- 源氏物語 4 (河出文庫 古典新訳コレクション)
- 角田光代
- 河出書房新社 / 2024年2月6日発売
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角田源氏、4巻です。「初音」、「胡蝶」、「蛍」、「常夏」、「篝火」、「野分」、「行幸」、「藤袴」、「真木柱」、「梅枝」、「藤裏葉」の11帖が収録されています。
年が改まり、光君は女君たちを訪ね新年の挨拶まわり。亡き夕顔と内大臣の姫君玉鬘に、たくさんの男たちが言い寄る。光君もついに思いを打ち明ける。玉鬘のもとにこっそりやってきた兵部卿宮は、光君の企みで放たれた蛍の光に照らされた玉鬘を見て、その美しさに心打たれる。一方内大臣は、亡き夕顔との子が今どうしているかと探している。一人見つけ出して迎えた娘近江の君は早口で軽薄なため、内大臣は見習わせようと弘徽殿女御に仕えさせることに。激しい野分の後、夕霧は紫の上を垣間見て、その美しさに見とれてしまう。冷泉帝の大原野への行幸を見物した玉鬘、初めて父親(内大臣)の姿を見る。玉鬘の裳着の儀をきっかけに、光君は内大臣に真実を打ち明け、内大臣と久しぶりに対面、昔のように酒を酌み交わす。玉鬘は尚侍になり、ついに結婚、そして男の子を出産。秋好中宮の住む西の御殿で、明石の姫君の裳着の儀が行われる。内大臣の娘雲居の雁と夕霧は、ようやく許され、結ばれる。明石の姫君の入内に明石の御方がお世話役に付き、やっと親子が再会。光君は太上天皇に准じる位を授与され、内大臣は太政大臣に、宰相中将(夕霧)は中納言に昇進。
今回はそんなに大きな変化はないように感じていましたが、こう流れを振り返るといろいろありましたね。長年の思いがようやく果たされた人物が何人かいて、良かったねぇとホッとしました。一方で苦しんでいる人もいるのですが……。みんなそれぞれ成長しているのを感じます。
初登場の近江の姫君がいいですねー。彼女が出てくると一気に場が和みます。内大臣家では浮いた存在かもしれないけど、この天皇家の中にいてすごく庶民的で、思ったことを素直に言っちゃうので憎めなくてかわいらしいのです。この子たくさん登場してほしいなぁ。
あと書いておいた方がいいのかなと思うのは、「蛍」の帖における物語論でしょうか。玉鬘が物語に夢中になっているのを見て、光君が笑いながら皮肉混じりに物語について語るのですが、あたくし実はここが有名な箇所だとは知らず、ただ光君が長々としゃべってるんで、言葉の多いうるせぇやつだなぁと思いながら読んでいました。
先に片付けてしまいたいことがあって、そちらを優先していたのでしばらく本を読めなかったのですが、ようやく目処がつき読書できるようになってきました。久しぶりに『源氏物語』を開いたとき、なんだかすごくホッとして、あぁやっと帰ってきたと、本来の自分に戻れたような気がしました。本を開くと、自分の居場所のように感じて落ち着きます。
2025年7月6日
- 源氏物語 古典新訳コレクション (3) (河出文庫)
- 角田光代
- 河出書房新社 / 2023年12月6日発売
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角田源氏3巻です。「澪標」、「蓬生」、「関屋」、「絵合」、「松風」、「薄雲」、「朝顔」、「少女」、「玉鬘」の9帖を収録。
朱雀帝が譲位し、冷泉帝の御代に。明石の君は女児を出産。六条御息所が前斎宮とともに帰京するも、ほどなく死去。末摘花と再会。夫を亡くした帚木(空蝉)は尼になってしまった。斎宮女御と弘徽殿女御が絵合で競い合う。明石の君との姫君を二条院に引き取る。義父(太政大臣)が死去、藤壺の尼宮も死去。朝顔は相変わらず光君を拒み続けている。冷泉帝の后が梅壺(斎宮女御)に決定。葵の上との若君は学問に勤しんでおり、内大臣(頭中将)の姫君と思い合っているが、離ればなれにされてしまう。六条院が落成、これまで光君と関わりのあった女たちを住まわせる。ようやく再会できた、亡き夕顔の姫君(玉鬘)もこの六条院へ。
なんという激動の一冊! これまでに出会った人たちの消息が次々と明らかになり、目が離せない。上記のあらすじは流れをざっと追っただけなので、ネタバレになるから書かないけど「実はこの人は……」と語りたい事情がたっくさんあります。
紫式部さん、物語を書きながら作家として成長しているのか、どんどんおもしろくなっていきますね。キャラの書き分けがしっかりしていてみんな個性的だし(けっこう笑える)、話運びも、夕顔の姫君と再会する「玉鬘」の帖なんかとくに、「なるほどそう来たか!」と絶妙で、その瞬間を迎えたときにはウルウルしちゃいました。
いろいろ事情があって読むのにかなり時間がかかっちゃってるけど、今のところ嫌になったり飽きたりしてはいないので、この先も焦らずこのまま読み続けてまいります。
2025年5月24日
- 源氏物語 2 (河出文庫 古典新訳コレクション)
- 角田光代
- 河出書房新社 / 2023年11月7日発売
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角田源氏2巻です。「紅葉賀」、「花宴」、「葵」、「賢木」、「花散里」、「須磨」、「明石」の7帖を収録。
藤壺が光君そっくりの子を出産、光君と年配の典侍との逢瀬中に頭中将が突入、有明の君(朧月夜)との出会い、桐壺帝が譲位し朱雀帝即位、新斎院の御禊の儀式で六条御息所と葵の上の「車争い」、葵の上の出産と死、紫の姫君と結婚、桐壺院の死、藤壺出家、尚侍(朧月夜)との密会が発覚、麗景殿女御の妹三の君(花散里)を訪ねる、京を離れ須磨へ、明石へ移り明石の入道の娘と会うようになる、朱雀帝の眼病が悪化し京への帰還を命じられる、入道の娘懐妊、光君帰京。
おもしろいぞ『源氏物語』! ていうかおもしろくなってきた。とくに「明石」がめちゃくちゃおもしろかった。ストーリーとしてうまくできてるし、こんなに笑いの要素もあったのかとちょっと意外な驚きもあり。スルスルと楽しく読めて、やっぱり角田訳が私には合っているようです。
「文庫版あとがき」がまたすごく良い。物語を読んできた者として、「そうそう、そうなの!」とうれしくなります。六条御息所のことなんかもう共感の嵐で涙出た。私も胸を締めつけられた、六条御息所の哀しさ。歌舞伎でも「六条御息所の巻」として上演されるほど、印象深い人物です(この歌舞伎、2025年9月に映画館で見られるそうで、見るか迷い中)。
さぁ、3年ぶりに京へ帰ってきた光君に何が起こるのか。次のお話が楽しみ!
明石の入道がもう、ほんと笑える。あたしこの人好きですわ。頭中将もすっっごくいいヤツで好きです。
2025年4月13日
- 源氏物語 (巻2) (講談社文庫)
- 瀬戸内寂聴
- 講談社 / 2007年2月15日発売
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寂聴源氏2巻です。「末摘花」から「花散里」まで、6帖を収録。
寂聴さんの訳文は丁寧で上品で、この『源氏物語』の世界観にぴったりなのですが、角田源氏を読んでしまった私は、この文章ですらもたつきを感じるようになってしまいました。
巻一と同様、巻末に「源氏のしおり(訳者解説)」と、「系図」、「語句解釈」があります。「源氏のしおり」では今回も寂聴さん自身の言葉で歯切れ良く解説がなされていて、これがやっぱりおもしろい。本文のやわらかな文体からは、解説にあるような緊張感や迫力や激しさは味わいきれてなかったなぁ。
あとちょっと気になったのが、「〜につけても」。大塚源氏の訳文にこの表現が多すぎると感想に書きましたが、この寂聴訳でもけっこう使われていました。1巻ではたまに出てくるくらいでしたが、2巻ではちょくちょく登場。1ページに2回使われていることも。自分ではほとんど使わないせいか、どうも気になってしまいます。
内容については角田源氏の感想に書いていきたいので、ここでは、寂聴訳、大塚訳、角田訳のそれぞれの特徴がよく出ているなと思った箇所を書いておきます。「末摘花」の冒頭です。
[原文]
思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に後れし心地を、年月経れど、思し忘れず、ここもかしこも、うちとけぬ限りの、気色ばみ心深きかたの御いどましさに、け近くうちとけたりしあはれに、似るものなう恋しく思ほえたまふ。
[寂聴訳]
愛しても愛しても、なお愛したりない思いのしたあの夕顔の君に、花に置く露よりもはかなく先立たれてしまった時の悲しさを、源氏の君はあれから歳月の過ぎた今もなお、お忘れになれないのでした。
あちらの方もこちらの方も、女君たちは心を鎧い、気取った様子で、お互い思慮の深さでも競いあっていられるのを御覧になりますと、なおさら親しみやすくすべてを任せきっていたあの人のたぐいないなつかしさと愛らしさを、源氏の君は恋しくお思い出しになられるのでした。
[大塚訳]
いくら思ってもなお尽きなかった〝夕顔の露〟に死なれた悲しみを、年月が経っても忘れずに、どこもかしこも気づまりな人たちばかりで、気取ったり、思慮深さを張り合ったりしているので、親しみやすく打ち解けていたあの人がしみじみ愛しくて、
「似ている人もいないものだ」と恋しく思われます。
[角田訳]
いくら思いを寄せても、なお飽きることのなかったあの人が、夕顔の露のようにはかなく消えてしまった悲しみを、月日がたっても光君は忘れることができないでいた。あの女もこの女も、心を開いてくれない人たちばかりで、気取り澄まして、たしなみの深さを競っているような有様だ。彼女たちとはちがい、心を開いて自分を信じ切ってくれたあの人の愛らしさを、光君は恋しく思うのである。
2025年3月31日
- 源氏物語 1 (河出文庫 古典新訳コレクション)
- 角田光代
- 河出書房新社 / 2023年10月6日発売
- 本 / 本
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大河ドラマ『光る君へ』(2024年)を見ながら「『源氏物語』読もっかなぁ」と思ったとき、以前出口治明さんが、コロナ禍のステイホーム中に読む本として、『源氏物語』を勧めていらっしゃったのを思い出しました。それがまさにこの角田源氏でした。「とてもテンポが良く、読みやすいです」と。
でもこのときは残念ながら持っていなかったので、とりあえず目の前にある大塚ひかり訳(ちくま文庫)と、3冊だけある瀬戸内寂聴訳(講談社文庫)を、比較しながら並行して読んでいました。
ある日書店で、そういえば角田源氏も最近文庫になったのよねーとパラパラ開いて少し読んでみたら、想像以上の読みやすさに「うっわ、読みやす!」と思わず驚きの声が出てしまいました(近くに誰もいなくてよかった)。ぜひこの訳で読みたい! と購入を即決、少しずつ買いそろえました。
まず1巻は、「桐壺」、「帚木」、「空蝉」、「夕顔」、「若紫」、「末摘花」の6帖を収録。光君の誕生、元服、婿入り、雨夜の品定め、空蝉と軒端荻、夕顔との逢瀬、本命の想い人藤壺そっくりの小さな姫君との出会い、藤壺の懐妊、そして哀れなる末摘花との逢瀬、まで。
この訳文は本当にすばらしい。語り手が読者に語りかける部分以外は「だ・である調」なので、普通に小説を読んでいるよう。併読中の三者の中でいっちばん読みやすい。歯切れが良くスピード感があり、どんどん読み進められます。スムーズな理解のために文の位置を入れ替えるという工夫も見られ、すごくいい。この角田源氏が、今のところ最強だと思います。
大塚源氏の「末摘花」を読んだとき、源氏の君や命婦が彼女の外見や貧しい様子などをあきれたり笑ったりしているのが不愉快で、彼女なりにがんばっているのになんて人たち、と怒りすら覚えたのですが、角田源氏ではそこまでのことはなかったのでホッとしました。言葉の選び方、表現ってやっぱり大事だな。
またこの角田さんの「文庫版あとがき」が、まぁすばらしい。そして国文学者の藤原克己さんによる「解題」が、さらにすばらしい。内容は寂聴さんの解説と少し重なるところはありますが、それをさらに詳しく裏付けていて、すごく興味深くおもしろかった。ネタバレなど気にならないどころか、これから先この物語を読むことが楽しみになりワクワクしました。これぞ、2巻以降の物語への誘いとして理想的な解説だと思います。
2025年3月14日
- 源氏物語 (巻1) (講談社文庫)
- 瀬戸内寂聴
- 講談社 / 2007年1月16日発売
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大塚ひかり訳の『源氏物語』(ちくま文庫)を読んでいたら、他の人の訳も読んでみたくなったので、家に3冊だけある瀬戸内寂聴訳の『源氏物語』も併読することにしました。全10巻買ったはずなのですが、十数年前の引っ越しの際、気づいたら1巻と2巻と6巻の3冊だけになっていたのです。いつどこで消えたのかわからず悔やまれますが、仕方ないので今あるこの3冊だけ読むことにいたします。
さて、この「巻一」には、「桐壺」から「若紫」まで、5帖が収録されています。源氏の君が誕生、元服の晩に12歳で左大臣家に婿入り(葵の上と結婚)、源氏の君、頭の中将、左馬の頭、藤式部の丞の4人で「雨夜の品定め」、空蝉とその継娘(軒端荻)との出会い、夕顔への苦しいまでの恋、本命の思い人藤壺に似た幼い姫君との出会い、そして藤壺の懐妊、というところまで。
一度読了したものの、文章表現にばかり気を取られていたので、ちゃんと内容を味わいたくて、ざっと再読しました。けっこうスリリングで、クスッと笑えるユーモアもあり、ちょっと怖いドキドキもあり、普通におもしろい。惟光が良いですねぇ。
寂聴さんの訳文は、主語や目的語などがしっかり補われていて、一読してわかります。敬語や謙譲語も丁寧に訳されているので古典文学らしい品格が保たれており、安心して読めます。『源氏物語』は天皇家と貴族たちの話ですから、やはりこのくらいゆったりとした日本語が似合いますね。
さらにこの他に角田光代訳の『源氏物語』も同時に読んでいるのですが、この三者の中では、寂聴訳が、原文を読んだときの印象に最も近いのではないでしょうか。三者三様、印象も違えば解釈が違うところも。例えば「帚木」の帖、「雨夜の品定め」の最中、源氏の君の美しさを描写する場面、寂聴訳では、〈女の身になって拝見したらいっそううっとりするだろう〉、大塚訳では、〈この君を女にしてつきあってみたいものです〉、角田訳では、(あまりに美しくて)〈まるで女性のようですらある〉。では原文はというと、〈女にて見たてまつらまほし〉です。
巻末の「源氏のしおり」では、『源氏物語』について、作者の紫式部について、そして収録されたそれぞれの帖について、寂聴さんが解説してくれています。これがかなりおもしろい。〈「源氏物語」は、日本が世界に誇る文化遺産として、筆頭に挙げてもいい傑作長篇の大恋愛小説である〉とあり、世界の名だたる長篇小説をいくつか挙げ、〈それ等の西洋のどの小説よりも早く、その八世紀も昔の東洋の日本に、「源氏物語」は誕生していたのである〉とあり、ちょっと感動、誇らしく思いました。
最後に「語句解釈」が付いているのですが、実はこのページの存在に気づいたのは読後。本文中の語句に番号が振ってあったりするわけでもなく、ただ語句をまとめて五十音順に並べてあるだけなので、読みながらチェックしていくのは大変かな。だからちょっともったいないような気がしました。でもまぁあとでざっと一読するだけでも勉強になるし、現代ではほぼ使わない語句ばかりだから「これは載ってるかも」と推測はできそうですけどね。
2025年3月3日
- 源氏物語 第一巻 桐壷~賢木
- 大塚ひかり
- 筑摩書房 / 2008年11月1日発売
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大河ドラマ『光る君へ』(2024年)を見ていたら『源氏物語』を読みたくなったので、本書を手に取りました。この第一巻には、「桐壺」から「賢木」までの10帖が収録されています。
大塚ひかりさんは、敷居の高い古典を、現代人にわかりやすいようユーモラスかつカジュアルに解説してくれるので、この人の訳なら楽しく読めるのではと、2008年発売時に全6巻を購入したのでした。
本書の一番の特色は、本文中に〈ひかりナビ〉という解説がたびたび挿入されること。背景知識や歌の出典などが解説されています。ただ、その後のネタバレになるようなことがしれっと書かれていたり、大塚さんの個人的な解釈が「〜だと私は思います」などと書いてあったりするので、読む人によっては評価が分かれそう。
訳文については、「はじめに」によると、〈原文重視の逐語訳、それでいて「わかる『源氏物語』」〉を心がけた、とのこと。現代語にすると不自然になってしまうような敬語や謙譲語は最低限に抑え、〈主語を補った〉とあります。
がしかし、私にはこの訳文は合いませんでした。途中で何度も投げ出そうとしましたが、せめてなんとか1巻だけは読んで、続きは他の人の訳に切り替えようと決めて、流すように読んでいました。でも10帖も収録されていて、〈ひかりナビ〉もちょくちょく挟まるので、読んでも読んでも終わらない。おかげで3ヶ月以上かかってしまった。
主語を補ったとあるものの、どういうことなのかさっぱりわからないことが多々ありました。表情とセリフと心情が一致せずちぐはぐなシーンもあるし、登場人物が心中で思っていることもカギかっこで括られているので、セリフかと思って読んでいたら違ったなんてこともちょくちょく。「帝」を「ミカド」とカタカナ表記にしているのもなぜなのかわからないし、「〜につけても」が多すぎるし、理解を促すためにあえてなのかもしれませんが品のない言葉が使われていたり、全然物語の中に入り込めなかった。
こんな状況では、この本だけではとうてい読み通せる気がしないので、先に少し触れましたが他の人の訳本も並行して読んでいます。瀬戸内寂聴訳と、角田光代訳です。寂聴訳はうちに3冊だけあるのでとりあえずある分だけ読みますが、角田訳のほうは全巻購入したので(詳しくはそれぞれの感想に書きます)、今後は角田訳をメインに読んでいくことにします。
自分のメモとして、この三者の訳をいくつか比較しておきます。
まず「帚木」の帖、大塚訳に 〈お手紙はいつもあります〉といきなりこの一文で始まる段落があって、「手紙がいつもある」とはどういうことなのかわからなかったので寂聴訳を見てみたら〈女へのお手紙も終始お持たせになります〉とあり、さらに角田訳では〈女の元には、光君からの手紙がしょっちゅう届く〉とあり、なるほどと理解できました。
また「若紫」のワンシーン、大塚訳の〈「こちらへ」と言うと、膝をついて座っています〉という一文、「こちらへ」と促しているのにもうすでに座っているのはおかしいと思い、確認してみました。すると寂聴訳では〈「こちらへおいで」と呼び寄せますと、その子は尼君のそばへ来て畏まって坐りました〉とあり、角田訳では〈「こっちへいらっしゃい」と呼ぶと、女童はそこに膝をついて座る〉となっていて、納得できました。
それから「末摘花」、大塚訳では〈ただ源氏の君のまれなお情けの魅力を拒めずにいたところ〉となっている箇所、「まれなお情けの魅力を拒む」とはいったいどういうことなのかさっぱりわからなかったのですが、寂聴訳〈源氏の君のほんの時たまこうしておかけ下さるお情けが慕わしくて、そんな関係を拒みきれないでいるのでした〉、角田訳〈ただ光君がほんのときたま掛けてくれるお情けがうれしく、そればかりを慕わしく待っているのだが、……〉と、ここもお二人の...
2025年2月19日
- 十月十日も毎日たのしい (ワイドKC)
- 松本ひで吉
- 講談社 / 2024年11月13日発売
- 本 / マンガ
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『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』8巻と同時発売されました。松本ひで吉さんの妊娠から出産までが、たいへん赤裸々に描かれております。
まずもう、お疲れさまでしたと言いたい。お父さんの死、犬くんの死、妊娠、猫さまの死、そして出産と、心も体も本当に大変だっただろうと思います。そんな中でも、「人生は前にしか進まぬ」と、こうして毎日をたのしむひで吉さんを、心から尊敬します。そして、おめでとうございます!
ご自身の妊娠、出産の体験だけでなく、ご友人の体験談も描かれているので、人によって、またかかる医者によってもかなり事情が異なることがわかります。この本は、妊娠中の方の励みになるのではないでしょうか。
妊婦健診で見たお腹の赤ちゃんの、「泥田坊にしかみえない」という絵、鳥山石燕の絵にそっくりで超笑った。「田を返せ」、怖すぎる。
それと、人との会話で、お腹の子が男か女かという話になったとき、「どっちだと思う〜〜?」と言ってしまい、年齢を「いくつに見える?」と人に聞くような大人にはなりたくないと思ってきたのに、と夜になってへこんだエピソードには、めちゃくちゃ共感! 私も引っ越して間もない頃、新天地での自由がうれしくてつい、ご近所さんにいくつに見えるか聞いちゃって、それ以来ずぅっっっと激しく後悔し続けておるのです。だからこのページを読んだときはうれしくて、救われた気分になりました。
いやあ、おもしろかった。外回転術の山岸先生、私も好きだなぁ。
2024年12月30日
- 犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい(8) (ワイドKC)
- 松本ひで吉
- 講談社 / 2024年11月13日発売
- 本 / マンガ
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11月(2024年)に8巻が出ましたっ。
2021年10月に発売された7巻で〈“いったん”最終巻〉となっており、犬くんも猫さまも亡くなったことをネットで知っていたので、8巻以降は出るのだろうか、もしかしたらもう出ないのでは……とずっと気になっていました。でもその後も作品は描かれていたようなので、そのうち作品がたまったら出るのかな、くらいに思っていました。それが、前巻から3年経った今、8巻を読めてうれしい!
ペットとの生活を描いたコミックは、楽しいしかわいいし大っ好きなんだけど、絶対に避けられない「ペットの死」というものがどうしても訪れるので、登場する動物たちを愛おしく思えば思うほど、読みながら常に切なさを感じています。だからその時が来ると、読むのにめっちゃ覚悟が必要。でも作品を楽しませてもらっていた読者にできることは、ちゃんと読んで受けとめることだけ。今回は文字での報告でしたが、何度読み返してもやっぱり泣いてしまいます。
もうとにかく犬くんがかわいすぎるのですよ。この笑顔がもう、たまらなく大好きで。猫さまも、ツンデレぶりがいとおしいし。しかも本巻でひで吉さんがご結婚! おめでとうございます! ということで、ご主人と、ご主人の猫ガーラさんが新登場です。ひで吉さんの猫さまとはだいぶ違うタイプの女の子。おもしろいなぁ。猫もそれぞれこんなに違うんですね。
また、イヌ好きで「ネコはきらい」と言っていたお母さんが、いつまにか猫のことを深く理解できるようになっていたり、ご主人が「できれば人生でかかわり合いたくないジャンル」と言っていたトカゲちゃんをすっかり好きになっていたり、動物とのふれあいによる人の心の変化が見られるのも、この作品のステキなところです。
毎日本当にたのしそうで、だからこそちょっとせつなくて、大好きな作品です。9巻も出るみたいなので今から楽しみ、なのですが、犬、もう飼わないのかなぁ。犬派のあたくしとしては(犬を飼うまでは猫派だったけど)、「犬と猫どっちも〜」というタイトルなんだし、飼ってくれないかな〜と願っております。
犬くんの「ズビシ」大好きでした。
2024年12月30日
- ツイステッド・シスターズ(7) (モーニング KC)
- 山下和美
- 講談社 / 2024年11月21日発売
- 本 / マンガ
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表紙を見た瞬間に、「かわいいぃぃっ」と声を発してしまいました。正子ちゃんが、今回も鬼かわゆす! まだまっさらな無邪気さゆえか、ちょっと不思議な力があるようですけど、それがまた良き。はぁー、まさしく天使ですよこの子は。
ティアラちゃん、いい子だなぁ。人生をいろいろ考えちゃってますね。ちょうどそんなお年頃なのかな。そういうときって苦しいよね。でもあなたならきっと大丈夫。私はずっと見て応援してるよ。蓮くんのお顔を久々に見られて、私はうれしい。
理華子と亀石さんも、なかなかいい感じじゃないですか〜。間違えて送っちゃった謎メッセージには笑った! いやぁこういうのうれしくなっちゃう。ドキドキしますなぁ。むふふふ〜。
そして、7巻の最強インパクトは、やっぱり「ばぼ〜〜〜〜ん」でございましょう。「顔が大きくて 三白眼で ブツブツしてて メガネかけてて 七三分けで 声が低くて」(by良子姉ちゃん)、この方のお名前は、ラストで明らかに!
今回思ったけど、あたしは良子姉ちゃんが一番好きなのかも。良子姉ちゃんの話には毎回グッとくるんですよねぇ。この7巻でもウルウルしちゃった。
ほんっとにおもしろいしかわいいしジーンと来るし、大っっっ好き! こんなにハートウォーミングで素敵なコミックが、なんであんまり世間で読まれていないのかまったくわからん。新刊が出るたびに発売日に買いに行っても売ってなくて、後日行ってみるとかろうじて一冊だけ置いてあって、それを私が買うんだけど、これまでの6冊も含めてとにかく本屋に置いてない。こんな素敵な作品が、あの大量の漫画たちに埋もれてしまって読まれないなんて、もったいなさすぎ。
2024年11月30日
- 蔦屋重三郎の生涯と吉原遊廓
- 永井義男
- 宝島社 / 2024年10月16日発売
- 本 / 本
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谷津矢車さんの『蔦屋』を読み終わった2日後に行った書店で、この本が新刊コーナーの前面に売られていて、ふと手に取りパラパラ眺めていたら、つい先日想像していた世界が目の前に現れて、蔦重や戯作者たちの声が聞こえてきて、遊女たちの想いも伝わってきて、店頭でぶわぁっと涙が出てきてしまったので慌てて閉じ、少し落ち着いてからレジに持って行った次第。はじめは買うつもりなかったんだけど。
オールカラー141ページ、4章あります。「蔦屋重三郎の生涯」、「蔦屋重三郎の吉原遊廓」、「遊女たちの生活」、「吉原の近代と現在」。前半は蔦屋重三郎の生涯と、絵師や戯作者たちの活躍、後半は吉原の歴史や表と裏など。
前半については、とにかく絵がどれも素敵。着物のしわや模様、部屋に置いてある物、草木などすべてが細かく描き込まれていて、絵師たちの画力の高さに感動。じぃーーーっと時間を忘れて見入っちゃう。喜多川歌麿の貝や鳥なんて、スゴイのひとことです。
また、恋川春町の「吉原大通会」を見ていると、それぞれの個性がよく伝わってきて笑ってしまうと同時に、なぜなんだろう、うれしいような切ないような気持ちになって、涙が出てくる。
他にも、北斎が描いた耕書堂の店先、「吉原細見」や戯作者たちが命をかけて書いた本の紙面、吉原の地図とその風景、またその一室で繰り広げられる宴会の様子などを見ることができ、当時の空気感がまるごと感じられます。
そして、何が感慨深いって、私の大好きな『居眠り磐音』シリーズと時代がガッツリかぶっていること! 本書を眺めていると、「磐音」に出てくる人たちの存在を感じるんですよ。磐音と交流のあった北尾重政の絵もこの本で見られるし、吉原会所の四郎兵衛さんもここにいたんだなぁ、とか、そもそも蔦重もちょっとだけ登場するしね、もう感無量なんです。
後半の、吉原遊廓の歴史とその裏表なども、今までずっと知りたかったことが絵や図によってひと目でわかって感動。妓楼の中の図などじっと見ていると、遊女や客、そこで働く人々など、大勢の姿が描かれていて、ワイワイガヤガヤ、さまざまな物音や声が聞こえてくるよう。すごく生き生きしてる。年中行事や催しもあり、桜が満開の仲之町を、私もこの目で見てみたい、歩いてみたいと思いました。
でも一方で、華やかでにぎやかで楽しそうな風景の裏に、遊女たちの苦しみ、哀しみもあります。そこもちゃんと書かれています。だからここでは、磐音の許嫁だった奈緒の人生を、どうしたって考えちゃいます。遊女たちのことを想うと、涙がにじみます。
第4章では明治以降の吉原を見ることができるのですが、こちらは『鬼滅の刃』の「遊郭編」を思い出させますね。吉原は多くの作品の舞台になっているので、それぞれを思い出していろんな気持ちが湧き上がってきます。
また、明治44年の吉原大火と、大正12年の関東大震災のときの写真を見ることができ、さらには、かつて吉原があった現代の東京、三ノ輪駅周辺の写真もあり、吉原遊廓が実在していたことを実感できます。今度東京に行くことがあれば、見返り柳(今でも木があることにびっくり!)や大門跡などをぜひとも見に行きたいし、浄閑寺にも行って手を合わせたいです。
2024年10月28日
2019年8月に読んだ増田晶文著『稀代の本屋 蔦屋重三郎』が私には合わず、その時のうんざり感が胃もたれのように「蔦重の本はもういいや」と思わせていたのですが、本書が出ると知ったとき、「いやこの人の書く蔦重なら読みたい!」と購入を即決。これに限らず谷津矢車さんの作品には、だいぶ前から好みセンサーがビビビッと反応していたのですよ。やっぱり私の目に狂いはなかった。すっごく良かった。
地本問屋豊仙堂の主人丸屋小兵衛は、店を畳んだばかり。その小兵衛のもとに男が訪ねてくる。〈当代一流の豪勢な品を嫌味なく着こなし〉、〈男ぶりのいい顔〉をした、耕書堂の主人蔦屋重三郎だった。「あたしの仕事を手伝ってください」と言う。「一緒にやりませんか、あたしと。もう一度この世間をひっくり返しましょうよ」と。
本好き読書好きとして、絵師や戯作者たち、また何があっても何度でも立ち上がる蔦屋重三郎を、全力で応援していました。私もいっしょにフフッと笑ったり、ビックリしたり、憤慨したり、くやし涙を浮かべたり、悲しくなったり、切なくなったりしていたら、いつのまにか胃もたれがスッキリしていました。読んで良かったぁ。
今年2024年の大河ドラマは、物語を書く紫式部が主人公。来年2025年は、本を作って売る蔦屋重三郎が主人公。この流れ、本好きとしては注目したい。電子書籍も便利かもしれないけど、本屋さんに行って本を買おうと思ってくれる人がひとりでも増えますように。
〈人間は色を好み、金を好み、絵空事の物語や絵を好む。このどうしようもない浮世から逃げ出したい人々が物語や絵を買い、溜飲を下げる。人の業を否定するなど誰にもできはしない〉
2024年10月23日
平野啓一郎さんの著書を最初に読んだのは昨年(2023年)12月、『本の読み方 スロー・リーディングの実践』で、小説を読むのはこれが初めて。いつかじっくり読もうと思っていた作家で、初期の作品を何冊か持っているのだけど、近く映画を見ることになるかもしれないので本書を先に読んでしまった。新聞の連載小説だったようです。
『本の読み方〜』に、〈「ページを捲りたくない、いつまでもこの世界に浸っていたい。」と感じてもらえるような作品を書きたいといつも思ってい〉るとあるだけに、言葉を選んで丁寧に書かれた落ち着いた文章。こちらとしてもひとつひとつの言葉を丁寧に読もうという気になります。
本作の舞台となる2040年の日本では、〝自由死〟が法制化されており、そのためには〈登録医による長期的な診察と認可が必要〉だとされている。主人公石川朔也の母親は、結果的に事故で亡くなったものの、生前は〝自由死〟を望んでおり、いつのまにか主治医から認可を得ていた。そんな母親の本心を知りたくて、朔也は母のVF(ヴァーチャル・フィギュア)の製作を依頼する。
その後、朔也はリアル・アバターの仕事をしながら、母をよく知っていた人たちに話を聞きに行ったりするのですが、さまざまなことが起こります。ここがこの小説のおもしろいところ。そういう人たちとの関係がどうなっていくのか、また、朔也自身の思いもよらない事実が浮かび上がってきたりもするので、最後まで目が離せませんでした。
とにかくいろいろと考えさせられますね。まず2040年の日本がこうなるのかどうか、興味深い。私個人的にはあまりこうなってほしくはないけど、リアル・アバターについては、これで喜ぶ人や助かる人がたくさんいそうだなとは思います。
宇宙を体験するアプリ《縁起 Engi》は、私もぜひとも体験してみたい! 朔也が体験しているシーンでは、まるで自分も見ているような感覚に陥って、なんだかフワフワしてました。これを一度味わったら、もういろんなことがどうでもよくなりそう。人生観もがらりと変わって、死ぬことも怖くなくなるんじゃないかな。
2024年10月19日
- 十一人の賊軍 (講談社文庫)
- 冲方丁
- 講談社 / 2024年7月12日発売
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くやしい。いろんなことがくやしい。ラストではうれし涙が出たけど、その後ろにはやっぱりくやし涙があって、もう感情の整理がつかなかった。
舞台は幕末の新潟、新発田藩だけど、この時代には日本じゅうどこでもこうしたことが起こっていたのかもしれない。
本書は、2024年11月1日に公開予定の映画『十一人の賊軍』の小説版として、冲方丁さんによって書き下ろされた作品。映画の原作でもなければいわゆるノベライズとも違う、こういうのってちょっと珍しいかもと気になり読んでみた。
主人公は政、いっしょに戦った入牢人たちは、爺っつぁん、赤丹、辻斬、引導、三途、二枚目、おろしや、三味線、ノロ。役人たちは、鷲尾兵士郎、入江数馬、木暮総七、荒井万之助。また、おさだと加奈も欠かせない。この人たちのことを忘れたくないから書いておく。
2024年10月12日
- 八犬伝 下 (角川文庫)
- 山田風太郎
- KADOKAWA / 2022年11月22日発売
- 本 / 本
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はぁ、ものすごいものを読んだ。
今、胸の中に何かが次々と湧き出していて、破裂せんばかりの風船さながら胸がパンッパンに膨れ上がっているのに、この感情を表現できない。これは、なんと言うのだろう、充足感? いやどんな言葉にも当てはまらない。言葉が陳腐すぎて狭すぎて、どの言葉にも収まらない。
下巻でも、「虚の世界」と「実の世界」が交互に進んでいくのですが、最後の章で両世界が冥合いたします。鬼気迫るラストは、これは作中で使われている言葉ですが、まさしく〈神秘荘厳〉としか言えません。なんと苦しい人生か。
馬琴さんの墓前で、お疲れさまでしたと何時間でも手を合わせたい、そんな気持ちです。絶対滝沢家の人間にはなりたくないけど。そして、「南総里見八犬伝」と馬琴さんの人生を、こんな壮大な物語に仕立ててくれた山田風太郎さんに、深く感謝いたします。
最後に、八犬士を出現順に並べておきます。
第一の犬士、犬塚信乃、「孝」の珠、
第二の犬士、犬川荘助、「義」の珠、
第三の犬士、犬山道節、「忠」の珠、
第四の犬士、犬飼現八、「信」の珠、
第五の犬士、犬田小文吾、「悌」の珠、
第六の犬士、犬江親兵衛、「仁」の珠、
第七の犬士、犬村大角、「礼」の珠、
第八の犬士、犬坂毛野、「智」の珠。
本作を読んでわかったけど、「八犬傳」を原文で読破するのはやっぱり大変そうだなぁ……。
2024年9月19日
- 八犬伝 上 (角川文庫)
- 山田風太郎
- KADOKAWA / 2022年11月22日発売
- 本 / 本
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滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』は、千葉県民としてはぜひとも読んでおきたい物語。だから岩波文庫のボックスで買ってあるのですが、なにしろ原文でございますので敷居が高く、まだ踏み込めずにおります。
そこで、この山田風太郎の『八犬伝』。滝沢馬琴が葛飾北斎に、「こんな物語を書こうと思ってるんだけど、どう?」と話して聞かせている、というのが大筋。なので、『南総里見八犬伝』そのもの(虚の世界)と、江戸にいる馬琴&北斎の物語(実の世界)が交互に進んでいくという、一冊で二度おいしいお得なご本となっております。
上巻では、「虚の世界」では安房の滝田城城主里見義実の危機から始まって、八犬士のうち6人の犬士が出現、そして7人目だろうと思わせる人物が登場したところまで。「実の世界」では、馬琴が47歳、北斎が54歳の時点から7年間が描かれております。
べらぼうにおもしろい。「虚」パートでは、出来事も人物も、無関係だと思わせておいて実はみぃんなつながっていたりするので気が抜けません。無駄な話が一切ない。登場人物が多く、読んでいると系図が欲しくなるので人物名や関係をメモしておくことを強くおすすめします。
また「実」パートでは、虎タイプのどっしり馬琴と、竜タイプのしなやか北斎、正反対の2人が良いコンビです。武士気質のカタブツ馬琴をおもしろがって見ている北斎、という図がほほえましく、会話に笑ってしまったりも。
上下巻を左右に並べると、カバーイラストがつながって一枚の絵になるところも良いですな。
それでは下巻へいざゆかん!
2024年9月7日
映画上映前の予告編。「安部公房生誕100周年」と大画面に出る。段ボール箱を頭からすっぽりかぶった男が2人、喧嘩をしていた。なんだこの映画は、と目を丸くしつつ、でも安部公房なら本読んでみたいな、となると映画も見ることになるかな、などと思い本書を購入。いよいよ映画公開が迫ってきたので読み始めることに。
この映画監督、安部公房本人から1986年に「娯楽にしてくれ」と映画化を託されたのだそうだ。1997年に製作が決定、スタッフやキャストがドイツに渡るも撮影は頓挫、それが安部公房生誕100周年の今年(2024年)に完成、公開という、なんと27年越しに実現した映画化なんだそうな。こんなん知ってしまったらあーた、読まぬわけにも見ぬわけにもいかないではないか。しかも出演者たちも、全員ではないが27年前と同じ役者だっていうし。
主人公は〈ぼく〉、頭からすっぽりダンボール箱をかぶった箱男。〈箱男が、箱の中で、箱男の記録をつけている〉ノートを、読者は読むことになる。
キーワードは、見る、見られる、そして贋。〈世間を拒み、箱にもぐって世間から雲隠れし〉、〈箱をかぶって、ぼく自身でさえなくなった、贋のぼく〉が元カメラマンということもあって、カメラマニアだった安部公房自身が撮影した写真が数枚挟まれ、それぞれに数行の文章が添えられている(表紙カバーの写真も安部によるもの)。
読んでいるうちに頭がボーッとしてきて、今何を読まされているのかわからなくなって、行きつ戻りつして読んだので、想定以上に時間がかかってしまった。今読んでいるのは箱男の現実なのか妄想なのか、この〈ぼく〉は誰なのか、また誰が贋なのか。めくるめく箱男の世界である。
ふと記憶がよみがえって自分で驚愕したことがある。いじめられっ子だった小中学生の頃、自分を守ってくれる小さな箱のような部屋ごと移動できればいいのに、箱に入った状態で学校に行ければいいのに、と心底望んでいたことがあったのだ。それってつまり箱女ではないか! なんということだ、目的は違うにしても、自分も箱女だったのだ。
と、ここまで書いて思った。安部公房自身も箱男になりたかったのではなかろうか、と。
さて、これがどう娯楽になっているか、映画がある意味楽しみになってきた。
2024年8月25日
- ハリー・ポッターと賢者の石 (ハリー・ポッターシリーズ 1)
- 松岡佑子
- 静山社 / 1999年12月1日発売
- 本 / 本
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数十年前に原書で一度読みました。全巻原書を買うつもりでいたので、この翻訳が出たときには購入を迷ったのですが、日本語版も持っていてもいいかなと思って買っておきました。
最近になって、テーマパークができたり映画館で特別上映があったりして、再びハリポタ関連の情報をしばしば目にするようになったので、ここらで日本語でひと通り読んでおこうと思ったのでした。
名前を口にすることすらはばかれる、悪に身を落とした魔法使いヴォルデモートに両親を殺され、孤児になってしまったハリー・ポッターは、伯母のダーズリー家に預けられたが、冷遇されていた。11歳の誕生日、ホグワーツ魔法魔術学校への入学が許可されたという手紙を持ったハグリッドという大男が、ハリーの前に現れる。
なにしろめっちゃ久しぶりなので細かい部分は忘れてしまっていて、ああそうそう、こうだった、そうだった、ここは英単語が難しくて読むの大変だったなあ、などといろいろ思い出しながら、楽しく、懐かしく読みました。この世界観が大好きで、この世界に浸っていたくて、ワクワクしながら読んでいたのを思い出します。
昔はハグリッドとヘドウィグが好きでしたが、今はおじさまやおじいちゃまが好きなので、やっぱダンブルドアが最強かなぁ。映画『ファンタスティック・ビースト』シリーズを見ていればニンマリしちゃうところもあるし。でもスネイプも良いのよね。ヘドウィグもやっぱり愛らしくて大好きだし、ハーマイオニーも大好き、マルフォイも憎めない。……はい、つまりはみんな魅力的なのですよ。
ということで、ときどき他の本も挟みながら、のんびり読んでいきます。
【追記】
本棚登録をするのに本のバーコードを読み取って驚いた。今こんな表紙になってるの!? ダン・シュレシンジャーのイラストじゃなくなってる。となると、各章の扉絵と、この巻末の「ハリーへのラブレター」(訳者あとがき)はどうなってるんだろう?
2024年8月13日
主人公の〈僕〉三島玲央が、テレビのクイズ番組に出演している。第一回『Q-1グランプリ』決勝戦、対戦相手は暗記の得意な本庄絆。次の問題に正解すれば優勝、というところ。いよいよ最後の問題がMCに読まれようとしたそのとき、本庄絆が早押しボタンを押し、なんと正解、優勝してしまった。まだ一文字も問題を読まれていないのに、なぜ彼は正解できたのか。
なるほどねー。のほほんといつも見ているクイズ番組がどう作られているのか、見学させていただいた気分です。一瞬を争うプレイヤーどうしの真剣な駆け引きに、ピリピリした緊張感がよく伝わってきて、クイズ解答者を疑似体験できました。
いろいろ大変なんですねぇ。タレントやクイズプレイヤーに、一般人が参加することもあるし、番組制作者や問題作成者の意図もある。なかなか複雑で、実際にこういうことがあってもおかしくないと思いました。
サイン本。
2024年8月4日
- ゴーストハント 扉を開けて (7) (角川文庫)
- 小野不由美
- KADOKAWA / 2021年6月15日発売
- 本 / 本
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「ゴーストハント」シリーズ7巻、完結です!
前の巻の続きから始まるというのはお初ですね。6巻の能登での事件解決後、車で東京へ帰る途中道に迷い、山に囲まれたダム湖に出た。そこで急にナルがここに留まると言い出した。理由はわからないものの、バンガローを借りて滞在することにしたSPRのメンバー。そこへ、廃校になった小学校の調査をしてほしいという依頼が入る。
はあぁぁぁ……。終わっちゃった寂しさはもちろんあるけど、この終わり方ならもう、納得といいますか、すべてオッケー。さすが小野不由美さん。なんのモヤモヤも残さずスッと終わる。なんてスマート。これぞプロの技だと思いました。
これまでずっと謎だった、ナルの素性がすべて明らかにされます。したがって、私が6巻で抱いた違和感も、めでたくスッキリ晴れ渡りました。この7巻は、「そうだったんかーーー!!」の嵐でしたから。
まぁ実は、6巻の感想をアップした後、そういえば麻衣が最初に本人を「ナルちゃん」と呼んじゃったとき、ナルが戸惑っていたような記憶があるなぁと思って確認してみたら、やっぱり1巻92ページでナルが「どこで聞いた?」と驚いてたわ。
ということで、「ゴーストハント」、楽しかった! 一番ワクワクして楽しかったのは4巻。一番怖かったのも4巻だったかも。世間では5巻が一番怖いと言われているようですが、私は5巻は物理的にどうなっているのかがずっと気になっていて、恐怖よりも薄気味悪さを強く感じてました。
このシリーズを読み終えてわかったのは、私が最も怖いと思うのは夜の学校だということ。学校が舞台だった1巻、3巻、4巻は、どこから何が出てくるのかわからなくて、ビクビクドキドキゾクゾクしました。7巻も学校ではあるのですが、怖いというよりも悲しくて泣けました。
ああ、シリーズ通していい話でした。笑って怒って泣きました。楽しかった。ありがとうございました。
最後に、グッときた綾子姉さんのお言葉を書いておきます。ホントにホントにみんな大好き!
「嫌みを言われたり邪険にされたり、馬鹿にされたぐらいで減るプライドなら、ゴミに出しちゃいなさい。そんなのあっても役に立たないから」
2024年8月2日
- ゴーストハント 海からくるもの (6) (角川文庫)
- 小野不由美
- KADOKAWA / 2021年6月15日発売
- 本 / 本
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「ゴーストハント」6巻でございます。
「実は、この子を診ていただきたいんです」と、若い男性が幼い姪を連れてSPR(渋谷サイキックリサーチ)に依頼に来た。その子の首には帯状の湿疹が一周しており、また背中には同じような湿疹が文字を描いていた。それは戒名だった。
依頼を受けたナルたちは、能登へ。料亭を営む吉見家では、代替わりの際に多くの死人が出るという。いったいなぜなのか、祟りか呪いか因縁か、調査開始!
今回の舞台は、目の前に能登の海が広がる料亭。みんな泊まり込んでのお仕事なので、ちょうど季節も夏だし、私も旅行気分が味わえましたわ。
今回はナルが憑依されちゃったので、あたくしの推し、ぼーさんが大活躍です。あぁ、良き。安原くんとの〈不心得な漫才〉なんかもう、いつまでも見ていたい。安原くんてばもうこのメンバーにすっかり馴染んでおりますな。
数多の霊と命がけで戦うみんなの姿に、涙が出ました。〈あたしたちはこの怪異の根元を絶ち、囚われた霊を解放しなければならないんだ〉と、こいつらみんなサイコーにカッコいいぜ!
真砂子ちゃんはめっちゃかわゆいしねぇ。なんだかんだで良ーいコンビじゃないの、真砂子と麻衣ったら。本当に良い子たちだ。
映画監督の中村義洋氏による解説が、映画をよく見る私にはおもしろかった(『鬼談百景』と『残穢』が映画化されていたとは知らなかった!)。そうなんですよ、キャスティングをね、本シリーズに限らず本を読んでると考えちゃうんですよ。ただこの子たちみんなめっちゃ若いんでね、なかなか難しいですわ。
あー、次で終わっちゃうのかぁ。寂しいなー。やだなー。
2024年7月23日
- ゴーストハント5 鮮血の迷宮 (5) (角川文庫)
- 小野不由美
- KADOKAWA / 2021年3月24日発売
- 本 / 本
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「ゴーストハント」シリーズ5巻の舞台は、洋館です。2巻も洋館だったけど、今回のは一癖も二癖もある建物。明治33年頃に建てられたという、古城のような、さびれた巨大な洋館で、増築に増築を重ねた、まさしくタイトルどおり、迷子必至の「迷宮」でございます。
そして、ナルの師匠だという森まどかさんがいきなり登場、さらに、4巻で活躍した安原くんがめでたく大学生になって登場だぁ!(やっぱり!) しかもしかも、ついにリンさんの本名と出自が明らかに! 極めつけは、麻衣がなぜ学校に行かずにナルのところでバイトをしていられるのか、読者がずっと抱いていたナゾが明かされる! いやもう盛りだくさんで目がまわりそう。
ということで、5巻もめちゃおもしろかったです。怖いというより、気味が悪かったわ。この、ぐっちゃぐちゃに増築が繰り返されたお屋敷はもちろんだけど、ラスボスがとにかく胸糞悪い。
でもSPR(渋谷サイキックリサーチ)の子たちがみんないい子だから救われる。今回初登場のまどかさんもかわいらしい人だし。この子たちのおかげで、気分の悪くなるようなヤツが出てきても、読者の心は汚されずに済んでいると思う。さあ、このシリーズを読んで心を浄化しよう。
最後に、ひとつだけ気になった違和感を。それは、まどかさんが渋谷所長のことをフツーに「ナル」と呼んだこと。そのときにはまだ誰も所長のことを「ナル」って呼んでいないのに、まどかさん「ナルはいないの?」ってリンさんに聞いてる。「ナル」って、麻衣がつけたあだ名じゃなかったっけ? と思って1巻を確認したら、やっぱり、60ページ4行目で麻衣が〈ーーあんたは今から、ナルシストのナルちゃんだ〉と決めて、それ以降「ナルちゃん」と呼び始めてる。まどかさんは、「ナルにゴーストハントを伝授したのは、私なの」と言っているけど、なぜあなたは彼のことを麻衣のつけたあだ名で呼んでいるの? 彼が今「ナル」と呼ばれていることを、なぜ知っているのでしょう??
2024年7月16日
- ゴーストハント4 死霊遊戯 (角川文庫)
- 小野不由美
- KADOKAWA / 2020年12月24日発売
- 本 / 本
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やー、おもしろかった。いい話だったし。
やっぱりぼーさんはカッコいい! 私もぼーさんに守られたい。しかも今回、綾子さんがすごく良かった。大好きになっちゃった。そして新登場の安原くん(麻衣は「安原さん」て呼んでるけど)が超優秀。頭がいいだけじゃなくて、いろんなところによく気がついて先に必要なものを用意してくれちゃう。もう卒業だしちょうどいいじゃん、SPR(渋谷サイキックリサーチ)で働いちゃえば?
4巻の舞台は、千葉の公立の緑陵高校。集団登校拒否事件、集団中毒事件、更衣室での小火事件、自殺した生徒の慰霊祭事件、そして黒犬事件と、近頃不可解な事件が続いており騒ぎになっているという。
3巻も高校での話だったので、気分を変えたくてしばらく本作から離れておりました。そのおかげもあって、めっちゃくちゃ楽しく読めました。久しぶりにページをめくる指が逸りましたわ。
ホラーだからって、ただ深刻に怖がらせればいいってもんじゃない。このシリーズを読んでて思うのは、ホラーにもやっぱり笑いが大事な要素だということ。笑いがあるからこそ、このチームワークが生まれ、それが心強さと信頼につながるのです。
ちなみに、3巻で知り合った超能力少女千秋と、ぼーさんの知り合い女子高生タカがSPRに出入りしております。タカなんてバイトしちゃってますよ。この2人もなかなかいい味出してます。
2024年7月14日
- 文学こそ最高の教養である (光文社新書)
- 駒井稔
- 光文社 / 2020年7月16日発売
- 本 / 本
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〈社会を、人間を、広く、
深く知るのに
最も役立つのが
「文学」だ〉
他のすべての芸術にも言えることだけど、文学というものは、人の気持ちがあふれ出して結晶化したものだと思う。だから、古代から現代まで人々がどう生きてきたか、どういう気持ちを抱いてどう整理してどう行動してきたかが、書物には書いてある。
ちょっと落ち込んでいたとき、他の人たちは心の決着をどうつけているのか知りたくなり、それにはやはり読書だと思ったら、本書の帯に大きく書いてある冒頭の言葉が目についた。その時の自分の思いにあまりにドンピシャだったので驚いた。もう読むっきゃなかった。
本書は、紀伊國屋書店新宿本店の読書会イベントが書籍化されたもので、光文社古典新訳文庫の編集長である駒井稔さんと、その翻訳者の方々とのやりとりが収録されている。翻訳者たちが駒井さんの質問に答えながら、その作家や作品について、また翻訳の苦労、ご自身の好きな本など、さまざまなことを語っている。
フランス文学からは、プレヴォ『マノン・レスコー』(野崎歓)、ロブ=グリエ『消しゴム』(中条省平)、フローベール『三つの物語』(谷口亜沙子)、プルースト『失われた時を求めて』(高遠弘美)の4夜、ドイツ文学から、トーマス・マン『ヴェネチアに死す』と『だまされた女/すげかえられた首』(岸美光)、ショーペンハウアー『幸福について』(鈴木芳子)の2夜、英米文学からは、デフォー『ロビンソン・クルーソー』(唐戸信嘉)、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(黒原敏行)、メルヴィル『書記バートルビー/漂流船』(牧野有通)の3夜、ロシア文学から、ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』と『絶望』(貝澤哉)、ドストエフスキー『賭博者』(亀山郁夫)の2夜、日本文学からは鴨長明『方丈記』(蜂飼耳)の1夜、アフリカ文学からアチェべ『崩れゆく絆』(粟飯原文子)の1夜、ギリシア哲学からプラトン『ソクラテスの弁明』(納富信留)の1夜。で、計14夜。
このイベントは、2014年10月に開始され、2020年1月のドストエフスキーの会で60回目を迎えた後、コロナ禍により一旦休止、2024年7月現在ではZoom配信にて続行中、6月24日に101回目を迎えたらしい。
翻訳者の話を聞ける機会などなかなかないので、この本のおかげで私も貴重なお話をたくさん聞かせていただいた。ほぼ600ページある分厚い新書だけど、字が大きめで対談形式だから気軽に読める。
昔(古典)からずっと、さまざまな文学作品が世界中に存在し、それを自分の母国語でこんなに自由に読ませてもらえて、人生を学ばせてもらえる。なんてうれしくありがたいことだろう。
〈言葉を大切にしないと、文化が衰退し、人間の思考力が衰える。思考を惜しむ人間はダメになっていく〉
自分の頭で考えていることや物語を文章に紡ぎ出す作家、外国の言葉をわかる言葉に置き換えてくれる翻訳者、本を作る人、売ってくれる人、書店や売り場に運搬してくれる人など、「本」にまつわるすべての人たちに感謝し、これからも豊潤な文学の海を泳いでゆこう。
2024年7月12日