外科室

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本棚登録 : 208
レビュー : 26
著者 :
hotaruさん 古典   読み終わった 

まるで日本画の伝統的な掛け軸に見出すような「余白の美」を味わう作品。

ツテでとある美しい伯爵夫人の外科手術を見学することになった画家。
医療関係者や夫人の親族など大勢の人々が見守る中、いよいよ手術を行うという段になって、夫人は麻酔を頑なに拒否する。
曰く、「私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい」と。
紆余曲折の末、結果的に夫人の頼みを聞き入れた外科医は麻酔なしで手術を行うけれど…。

「あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
「忘れません」
大勢がいる空間で誰もが目を背ける壮絶な手術の最中、まるでお互いしか存在しないように意味深な視線と言葉を交わす夫人と医師。
医師とは旧知の中であった画家は、あまりに異様な二人のその姿に、九年前に出逢った些細な出来事を思い出すけれど…。

互いに一途すぎたと思しき二人が辿った九年間は描かれない。
描かれるのは、九年前のあまりに小さな始まりと、その悲惨な結末のみ。

何があったのか。
はたまた、何もなかったのか。
どうしてあれほどまでに一途になれたものなのか。
画家は…いつのまにか画家の思考に自らのそれを重ねた読者は、知り得なかった、そして、今後も知ることのないその空白に想いを馳せてしまう。

泉鏡花の魅力は、展開ではなく、徹底的に選び抜かれた美しい言葉と巧みな構造にあると思っていたけれど、それだけでなかったことに気がつけたのが、今回の一番の収穫かもしれない。

谷崎潤一郎は随想『純粋に「日本的」な「鏡花世界」』の中で『「鏡花世界」と称するものゝ中には、しばしば異常な物や事柄が扱はれてゐるにも拘はらず、そこには何等病的な感じがない。それは時として神秘で、怪奇で、縹渺としてはゐるけれども、本質に於いて、明るく、花やかで、優美で、天真爛漫でさへある。さうして頗る偉とすべきは、而もその世界が純粋に「日本的」であると云ふ一事である』と述べているけれど、まさに、日本の美が一つの形になっている。

しばしば「空白の美」、「余白の美」と言われる、「描かないがゆえにかえって感じる奥行きと想像の美」という美が。

レビュー投稿日
2019年6月30日
読了日
2019年6月30日
本棚登録日
2019年6月30日
7
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