一千年続いたローマ帝国亡き後の、キリスト教国とイスラム教国の一千年に及んだ攻防の歴史を取り上げた本作。
地中海沿岸を襲うイスラムの海賊と、彼らを利用する台頭著しいオスマントルコ帝国に対し、キリスト教諸国がそれぞれの利害や思惑で対立しながらも挑み続ける姿を、塩野さんらしい、情熱的なのに冷静で骨太な文体で綴っています。
コンスタンティノープルの陥落、ロードス島の攻防、レパントの海戦といった、攻防の柱となる主要局面については、彼女が「ローマ人の物語」を書く以前に既に独立した作品としてあらかた書いているために、「詳しくはあちらをお読みください」という作りになっています。そのため、彼女のルネサンス期を扱った既刊作品を読んでいないと、どうしても単調な進みであるように感じてしまうかもしれません。
しかし、既刊作品を読んでいる人であれば、既刊作がヨーロッパ側からイスラムの地である東や南を向いて描いた一方向的かつ一つの戦闘を独立的に取り扱うミクロ的な視点の作品であったのに対し、本作は、地中海の中心から東西南北のキリスト教国とイスラム教国の双方を眺めたパノラマ的な視点かつ一千年の時の流れをとらえたマクロ的な視点で描かれていることがよくわかるため、新たな視点で楽しむことができ、また、「ああ、あの戦いは大きな流れの中でこんな位置付けだったんだな」というようなことも楽しめます。
そして、大戦にフォーカスしていた時には語られなかった、歴史の波に埋もれた人々にスポットが当たっている点もすごく面白いです。
特に、イスラムの海賊に攫われたキリスト教徒たちを助けるために動き回った修道士たち、祖国ジェノバの運命に悩み大国スペインのカルロスの下につくことを選んだ傭兵海将アンドレア・ドーリアの冷静な姿、トルコからマルタを守り切ったマルタ騎士団長ラ・バレッテの、同い年のスレイマン大帝の華やかなそれとはあまりに対照的な、険しくも激しい人生における、狂的だが現実的かつ合理的な姿。
一般的な歴史小説の中では各国の王や法王の陰に隠れてしまいがちな彼らの姿が、端的ですが、丁寧かつ情熱を持って描かれており、無我夢中で読んでしまいました。
本作は、初めて読む塩野作品としてはお勧めできません。
しかし、塩野ファンが、「ローマ人の物語」からの延長として、既刊の塩野作品へ回帰し、新たな視点で読むことを手助けしてくれる良作です。
- 感想投稿日 : 2016年4月29日
- 読了日 : 2016年4月29日
- 本棚登録日 : 2016年4月29日
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