知らずに他人を傷つける人たち (ベスト新書)

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レビュー : 29
著者 :
頭カラさん 精神医学   読み終わった 

精神科医・香山リカ先生による、モラル・ハラスメントの定義や実態、対処法などをわかりやすくまとめてくれている入門書的な本。モラル・ハラスメントという言葉自体、家庭や職場、学校、あるいは市民団体や趣味のサークルに至るまで、2人以上の人間の集う場所であれば、どこででも発生する、きわめて広い範囲で用いられる言葉なので、その具体例も多岐にわたっていて、共感できる事例のひとつやふたつは見つけられるのではないか。

人格障害についてや、あるいはハラスメントの定義については、それほど目を見張るものではない。が、興味深かったのは、欧米だと、オレ様系モラハラがやたら多いのに対して、日本だと、劣等感からくるモラハラ、つまり、他人の立ち位置を下げて相対的に自分の立ち位置を上げようとする、そういうモラハラが多い、という部分。同じ精神科医の岡田尊司先生の著書で、自己愛性人格障害とは、自己愛が不当に損なわれたので、反動としてオレ様化するケースもある、というようなものは読み取れていたのですが、なるほど、オレを崇めろ奉れ、という路線に自己愛への渇望が発揮される場合もあれば、そこまで深刻に自己愛の問題を抱えているわけではないけれど、たしかに自己愛の問題がそこにはある、という場合には、日本だと、足の引っ張り合いへと発展することもあるのですね。軽微なものだと、「おまえテスト勉強した?」「ぜんぜんしてなーい、おまえは?」というような、教室のいたるところでよく耳にする一連の会話も、自己愛的な会話なのかもしれません。

また、日本女性によく見られる、同質の人間ばかりの集まったグループで、なぜかいじめのような現象が起きることについても、「違いが少なければ少ないほど、その標的にされやすい」という分析がなされていました。香山先生の分析はここまでなのですが、これ、おそらく、差異が小さければ小さいほど=条件が同じであれば同じであるほど、結果も同じでなければならないのに、結果は異なっている、つまり、その他の条件はぜんぶ同じなのに、なぜかある人にはよい結果がまっていて、なぜかある人にはわるい結果が待っていた、その理由を見つけようとしても、見つけられないから、差異が少なければ少ないほど、いじめ的なものがヒートアップしている、と考えられるのではないでしょうか。条件はほぼ同じ、なのに結果が違う、その理由を求めてもはっきりと求めることができない、理由がわからない、つまり理不尽なのですね。この理不尽を消化しきれないから、条件が同じであればあるほど、モラハラが激化する。どんな些細な違いであっても、それこそが原因に違いないと、そしてそれは、自らには与えられなかったのに、不当に相手に与えられた、理不尽な好条件で、だからこその、理不尽な結果の差異なのだと、そういうことなのでしょう。別に日本女性に限ったケースではないと思いますが、日本で顕著に見られやすいのも納得がいきます。平均化・画一化することによって不平不満を黙殺したがる日本では起こりやすいはずです。

しかし、モラハラ野郎には理解を示さずとにかく離れろ、という対処法には賛成しかねます(相手を理解して、そのうえで離れることも可能だと思うのです。たとえば、度重なる夫の浮気と借金地獄から性格がいびつになって、だから母は私に虐待を繰り返していたんだ、とその事実を認識し、母の心情も理解したうえで、それでも自分の人生をつぶされたくないからと、家を出ていく、老後にほんとうに困ったときにだけ、少しだけ援助をしてあげる、そういう生き方だって可能だと思うのです)。ただ、去ることも方法のひとつだと、多くのモラハラ被害者に伝えるのも大事なことだと思います。それをするうえで、なにより大事だと思うのが、自立後の具体例。果たして自立後にそのひとは幸せになれたのか、なれなかったのか。このあたりの情報がほしいのに、ない。このあたりの情報の書かれている本は、少ない。幸せか不幸せか、もちろんそんなものは主観でしかわからないことで、診療に訪れるのは、多くの場合、困り果てている人だということも考えると、そこまでの記述を求めるほうが求めすぎとは思いますが、やはり知りたいのはそこですよね。虐待は繰り返すといいます。自分の育ってきた同じ環境を、そこに再現してしまう、これまでに培った自己イメージをまた再現して安定を得ようとする、理不尽さが常であったならば、また理不尽さを求めてしまう、そういうふうな性格傾向をもってしまった人たちならば、自立後も、また似たような相手と出会って、同じ境遇に陥っている可能性もあるわけです。

もちろん、精神科医の指し示す、自立した個人が自立した集団の中で自立して生きていく、そのような価値観が絶対でもありません。どっぷりとはまり込んで逃れられない人生を、映画や小説、ときにノンフィクション作品のなかでもたくさん見ますし、それに共感する人々のなんと多いことか。そこから逃れたい、苦しいと思っている人もいれば、苦しくてもそこにいたい人もいるでしょう。なんでもかんでも、特定の価値観から断罪してしまうのはよくなく、そこにハラスメント系の法整備の問題もあると思います。健全な人間像、健全な人間関係像、健全な社会像、にあまり毒されすぎず、かといってどっぷりと理不尽な不幸の中につかりきることもない、人生の終わりに、満足していたなあと思える、そんな人生を歩むためのひとつのヒントとして、本書を活用すればよいでしょう。

レビュー投稿日
2013年11月15日
読了日
2013年11月15日
本棚登録日
2013年11月15日
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