パンドラの匣 (新潮文庫)

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本棚登録 : 2669
レビュー : 279
著者 :
hotaruさん    読み終わった 

まだ少年の域から抜けきれていない、ちょっとばかしイタイ部分もある二十歳のヘタレ君の、キュートで明るく、そしてほろ苦い青春失恋小説です。  

結核治療のため、終戦と同時に「健康道場」と称するまことに風変わりな療養所で暮らすことになった二十歳の青年「ひばり」。  
彼は親友への書簡として、閉じられた退屈な世界の中のささやかで他愛もない日常を、青少年期という微妙な時期特有の悩ましさと滑稽さ、さらに、愚直さによって様々な色彩を加えながら、日々、綴っていきます。  
自身を、何事にも惑わされない「あたらしい男」になったなどとうそぶき、硬派な男をよそおっているくせに、その実、最も多く記すのは、道場の奇怪な風習や同室のへんてこな男たちのことではなく、身近にいる女性たち ―― 仕事はできないけど、天真爛漫で愛らしくて、いつも彼を振り回す十八歳の若き看護婦「マア坊」と、優秀な年上の美人看護婦「竹さん」 ―― のこと。    

愛嬌ある年下の小悪魔系美少女と、面倒見のよい年上美女の間で揺れ動く優男の話かい!!・・・と、途中でツッコミをいれたくなりますが、それだけでは終わらないところは、さすが、文豪の腕。  


書簡という、身近な他者が「読み、返事を寄越してくる」ことを強く意識して描かざるを得ない特異な状況を文体として採用することで、親友にさへひた隠しにして胸に秘め続けたひばりの本心を最後の最後にようやく暴露させる手法や、三人の関係に終焉をもたらす予想外のどんでんがえしを暗示するかのように実は話の始めからちゃっかり織り込まれていた伏線の存在、好きな男への女心の機微の表出の仕方など、読み終わって振り返ると、思わずうなってしまう心憎い演出が散りばめられています。  
若者特有の軽妙で少しばかり斜に構えた語り口と、内面的にも外面的にも精密になされた描写の絶妙な融合によって、多かれ少なかれ誰しもが持つ虚栄心と自己欺瞞、そして、実らなかったすれ違い両想いのほろ苦く優しい切なさとそれでも失われない希望を、暗さを感じさせないどころか、儚かった恋に傷つく大人になりきれない少年に愛おしささえ感じさせるように描ききった良作です。

「正直に言う事にしよう。人間は不幸のどん底につき落され、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。それはもうパンドラの匣以来、オリムポスの神々に依っても規定せられている事実だ。」

レビュー投稿日
2014年2月4日
読了日
2013年3月10日
本棚登録日
2013年3月10日
2
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