第一次世界大戦の折、犬の売買を生業としていたシュヴェイクは、ある日、行きつけの居酒屋で談笑していると、店内の秘密警察に理由不明の不敬の科でつかまってしまいます。ところが、常軌を逸したシュヴェイクの言動にお手上げになった警察は、彼を病院に送り、さらにそこからも追い出されたシュヴェイクは、なんと応召して兵士になり、よくわからないまま前線へ向かうのです。
兵士シュヴェイクはひどく善良で従順で話好き(与太話が満載)。あっけらかんと次々に問題を起こしますが、本人は、のほほん~とどこ吹く風。罰で火薬庫の見張りをさせれば、ほどなくして木端みじんにするわ、水浴中のロシア残兵の服を着てにやけるうちに、敵兵と間違われて友軍につかまるわ、上官から口汚く罵られながら、やることなすことずれまくる兵士シュヴェイク。
ところが善良な兵士シュヴェイクの冒険は、次第に国家や戦争や軍隊組織の愚かさや不条理を浮き彫りにしていきます。悲劇を通り越してあはれな喜劇へいざなうと、ギリシャ文学の痛烈な風刺やアイロニーを彷彿とさせます。う~ん、日本ではあまりお目にかかれない作風ですよね。
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『「どだい軍隊というところは」と、一年志願兵は掛け布団に包まりながら言った。「何から何まで臭気ふんぷんだよ。今じゃ民衆は度肝を抜かれたまま、まだ立ち直れないでいる。行けばむごい死に方をしなければならぬと思いながら、黙々と戦地に行き、弾が当たれば消え入るような声で「お母さん……」という。英雄などいやしない。いるのはただ屠殺場行きの家畜と参謀本部にいる屠殺人どもだけだ。だがいずれは彼らに反抗して皆立ち上がる。そのときはてんやわんやでさぞかし見物だろうよ。だがそれまでは軍隊万歳だ! おやすみ」』
『「このあたりは戦後きっと大豊作だろうぜ」とちょっと間を置いてからシュヴェイクは言った。「なにしろ畑には一個連隊がまるまる腐って横たわっているんだから。骨粉肥料を買わずにすんで百姓たちは大助かりよ」』
『「……戦闘のあとで諸君を葬る土地は、死ぬ前に諸君がどんなパンを腹に詰め込もうと、一向に無関心なのだ。母なる大地は諸君を靴もろとも分解させ、食ってしまうのだからね。世の中には何一つ無駄なものはない。諸君が土になってからもその土からは新たな兵士たちのためのパンをつくる麦が生えるだろう」』
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この作品では、元兵士だったハシェクの魂の叫びは抑制され、抒情性は見事に消し去られているのですが、なぜか読者の心にそれが深く突き刺さります。読んでいるうちに、何百年にもわたって隣国の大国ロシア、ドイツ、オーストリアなどの戦争に巻き込まれて翻弄されるチェコ、スロバキアをはじめとする中央欧州の小国、聞いたこともないような〇〇人、〇〇人、〇〇人……(汗)多種多様な人種や民族やそれぞれの少数母語、そして歴史という怪物に容赦なく呑みこまれていく、幾多の生の営み……。
ひょこっと垣間見せた歴史の暗い淵と重みに圧倒されてしまい、正直お手上げの吐息が漏れます。が、それはそれ、そこが作者ハシェクのすごいところ。知らない読者のために、ひたむきな兵士シュヴェイクは、深い物語の森を鼻歌まじりで、いとも容易に切り開いていってくれます。
- 感想投稿日 : 2017年1月29日
- 本棚登録日 : 2017年1月27日
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