山椒魚戦争 (ハヤカワ文庫 SF チ 3-1)

  • 早川書房 (1998年12月1日発売)
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感想 : 14
4

山椒魚なんて見たこともなくて正直よくわかりません!? 手の生えた巨大なおたまじゃくし? でかいイモリかな? やれやれ……こんな頓珍漢で読み始めてみました。

こちらの談話室で教えてもらったチェコの作家カレル・チャペック(1890~1938年)。彼の戯曲『ロボット』も面白い作品ですが、『山椒魚戦争』はさらに読みごたえ満載です! はじめの視点だったヴァントフ船長がいつのまにかフェイドアウトしたり、山椒魚の生態に絡めた興味深い記述の数々などは、さながらメルヴィル『白鯨』のよう。物語はSF仕立てで、時系列的にすすみながら洒脱で読みやすい、でも中身は濃厚で私好みですが(笑)。

「私がこの作品で描いたのは、ユートピアではなく、現代なのです。……今われわれが生きている世界を、鏡に映しだしたものなのです……私にとって問題なのは、現実だったのです。……現実で実際に起こっていることに気を配らない文学、言葉と思想にできるかぎりのあらゆる力をふりしぼって、そういうことに反応しない文学――私の目指す文学はそんなものではないのです」 (「作者の言葉」より)

当時のチェコを含めた中央欧州の小国が、イギリス、フランス、旧ソ連、ドイツなどの列強に虐げられていく歴史的背景や、人類の愚かさや滑稽味がおもしろ可笑しく織り込まれています。「山椒魚」をして織りなしていく、ジョージ・オーウェル『動物農場』風のディストピア小説といってもいいかもしれません。

「……なによりおそろしいのは、この従順で、愚鈍で自己満足している文明化された平均的しろものが、大量に繁殖して、何百万、何十億もの同じ山椒魚が生まれている、という事実である」

当時のチャペック作品は、ナチスドイツに狙われるほど過激なもので、秘密警察の魔の手を逃れることができたのはまさに奇跡……その直前のクリスマスの日、チャペックは急病でこの世を去ったよう……。

歴史という怪物に呑み込まれてきた現在のチェコには、フランツ・カフカ、ヤロスラフ・ハシェク、ミラン・クンデラといった魅力的な作家が多くて、読むたびに驚きの連続です。カレル・チャペックのこの作品も秀逸で、翻訳もよく、解説も丁寧です。しかも表紙の山椒魚くん、Win-Win微笑よろしくその手にはナイフと真珠貝……でもそれほんと!?

★★★
以前からチェコの作家にはまって読み漁るものの、あまりにも凄まじい歴史の荒波に打ちひしがれてしまいます(-_-;)

1933年――ドイツ・ナチス党が第一党になり、国境を接していた旧チェコスロバキアに対し、ズデーデン地方の割譲を強要

1935年――『山椒魚戦争』発刊

1938年――「ミュンヘン会議」イギリス、フランス、ナチスドイツ、ファシストイタリアが、ズデーデン地方の割譲を決め、旧チェコスロバキアは国土の重要地を失う

1939年――それを契機にナチスドイツのチェコ侵攻、以降、占領が続く

1945年――ナチスドイツの敗戦により占領から解放されるも、こんどは「ヤルタ会談」(スターリン、ルーズヴェルト、チャーチル)により、東ヨーロッパ全体がソ連圏に組み込まれる

1968年――「プラハの春」民主化運動の高まり。ソ連が武力介入。最悪の監視社会・警察国家となる

1989年――民主革命により、約41年の独裁政権が崩壊

1993年――スロヴァキア独立。チェコは多党制民主主義国家に戻る

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感想投稿日 : 2017年6月17日
本棚登録日 : 2017年6月7日

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