君自身に還れ 知と信を巡る対話

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キじばと。さん 哲学・思想   読み終わった 

池田晶子と大峯顕の対談です。大峯はフィヒテの研究者であり、親鸞の思想についてもその哲学的意義を論じた著作を刊行しています。

池田は陸田真志との共著である『死と生きる―獄中哲学対話』(新潮社)のなかで、「ほんとうの哲学の問題」とはまったく無縁に生きてきた殺人犯が、みずからが生きていること、そして自分が他者の生を奪ってしまったことの意味を見つめはじめるのを目のあたりにしていました。しかし、みずからの死と生を、そして他者の死と生を、まったく見ようとしない殺人犯が現われていることに、池田は「哲学の無力」を感じると語ります。こうした、もはや人間と呼ぶことのできない存在を前にしては、仏陀でも「困ってしまう」のではないだろうかと、彼女は大峯に問いかけます。

池田の問いに対して大峯は、「困ってしまいますね」とこたえ、それに続けて、「それはね、この世だけじゃ無理かもしれない」と語り出しています。「この世で気がついて真人間に戻ることは確かに不可能かもしれないけど、いつの世にかは、なるだろう」。そして、「そう思ったら、ちょっと救いが起こる」といいます。なおも池田が、その「救い」とは何なのか、「ということは、何でもいいんだということと同じではないんですか」と問いかけるのに対して、大峯は次のように答えています。「いや、なんでもいいんだということじゃない。結局、なんとしてでも救うぞと仏は言っているわけです。この世で救えなかったら、また次の世でも救うぞと。ある一人の生きものを絶対に手放さない。どんなに長い時間がかかったって、絶対に見捨てやしないと。これほど気が長い話はないですよ。そのことに気づくと、救いが起こってくる」。

「気が長いということに気づくことが救い」という大峯のことばは重く、深いと感じました。

レビュー投稿日
2020年4月13日
読了日
-
本棚登録日
2020年4月13日
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