事ももちろん大切にしたい。できればそれぞれの価値観を理解し合い、両立させたい。

モヤモヤしても、納得いかなくても、怒りや悲しみを覚えても、現実には黙ってやり過ごす術を得る方が早道で、それを選ぶ人も多いのだろうと思う。
この小説の中で小気味よいのは、登場人物の一人一人が、自身の腑に落ちないこととキチンと向き合って、その中身を解明していってくれることだ。

自身の「思い当たるフシ」、ただなんとなく嫌、気に入らない、納得いかない、という思いだったのが、何故、どこがそうなのか、ということを説明できるくらいに解き明かされたような気がして、なんだかスッとする。

小説のように、現実に「ちゃんと話し合う」ことができるとは限らない。できても結果が出るとは限らない。でも少なくとも、自分の中で何に対して拒否反応が起きているのかを自身で理解できるだけでも、対処の可能性がずいぶんと、広がる。ただ泣き寝入りするのではなく、選択肢を並べて、選ぶことだってできるようになる。

そういう意味で、いろんな苦さや希望が詰まった一冊だった。

2024年3月19日

読書状況 読み終わった [2024年3月19日]

オーディブルにて。
同じポッドキャストの配信を聴く、全く違う状況の人たちが、それぞれにそれぞれの生きづらさや悩みと向き合っていく群像劇のような体裁を取っている。
ラストにちょっとした種明かしのようなシーンが登場し、彼らの悩みが実は、根っこは同じであることが浮かび上がったような気持ちになる。

外から見えることと、実際の現実は違う。
それをどう受け入れるか、折り合いをつけていくか、答えはそれぞれに異なるけれど、本当はみんな、誰かに必要とされたいと思っていて、実はそれはお金や分かりやすい評価だけじゃなく、シンプルな感謝や笑顔が最高の報酬である場合もある。
言われてみれば当たり前の、人間が生きて来た歴史の中で当然過ぎて目を止められなくなっているようなモチベーションの原点のようなものを、思い出させてくれるストーリー。

どんな人でも、直接でなくても、誰かのためになっている。だから、アナタはそこにいていいんだ。
究極的にはそういうメッセージなのだろう。
たぶん、現代ではそういうものを見つけにくくなっている。
だから、気付かせてくれるこういうお話に、救われるのかもしれない。

思えば古今東西、人間はそういうことで悩み、傷付き気付いて、それを文学やいろいろなアートにして伝え続けてきたのかもしれない、とふと思う。

極端に不幸な設定は出てこない。
そこらにありそうな、どこにでも居そうな人たちの人生に、肯定的な光を当ててくれる一冊だと思う。

2024年3月1日

読書状況 読み終わった [2024年3月1日]

オーディブルにて。
掛け値なしに面白かった。
運転中の暇つぶしのつもりが、続きが知りたくて、渋滞すれば良いのにと思ってしまったほど。

生きづらさと闘う、若い世代の苦しみが丁寧に、丁寧に描かれていく。島、という閉鎖的な設定は、昔ながらの人付き合いの重苦しさを自然にしているけれど、現代でも、都会でも、思い当たる同じようなことはたくさんある。たとえカタチが異なっても、ヒトはつるんでウワサをするのが好きなイキモノだから。
多勢の枠にはまらない者の味わう気持ちは今も昔も変わらないのだと思う。そういう意味で、ここに描かれる主人公たちの葛藤や悩みは、決して自身と無関係な遠い世界のこととは思えなくて、ついつい感情移入してしまった。

家族とか、ふるさととか、結婚とか、答えのないことにそれぞれ、彼らなりの回答を見出していく様子に心打たれる。自立して自分で生きてゆけることへの渇望、そのための代償、その上でやはり人は人と支え合っていられる方が幸せなのでは、という迷い、その支え合い方は、それぞれがもっと自由に選べたら良いのではないか、という叫びが込められたストーリーに、どんどん引き込まれ、苦労の果て、ついに「自分」を見つけた主人公を心から応援したくなる。

分かりやすく自分のやりたいことを見つけられる人ばかりではないし、ましてやそれで生きていける状態になれるなんて稀なことだと分かっているけれど、それでも、励まされる。

少なくとも、悩み苦しむ主人公たちが、そのそれぞれにひとつずつ、見ぬふりをせずに気付いていく、そのつらさの中身の解析のようなことが、なんだかとても清々しい希望のようで、決してなりふり構わぬハッピーエンドとは言えないラストシーンの後もスッキリした気持ちでいられた。

構成にも工夫があり、思わず最初に戻ってリピートしてしまったほど。


しんどいのは当たり前。
それでも、欲しいものは何か?
思わず、我が身を振り返る。

「星」の価値が分かるようになると、愚痴が減る、かもしれない。
この本に、出会えて良かった。

2024年2月25日

読書状況 読み終わった [2024年2月25日]

オーディブルにて。あちこちで書評を目にするので現物はいかに、と開いてみた。
たしかに真に迫った表現力。
所謂「推し」と括られるようになった文化やビジネスや、ファンの立場の人々の様々な心境や関わり方や、がうまく網羅されている、気がする。思い当たることや共感できる鋭い描写も多く、ちょっと極端に思える主人公の反応も明日は我が身という気がして、その苦しみが感じられてしまうのがちょっと辛いくらい。
生きることをタイヘンに感じてしまう者の息苦しさ、もがいても届かないもどかしさ、そんの中で「イキテル」と感じることがどういうことなのか考えさせられる。

2024年2月9日

読書状況 読み終わった [2024年2月9日]

オーディブルにて。
思わずドラマ化するなら誰をキャスティングしようかと思い巡らせてしまった。
銀行印という設定の主人公の有能さと勇敢さはちょっと現実的ではないけれど、エンターテイメントとしてこれだけ優れていれば、そんなことは全く気にならない。
財務諸表の読み解きなどが繰り返し出てくるところは映像向きではないのかもしれないけれど、文句なしに面白かった。

2024年1月22日

読書状況 読み終わった [2024年1月22日]

オーディブルにて。
漫画に使われる効果背景や吹き出しの画像が目に浮かぶような、気っぷの良い主人公の言動が、スカッとしていい。現実はそうもいかないだろうと思いつつも、せめて気晴らしに読む本の中くらい、という思いがある。
気軽で、読了感(聴了感)も良いので、ついつい次のシリーズにも手を出したくなってしまう。

嫌なヤツは非常にわかりやすく嫌なヤツに描かれていて、勧善懲悪なところも安心して聴いていられる。難しいことを考えたくない時にもってこいの憂さ晴らし!

2024年1月5日

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]

オーディブルにて。
よくできていて、面白い。
銀行の業務のこと、融資のこと、そして中小企業の心意気やそのありようについて。

巨大企業とは違うところで息づく市井の人々の悲喜こもごも、と言ってしまえばそれまでだけれど、職人の気概や親心、夫婦の間の些細なすれ違いや心の動きなどが実に丁寧に、丁寧に描かれていて、隣にいる誰かのことのような気持ちになってきてしまう。

業界ならではのいろいろなことが分かる、というこの著者ならではの面白さ以上に、人物の情景描写の上手さで親近感がわいて、つい続きも知りたくなってしまう、そんなストーリーが詰め込まれた短編集。

それぞれの立場で描かれた、それぞれのエピソードではあるけれど、どの話にも共通して一本、貫かれている精神のようなものが感じられて、それもこの著者らしい感じがして良かった。やや青臭い、場合によっては気障な理想論かもしれないけれど、どんな仕事でもそういう「こうありたい」は大切なことだ、とつい、思わされてしまう。

時にそれが叶ったり破れたりするわけだけれども、それを迷ったり臆したりしながらも貫こうとする主人公の逡巡がまた良い。面白かった!

2024年1月7日

読書状況 読み終わった [2024年1月7日]

オーディブルにて。
さすがにそれはないだろうとつい、突っ込みたくなってしまうようなところも多少はあるけれど、凄い取材力とテンポの良い展開につい引き込まれてしまう。
短編ですぐに決着が付くし、小気味よくて後味が良い。水戸黄門のような安心感でつい、やめられなくなる。気楽に気分転換したい時に、持ってこいの一冊だった。

2023年12月25日

読書状況 読み終わった [2023年12月25日]

オーディブルにて。
さすが、と唸ってしまうような筆力、描写力。
自然に囲まれた地域の、四季折々の空気の匂いや、植物の「イキテル」感、都会にはない闇の深い感じまで、まるで自分がそこにいるかのような臨場感で迫ってくる。
この地域(と思われる近隣の山道)をドライブしたことがあるから、余計にその凄さが分かる。本当に、その場にいるような気分になれる。

登場する人物の見た目や、住んでいる家の間取りまで目に浮かぶ。映画よりも映画を見ているような気分。
ミステリー仕立てのストーリーも隙がなくて面白かった。
さすがに終盤は少しだけ先が読めてしまうようなところもあったけれど、それを差し引いても十分引き込まれ、眠気も吹き飛ぶ面白さ。小説で5つ星を付けることは滅多にないのだけれど、、、これは文句なし。もう一回読みたいくらいだった。

2023年12月17日

読書状況 読み終わった [2023年12月17日]

オーディブルにて。
妙齢でパッとしない、一見、ありふれた風の女性の日々の葛藤や悩みを描いたお話、としては普通だけれど、テンポが良くて、書店員の信条ややり甲斐、業界にはよくあるのだろうと思われるリアルな悩みの描写が面白い。
少々非現実的でオーバーに描かれるさまざまなエピソードは、コミックかトレンディドラマかと思うような箇所もあるけれど、却ってそれに救われているようなところもある。なんとなく途中でカラクリが見えてしまう分かりやすささえも、なんだか微笑ましくて、何より、筆者の実体験に基く本音なのではないかと思われるような本への愛情あふれる主人公の台詞の数々が、とても良かった。

他の人生を味わえるのが物語。
その魅力に取り憑かれた人の書いたものだろうという気がして、大いに共感できた。

2023年12月11日

読書状況 読み終わった [2023年12月11日]

登場人物に憧れたり、感情移入したりすることがいつの頃からか少なくなったのだけれど、無理に自分事に引き寄せなくても、誰もがみぞおちの奥に痛みを感じるようなツボというのがある、と思う。

相変わらず、そこを心得ている短編集。

「出会えたことにはきっと意味がある。たとえそれが短い時間だったとしても。そして、過去を変えることはできなくても、心の持ちようで未来は変わる。」

この一言が、この著者の芯なのだろう。

ただ言葉で言われても納得できない。
思わず頷いてしまうように、そのためにここまでのいくつものお話が紡がれている。
そんな気がする。

2023年9月3日

読書状況 読み終わった [2023年9月3日]

「コーヒーが冷めないうちに」の続編。これも旅先、今度はヒコーキの待ち時間に購入。ある意味、夢物語だと分かっていても、自分ならどうするだろう、自分だったらどう思うだろう、と思わず考えさせられてしまうことで、なんだかリフレッシュできるような気がする。

謎解きのように、1冊目ではハッキリと説明されなかったことが少しずつ明らかになり、綿密な設定や伏線になるほど、と感心してみたり。

全力で人生について考えてしまうような重たい文学作品と向き合うには、体力も心力も必要だけど、もっと肩のチカラを抜いて楽しむことができる、ちょうど良い長さの短編集。

ココロが、軽くなる。

2023年9月4日

読書状況 読み終わった [2023年9月4日]

旅先の空き時間にふと手に取って、そのまま買ってしまった。メモ帳と筆記具も。そうやって買ってしまったA5サイズのノートとペンが、我が家には一抱えもある。

「泣ける」ことを売りにするっていうのはいかがなものか。
ちょっとご都合主義の設定なんじゃないの?
つい、意地悪なことを言いたくなってしまう。
せせら笑うような気持ちを持ちながら、それでもつい、立ち読みの続きが欲しくて買ってしまって、そしてシッカリ泣かされてしまった。
心地よい敗北感!

心の少しだけ奥をキュッと押してくれる。
超深いところ、ではないのがいい。

旅先で出た腰痛をなだめたくて駆け込んだ手軽なほぐし処みたいに、
深く悩まずグングン読んで、ここぞというところでじわっと泣いて、明るい読了感で閉じることができるのがイイ。

泣くことで元気になれる一冊。
泣けることに気付けるだけでも、身体に良いような気がする。

2023年8月31日

読書状況 読み終わった [2023年8月31日]

自伝などの本の方がもちろん詳細で情報量は多いのだけれど、たとえば「花はどこへ行った」をドイツ語で唄った、という記述を読むよりも、その映像が10秒流れる方が100倍の説得力がある。
歌のシーン、そして映画のワンシーンなどが効果的に切り取られ、挿入されていたことで、本だけでは感じ取れなかったことを補完してくれて、とても分かりやすかった。
各映画作品の仕事がどんな経緯で彼女の元へ舞い込んだ話だったか、その当時の周囲との人間関係や、作品への評価などは本に詳しい記述があるし、選曲や言語についても然り。両方に触れることでより、「真実」に近いものを感じ取れるかもしれない。

いくつかの本を読んで私が抱いた彼女に対する印象、彼女のもっと人間的な、さまざまな葛藤や強さの裏返しとも言える弱い部分などがこの映画にはほとんど出てこない。でもそれで良いのだとも思う。
形や役柄はどうあれ、彼女自身は反戦を貫き、スターとしての彼女にしかできないことをやり遂げたという事実を伝える映画。これもまた確かに、彼女の「真実」だと思うから。

2023年6月5日

読書状況 観終わった [2023年6月5日]

いつか読んでみたいと思っていた1冊をAudibleで。
読み手は映画化された時の出演者の一人であるとのこと。
さすがプロ。
感情が込められすぎることなく、淡々と、でも緩急自在でとてもスリリング。
どんどん引き込まれてしまってあっという間の数時間だった。

本屋大賞と聞いて納得した。
面白い。
怖いけれど、面白い。

何が怖いって、ストーリーや登場人物の言動よりも何よりも、クローズアップされる各登場人物の気持ちや思考、発想にいちいち、自分にも思い当たるところがあることに気付かされるのが怖い。
ここまで極端ではない、と言い聞かせつつも、それでもやはり、普段は目を背けて見ないフリをしているような自分を見せつけられるような気がする。

憎しみ、癒えない悲しみ、復讐心、集団でいる時の安心感や極端な愛情、それがふとした弾みで歪んでしまった時の恐怖や、覆い隠そうとしてしまう弱さ。
ひとつひとつ丁寧に描かれる心象風景に共感するたび、いちいち人間の業のようなものと向き合わされているような気持ちになる。

映画になっても映えそうな、少し派手な結末にちょっとだけホッとする。
ああそうだ、これはお話の中の出来事なのだ、と思えるから。

よく考えれば、他のディテールにもちゃんと「お話」っぽいところはある。
現実味があるかと言われれば、ない、と思われる描写も多々ある。
でも、ものすごく臨場感のあるシーンもたくさんあって、まるで自分がそういう気持ちを味わっているかのように思えてしまう箇所も多い。

やっぱり、怖い。
でも怖い分、却って現実の世界が愛おしく思えるようになる、かも。

2023年4月21日

読書状況 読み終わった [2023年4月21日]

渡辺京二さんの『気になる人』を読んで、取り上げられていた彼女のことがどうしても気になってしまって購入した本。
彼の本は「書かれた人に会いたくなる」ものだったけれど、この本は書いた彼女に「会ったような気になる」本だった。

会ったことはもちろん、その付近に足を運んだこともないのに風景が見え、窓の外のふうの木の葉が揺れるのが、見えるような気がしてくる。
一見、素っ気ない文体なのに凄い説得力だった。

本当の意味の「本」屋さんなのだろうと思う。
言葉を扱うプロだから、というのはもちろん、そうなのかもしれないけれど、彼女自身が深く感じたことを書き表しているから、余計にこうなるのかもしれない。

本屋さんと、喫茶店。
みんなの心が集まって、休んだり遊んだりする場所なんだろうなぁ、と想像すると、すぐにも「仲間に入れてください!」と足を運んでみたくなってしまう。

でも同時に、一元で顔を出したら築けるような安易な関係性じゃないのもひしひしと伝わってくるから、やっぱり遠くから感じているだけの方がいいのかな、、、
すぐに行く予定があるわけでもないのに、なんだかそわそわしてしまう。


古いものが好きな人には共通点があると思う。
そのモノが歩んできた歴史のようなものに、耳を澄ませることができる感性のある人たちが、集まっている場所なんだろうな。

素敵な発見がたくさん詰まった1冊。
いつかホントに会いに行きたい。

2023年3月29日

読書状況 読み終わった [2023年3月29日]

新聞の書評で興味を持って購入。「いじめの政治学」という論文体裁の本を、子どもにも分かるように、という主旨で書き換えられたものだそう。素晴らしい名著だと思う。難しいことを分かりやすく、というのは、何より難しいことだから。
いわさきちひろさんの挿絵が優しい気持ちにさせてくれる。

誰もが持つ心理や身体と心の仕組みが、具体的、科学的な説明と共に非常に分かりやすく、みんなに分かる例を挙げて次々と説明されていく。
ある、ある、と何度も頷いてしまった。
私も、加害者だったことがある。被害者だったことがある。たぶん、この国も。かの国も。

負のスパイラルに陥って抜け出すことができなくなってしまうその仕組み、気付かれなかったり、助けを求めることさえできなかったりする心境も、自殺を引き起こす過程も、「こういう構造で起きているのだ」と解き明かしてくれる。
解き明かすことは直接の対処療法ではないけれど、自分のいる場所や苦しさ、悲しさの理由がうっすらと掴めるだけでも、大きな救いになるはず。

著者の中井久夫さんは、アメリカの精神科医 ジュディス・ルイス・ハーマンの『心的外傷と回復』の訳をした人。阪神・淡路大震災の後、心の傷によって起きる症状を研究するための翻訳だったという。PTSDの理解を進めるうち、いじめも同じ性質をもつことに気付いたのがきっかけで生まれたのが、この本。

いじめはなくならないだろう。
でも、一人で苦しむ人を減らせたら。
何が苦しく辛いのか、自分で見通すことができたら。
具体策の羅列ではないからこそ、緒を与えてくれる一冊のような気がする。

2023年2月7日

読書状況 読み終わった [2023年2月7日]

予備知識は皆無。どんな巨匠なのか、何も知らないまま読み始めてしまった。
でも、それが却って良かったのかもしれない。
音楽と人間をこよなく愛し、人を愛することと音楽を愛することは私にとって同じことだと言ってのける台詞を読みながら、彼の創る音楽を想像することができたから。

技術的な巧さや凄さだけではない、人間的な魅力を兼ね備えた人。そしてそれを音楽で表現できる人だったのだろう。そんなレナード・バーンスタインという一人の人間を愛した二人の人の、人生の記録。そういう本だと思う。

レナード・バーンスタインという人を評するような論文ではない。いたずらにセンセーショナルに、ドラマティックにしたりするような読み物でもない。「レニー」へ手紙を書いた二人の日本人の、その人間性や、口幅ったいことを言えば成長の軌跡のようなものに著者が感動して、それを伝えたい!という強い情熱を持っているのが伝わってくるような内容だった。音楽評論なんかじゃない、そこがとても良かった。

特に、若い頃のクニの、よりストレートな手紙は心を打つものが多い。身を焦がすような恋の切なさは、誰もが一度や二度は味わったことがあるだろうけれど、そういう気持ちが思わず甦ってきそうな臨場感あふれる言葉の数々。そのまま作品として通用しそうなほどの表現力に感嘆した。

大抵はみんな、そういう気持ちと折り合いをつけてオトナになって、たまに取り出して眺める卒業アルバムのように普段は目に触れない程度のところに仕舞って、セピア色になっていくのを感じながら年を重ねて、、、やがて思い出の一部にしてしまうのだろうけれど。

到底、そんな片付け方はできないほど強く、深く関係を築くことができてしまった彼らはある意味、とても幸せな、選ばれた人たちだったのかもしれない。たとえ、感じた幸せの分だけ、もしかしたらそれより少し多いくらいの辛さや、寂しさや苦しみや、切なさに耐えなければならなかったとしても。


手紙の内容から書き手の気持ちを慮るような、やや遠慮がちなトーンも窺える前半から、次第に後半へ進むにつれて、二人の手紙の内容と共にこの本の筆致も変わってくる。どんどん引き込まれてしまって、頁をめくる手を止められなくなってしまった。

物理的に近い距離に居ること、隣で一緒に時間を過ごすことだけが愛ではない。二人はおそらくそういう結論にたどり着いて、それを実践したのだろう。
レニーの見つめる、その同じものを見、感じて応援しようという立場に立った二人の存在は、レニーにとっても何より嬉しく、心強く、幸せなことだったはず。

やがて二人はそれぞれの歩む道を見出し、しっかりと自立して活躍するようになる。時を経てさまざまなことが変わり、年齢を重ねても、変わらず強くレニーへの愛情を持ち続ける二人の生きざまはとてもカッコいい。

「愛を見つけなさい」
レニーがクニにそう言ったらしい記述が出てくる。そういえばラングストン・ヒューズの詩にも似たことを言ったものがあったっけ。

クニの返事はこうだった。
「僕は幸せです。なぜならあなたを愛しているから」

世間一般に通用する「フツー」の幸せの形から外れてもなお、それが自分の幸せなんだと自覚し、それに伴う苦しみをも併せのんで愛し抜くことができる人はそういない。そういう愛のカタチもあることを体現するのは、口で言うほどたやすいことではなかったはずだし、実際、本当はもっと波乱の時代もあったのだろうと感じるシーンもある。でも結果的には彼らは、その出逢いからレニーがこの世を去るまで支え続け、そしておそらく今に至るまでも愛し続けているのだということが分かる。

この本の終盤、著者がこの手紙の束と出会った経緯や、二人とのやりとりが紹介されている箇所がある。
若...

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2023年2月14日

読書状況 読み終わった [2023年2月14日]

訃報がキッカケでこの人のことを教わった。

著者が気になる、と思う熊本県民を訪ねて行ってインタビューするという、ちょっと異色なエッセイというか、コラムというか。熊本日日新聞の連載を一冊の本にまとめたものなのだそう。

面白かった。
私には、取り上げられる人たちもほとんどが知らない人。
インタビューをしている著者がどんな人か?ということが、インタビューされる方を超えて過剰なくらい伝わってくるような対談。そこが面白かった。

取り上げられる人の標本を見たいわけではないし、プロフィールを知ってもたぶん、こんなには面白くない。
個性も存在感も強烈そうなインタビュアーである著者が好き勝手に(少なくともそう見える、聞こえる)投げてくるさまざまな言葉に、取り上げられる彼らがどう対応するのか?ということを通じて見えてくるキャラクターというのがあって、そこがとても魅力的。

著者がインタビュアーとは思えないくらい沢山喋っているのに、それでいて、取り上げる人の本音や本質のようなものもキチンと捉えて、引き出されているような気がして天晴。

何気ない会話に見えても、ふとしたところにすごい人生哲学が潜んでいたりして、そういうところにふせんを貼りながら読んだら、オニカサゴの顔周りみたいになってしまった。

あとがきに「人のことを根掘り葉掘り聞くのが大好き」とあった。
そうなんだろう。
でもそれだけじゃない気がする。
彼はたぶん、人間が好きなんだろう。
悩んだり、突き詰めたり、嫉妬したり驕ったり、
突っ走ったり愛したり尽くしたりしてしまう、「ニンゲン」のことが好きで好きで、知りたくなってしまうのだろうな。

取り上げられた人たちに会ってみたくなる。

これがたぶん、この著者の勝ち、というか、インタビューの成功の証なんだろうな。。。

2023年2月1日

読書状況 読み終わった [2023年2月1日]

ジュゼッペ・トルナトーレ監督が5年間に亘って密着取材したという映画、『モリコーネ 映画が恋した音楽家』を観た。インタビュー中心の音楽映画はイマイチ、という感想のことが多いのに、これはとても良かった。
本人の映像や写真が沢山残っていること、本人の口で語られるいろいろがとても深淵で興味深いことがもちろんだけれど、細切れにされた著名人のインタビューシーンとモリコーネの語る場面、それに彼の作った音楽と、使われた映画のワンシーン、そして演奏している彼の写真や映像等々、、、のミックス具合、重ね方やテンポの良い場面の切り替えなどが、息もつかせぬアクション映画のように上手くて、釘付け。

これだけのものを生み出すには想像を絶する努力が隠れているのだろうと考えていたけれど、そして実際「モリコーネは音楽でできている」と言わしめてしまうくらいさまざまな勉強と研究に力を注いでいたのだろうと思うけれど、最終的にはつい「やっぱり天才」と安直な表現をしてしまいたくなるほどの凄さが伝わってくる。

素人が何気なく耳にしても良いものは良いと分かる。
そういうものには実は、膨大な知識と計算と創造力の裏打ちがある。
そんな当たり前のことを改めて実感。

「商業」である映画に関わるのが屈辱だという、なんだか呪いのような固定観念を克服できたように見えるエンディングと、そしてそれを後押ししたのが、その素晴らしさを理解する膨大な数の一般大衆の存在だった、という事実が、なんだかホッとさせられる、嬉しい結末だった。
彼の音楽は200年後にも残るだろう。
そんな台詞に、大きく肯いてしまう。
そんな映画だった。

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