著者の初期医療小説四作を収録しています。
「死化粧」は、医者であるがゆえに、他の親戚たちのように母の死を見ることのできない主人公の内面をえがいています。
「訪れ」では、著者自身がモデルと思われる、医者であり小説家でもある主人公が受賞パーティに出席して、同じ北海道出身の高名な批評家であるK氏と会話を交わします。彼が医者だと知っていたK氏は、文学の話でも宗教の話でもなく、自身の病について尋ねます。K氏がガンで、もはや長くないことを知った主人公は、一方でK氏の評論を愛読する元校長の胃ガン患者を診ていました。ともに死に直面しつつある二人を医師のまなざしで見る主人公を通して、きわめて散文的な「人の死」に対峙する力をいったいどこに求めればよいのかという疑問に読者を引きずり出します。なお、この作品に登場する批評家のK氏は亀井勝一郎をモデルにしています。
「ダブル・ハート」は、和田心臓移植に想を得た短編小説です。「霙」は、障がいをもつ子どもたちを預かる「あすなろう学園」に赴任することになった医師の柏木圭介の物語です。
渡辺淳一という小説家の文学的才能については懐疑的な読者もすくなくないと思いますが、そのこととはべつに、およそ文学が、医学の視点から見られたきわめて散文的な人の死に直面したときになにか意味をもつのかという問いは、重要だと考えます。むろんこのような問いかけは、サルトルの「飢えている子供たちを前にして文学に何ができるのか」という問いとおなじく、およそ比較不可能なものを比較しようとしているのではないかという批判を招きかねないのですが、すくなくともこうした問いを投げかけうるという点に、文学の一つの可能性を見ようとすることは、それほど的外れであるようには思えません。
- 感想投稿日 : 2017年5月13日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2017年5月13日
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