俎上に載せられた作家と作品は、
吉行淳之介「砂の上の植物群」「驟雨」「夕暮まで」
島尾敏雄「死の棘」
谷崎潤一郎「卍」「痴人の愛」
小島信夫「抱擁家族」
村上春樹「ノルウェイの森」
三島由紀夫「鏡子の家」「仮面の告白」「禁色」
このうち、わたしが読んだのは島尾敏雄の「死の棘」だけだった。以前は小説をあまり読まなかったうえ、近頃は主に女性作家のものをよく読んでいるからだ。しかし、ラインナップを見てみると錚々たるメンバーの有名な作品群であることはわかる。やはり、読まなかったのは、読もうとしても、解説なり批評なりを見て、自分に近く引き寄せられるものを感じなかったからだと思う。
唯一読んだ「死の棘」については、本書の中で上野氏が言う「この『死の棘』をミホという病妻の狂気への往還記ととるんじゃなくて、それ以前に島尾自身が病んでいたと考える」という視点は「死の棘」を初読したときにわたしが持った違和感を解き明かすものだった。そしてまた、心理カウンセラーの小倉氏が妻ミホについて「書かれた人間は弱者なのかもしれないけれども、これを書かしてしまったことによって島尾敏雄を食い尽くしたみたいなとこも感じますね」「加害者と被害者がしっぽとしっぽを噛みあっている蛇みたいなね」と言っている点も、読んだ後にわたしに残ったもやもやを晴らすことになった。
小説というものは、エンターテインメントではあるのだけれど、読むことによってその世界の中に入り込み疑似体験するような一面もあるのだから、男性の勝手な思い込みで描かれた虚像の女に共感できなければつまらなく感じることもあろうし、苛立ちもおぼえるだろう。虚像であってもよくあるファンタジーとして捉えうるならば、それも良しだが、作家が本気でそう思っているふうだったら、うすら寒い感じもするだろう。本書の俎上に載っていない作品で思わず爆笑したり呆れたり憤慨した経験は、わたしの少ない男性作家小説読書経験のなかにもちょいちょいあり、実際、今まであまり小説を読んでこなかった理由の一部でもあると思うのだ。
なお、巻末には単行本発刊時と文庫化時のお三方それぞれのあとがきがあり、解説は斎藤美奈子による点も得をした気になれた。
- 感想投稿日 : 2011年12月6日
- 読了日 : 2011年4月
- 本棚登録日 : 2011年12月6日
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