ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人

著者 :
  • 光文社 (2020年11月30日発売)
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本棚登録 : 7220
感想 : 710
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 彼の作品を読む尽くす勢いで読んだ4、5年前ほどは(僕の興味が他に移ったこともあって)面白いと感じなくなっているけれども、読み始めるとつい夜更かししてしまう東野圭吾。本作は、コロナ禍のゴタゴタの中にある小さな「名もなき町」で起こった殺人事件を、元マジシャンが探偵役となり解決する。
 本作の特徴は、終息の兆しが見えているとは言え、この文章を書いている今も現実で多くの人の生活がその影響下にあるコロナ禍を、ストーリーに取り入れていることだろう。単に生活描写として利用するに留まらず、物語の一つの謎(なぜ被害者は事件の日に東京を訪れ家を留守にしたか)にも大きく関わっている。と、ここまで書いて思ったが、本作のテーマは「コミュニケーション」ではないだろうか。コロナ禍というのも勿論そうだが(会いたい人に外出自粛のために会えない、あるいは逆に適度な距離があって成り立っていた関係が自宅でのリモートワークのために崩れる)、犯人が犯行に至った経緯というのも、被害者のことを信用できず、隠していた秘密を打ち明けられなかったことにある。
“英一にだけは正直にいえばよかったのに、と真世は思う。(略)英一はきっと納得してくれた。いいふらしたりはしない。(略)不幸な誤解だったと思いたいのだ。(p.423)”
エピローグのエピソードにも、このテーマは象徴的にあらわれている。探偵役の、相手を観察し何気ない言動から真実を見抜く類稀な推理力は、コミュニケーションで不可欠な相手への想像力を意味しているのだと考えるのは、穿ち過ぎだろうか。総括すると(こう言うと不快に思われる方が居られるかもしれませんが)、コロナ禍を「小道具」としてうまく使っていた印象だ。

 所謂「黄金期」のような古典的な本格ミステリーが好きなのだが、そこに登場する名探偵の「手品」的な冴えた推理は、科学捜査と物量戦術の手法が確立された現代においてミスマッチなのはその通りだろう。そんな中で、自らの手の上に非現実・非日常を現出させる存在であるマジシャンを探偵役に据えるというのは面白いと思った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 9 文学日本
感想投稿日 : 2021年2月17日
読了日 : 2021年2月17日
本棚登録日 : 2021年2月17日

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