貨幣とは何だろうか (ちくま新書)

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本棚登録 : 155
レビュー : 14
著者 :
キじばと。さん 哲学・思想   読み終わった 

本書のはじめに、著者は「となります。いあえずは、論証ぬきで「貨幣は人間存在の根本条件である死の観念から発生する」という命題を前提にして話をすすめる」と述べています。ここでいわれる「死の観念」とは、著者が『排除の構造』(ちくま学芸文庫)で論じた事柄が踏まえられており、本書はその応用編というべき内容になっています。

媒介形式としての貨幣が「死の観念」を内に抱え込んでいることを明らかにしたのは、マリノフスキーやモース以降の人類学でした。著者は彼らの議論にもとづいて、贈与されたものを破壊する慣習に、原初的な経済的・宗教的現象にひそむ「死の表象」を見て取ろうします。そのうえで、近代の貨幣経済にはこうした「死の観念」は存在しないように見えるが、やはりそこには「第三項排除」という「死の観念」がひそんでいると考えます。

本書はこうした観点から、貨幣についての社会哲学的考察をおこなったジンメルの仕事を読み解き、ゲーテの『親和力』とジッドの『贋金づくり』を「貨幣小説」として読みなおす試みが展開されています。そのうえで、「死の観念」が刻印された貨幣を、デリダのエクリチュール論になぞらえる試みがおこわれます。プラトンからルソーを経て現代の超越論的純粋主義の哲学的立場に至るまで、哲学者は媒介のない理想的関係を夢見てきました。これに対してデリダは、生き生きしたパロールではなく「死んでいる」エクリチュールの根源性を説きます。著者は、こうしたデリダのエクリチュール論を媒介一般に拡大することで、貨幣によって動かされる社会秩序を批判的に認識する視座を構築する可能性を見いだそうとしています。

本書に垣間見ることのできる著者の思想は、『交易する人間―贈与と交換の人間学』(講談社学術文庫)でより全面的なしかたで展開されており、著者の思索の道筋のなかで重要な位置を占める著作の一つではないかと思います。

レビュー投稿日
2019年6月30日
読了日
-
本棚登録日
2019年6月30日
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