ゾミア―― 脱国家の世界史

  • みすず書房 (2013年10月4日発売)
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壁にかけている地図において、地面は平らに展開している。他方で、地図を「横にしてみる」と、ずらりと並んでいる様々な地理的空間によって作られている世界像が現れてくる。国家の形成は、こうした様々な空間のせめぎ合いの中で生まれる。本書が取り上げた「ゾミア」とは、中国の西南部から東南アジアをわたった、盆地による国家統治の蔓延から逃げてきた山地民の生活空間である。

モーラル・エコノミーで有名になったJ・スコットは、本来の政治・経済学の分野を超えて、歴史学や人類学的なアプローチも取り組んできました。大量な史料をもとに書かれた『ゾミア』は、出版された当時から研究者に高く評価されるとともに、批判や論争も多く巻き起こしている。

資料の引用の間違いが多くあるのではないか。山地民の主体性を過大評価したのではないか。国家を妖魔化しすぎたのではないか。”The Art of Not Being Governed”(『ゾミア』英語版のタイトル)に対して、"The Art of Governed”(M・Szonyi 2017)を題する本も最近出版され、スコットに喧嘩をうっているようにもいえる。

百年前の山地民は本当はどう思っているのか。それを実証することは難しい。山地民の実態よりも、『ゾミア』によってたくさんの議論が喚起されたことは、私に大切なことを教えてくれたのである。それは、文字と国家形成に象徴されている「文明」に排除され、矮小化された人びとの汚名を洗おうとし、さらに無意識的にも文明側に立っている自らの姿を見直す、というスコットの決意である。

「理性的な声」を世の中に出すことは研究者の仕事であるのは間違いない。しかし、「問うべき問い」を見つけて多少雑でありながらも答えを示していく覚悟も不可欠であろう。そういう意味では、『ゾミア』は、開発と国家文明の関係を考えるための豊かな素材と視点を示しているだけではなく、人びとの理性の深い所に働きかける一冊ともいえよう。

(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程 汪牧耘)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 開発と国家
感想投稿日 : 2020年1月15日
読了日 : 2021年2月22日
本棚登録日 : 2020年1月15日

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