中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を持つということ (ちくまプリマー新書)

3.85
  • (29)
  • (55)
  • (34)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 488
レビュー : 53
著者 :
キじばと。さん 哲学・思想   読み終わった 

著者がどのようにして哲学の道に入っていくことになったのかを振り返りつつ、著者自身の哲学をわかりやすい言葉で語っています。

著者は、現象学を独自に受け継いだ「欲望論」ないし「エロス論」と呼ばれる立場を標榜しています。本書の後半では欲望論の観点から、われわれがこの社会のなかで「幸福」を追求することの意味について解き明かそうとしています。とくに、自己自身の欲望のあり方と社会のルールを編みなおしていく可能性を示すことに、著者の努力が傾けられているように思います。

ただ個人的には、著者やその盟友の西研らが、ここで語られているような考え方を「元気の出る思想」として提出していることには、おめでたさを感じてしまいます。むしろそのような仕方で自己と社会に関する理解を編みなおしていかなければならないことに倦怠感を覚えてしまいますし、それが現代思想の流行を支えた心情的な背景になっていたような気がするのですが。

ところで、著者は『現代思想の冒険』や『言語的思考へ』(ともにちくま学芸文庫)などでくり返し現代思想への批判をおこなっていますが、本書でも随所に現代思想に対する不満が述べられています。ただ、個人的には著者の現代思想批判には納得できないところがあると感じています。本書ではレヴィナスやその影響のもとにある他者論について、「まずいちばん注意すべきは、哲学的な装いをとっているものの、この「他者」の考えの核にあるのは、不遇な立場にある他者へ憐憫、道場、そして利他的なものを生活の基本にしようという、古くからの人間観だということです」と述べ、またそうした他者論を一種の「ロマン的思想」と特徴づけています。しかし、レヴィナスをはじめとする現代思想の他者論は、まさにそうした他者の理解を批判するというモティーフをもっていたのではなかったかと思います。

おそらく著者自身も、その程度のことは十分に承知しているはずです。そのうえで、著者自身の欲望論の観点から、現代思想の他者論を導いている「本質」を観取した結果、それは一種のロマン主義にほかならないと結論づけているのだろうと思われます。

レビュー投稿日
2016年3月15日
読了日
-
本棚登録日
2016年3月15日
0
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を...』のレビューをもっとみる

『中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を持つということ (ちくまプリマー新書)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

『中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を持つということ (ちくまプリマー新書)』にキじばと。さんがつけたタグ

ツイートする