ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA/角川書店 (2011年6月23日発売)
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本棚登録 : 9668
感想 : 1008
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5編からなる連作短編スパイ小説。冷徹無比を心がけながらも苦悩や孤独を滲ませる登場人物たちの悲哀すら感じさせる姿の描き方の巧みさと、窮地に陥ったときのスリルに満ちた展開の速さの融合の見事さに心奪われて一気読み。

第二次世界大戦の開戦が確実に近づいていた昭和12年秋。
大日本帝国の陸軍内に結城中佐の発案で極秘裏に設立されたスパイ養成学校、通称「D機関」。
海外にて凄腕のスパイとして長年活躍しながらも窮地に陥った際の壮絶な経験から身体的な欠損を得ることとなり後進の育成に乗り出したとされる、「魔王」の異名を持つ結城中佐の信条は「死ぬな、殺すな、とらわれるな」。諜報活動の最大の意義は気づかれないこと。だからこそ、いざという時には、事前に掴んでいた情報を利用して相手より優位に立てる。スパイは、存在を疑われた時点で負けであり、人の耳目を集める死など論外なのである。
それは、天皇を盲目的に現人神と崇め、少しでも多くの敵を殺し、敵に捕らわれる危機あれば自決こそ最大の美徳とする従来の軍の価値観を真っ向から否定するものだった。
軍内にありながら軍と対立を深めるD機関にて結城による厳しい訓練を受け終えた精鋭の若者たちは、結城が重んじる「誰にも知られるべきではない影ながらの行動」の最中、窮地に陥るけれど…。

5編の物語の主人公はそれぞれに違う。
結城が否定する従来の価値観を美徳とする軍からD機関に人身御供的な人事異動で出向してして、結城の教育と実践の下で、それまで信じていた価値や視点を揺らがせることになる軍人青年。彼が敵国スパイと思われる男の屋敷に踏み込んだ時…。【ジョーカー・ゲーム】
結城の元で徹底した教育を受けた後、疑わしい男に対する潜入捜査を冷徹に遂行しながらも、スムーズにいかない過程に苛立ち、考える若者。【幽霊(ゴースト)】
派遣された英国にて、「他者の目も当てられない失敗のあおり」を受けて敵に捕らわれて生命の危機に直面した青年の間一髪の脱出劇。【ロビンソン】
混沌とした上海にて、D機関の人物と思しき人間のもとで泳がされて破滅した対立構造にある陸軍所属の憲兵達の姿。【魔都】
家族の愛を知らないゆえに情に流されることなく誰より冷徹に諜報活動に専念行動できるはずだったのに、卒業試験であるはずのある事件を担当した時に過去の記憶に引きずられて綻びをみせてしまった青年。【XX-ダブルクロス】

スピーディーな展開の中で窮地に陥る様々な属性の主人公の姿。その過程で描かれる孤独の様相、人によって異なる、割り切って進む姿、割り切れずに重大な選択をする姿。
そこに大なり小なり関わる、裏で糸引く「魔王」結城中佐の圧倒的な存在感。

本当に一気読みしてしまいました。
そして、単に展開の速さが面白かったというだけでなく、誰に対しても自らを偽り続けることを課すことによる逃れられない孤独、空虚さや悲哀がたしかに胸を打つ巧みさ。

恐るべき偉大な魔王様・結城中佐の過去は本作では明かされなかったのだけど、続編があるようなので、続編への期待大な作品でもあります。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: その他
感想投稿日 : 2019年8月10日
読了日 : 2019年7月31日
本棚登録日 : 2019年8月10日

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