香具師の旅 (河出文庫)

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本棚登録 : 76
レビュー : 8
著者 :
wabutaさん 小説   読み終わった 

 この本、まず表紙が良い。
 見て欲しい。これが香具師(やし)すなわちテキヤですという絵柄。香具師とかテキヤというのは、『寅さん』シリーズの寅次郎の本業で、お祭りや縁日でイカサマっぽい品物を啖呵を切って売る人たち。堅気からはやくざと見分けがつかないあの人たちだ。
 真っ赤な敷物もらくだ色の腹巻も、鮮やかな色であると同時に「懐かしい」昭和の色だ。表情、身振り、いかにも「控え目」そうな口上を述べていそうな口。哀しそうにしか見えない一重の目。
 生前の著者、「コミさん」こと田中小実昌さんは正しくこの絵の「まんま」のイメージの方だった。

 11PM(イレブン・ピーエム)といっても、20代以下の若い方にはぴんと来ないだろう。何しろ11時がまだ「深夜」であった時代の伝説的大人の深夜番組である。大橋巨泉や藤本義一が司会していた。この番組にコミさんがゲストで出ているのを何度か見かけた。
 つるつるの頭を撫でながら、物凄くエッチなコメントを吐くのだが下品な感じが全くしない不思議なおじさんであった。

 表題作『香具師の旅』では、著者自身が図らずも一時身を置いた香具師の世界を描いている。覗いただけでもある種エキゾチックなこの世界を、持ち合わせてしまった知性(実は東大中退)で観察し訥々と描いている。
 同じ世界でも、『寅さん』がこちら側の健全な庶民の世界に帰ってきたり、まともな人々と関わりを持つことで、あくまで「こちら側」の世界が失いつつある「良き」ものを描いているのとは全く異なる。『香具師の旅』はむこう側の世界に居た自分を書いている。
 ある意味安倍譲二とも共通するが「塀の向こう」にまでは陥っていない。独特の「はにかみ」と「ためらい」で行きつ戻りつして、決して行ったきりにはならないのがコミさんの魅力だと思う。

 『ミミのこと』では、聾唖の娼婦と進駐軍で下働きをする自分という、最底辺の二人の切ない一時の結びつきが描かれている。
 もちろん、言葉による疎通はない。体の結びつきはあるが、安定も継続もないその関係にもかかわらず、言葉でも体でもない気持ちの通い合いが美しい。
 不潔で卑猥な世界の中での出来事なのだが、著者一流の「はにかみ」と「ためらい」が全ての嫌味を打ち消している。

 七年前に亡くなられたコミさんを、高円寺駅のホームで一度見かけたことがある。20年以上前である。
 右かな、それとも左かなときょろきょろ見渡すのを、あの頭をなでながらやっていた。
 そのお姿が今でもありありと目に浮かぶ。
 全てはあの「まんま」の人と作品だったのではないかと思う。

レビュー投稿日
2011年2月27日
読了日
2007年11月4日
本棚登録日
2011年2月27日
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