絞首刑 (講談社文庫)

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著者 :
whiteboardsさん 僕らの足跡   読み終わった 

 保身と倫理が対立した場合、たいていは保身に走る。
刑法に関わる部分で保身に走った場合、その保身は死刑という殺人を伴う可能性があり、冤罪が起こる限り合法的な死刑が殺人である場合がある。

 死刑確定確定後に再審によって無罪となった冤罪事件は
免田事件(逮捕1949年、再審無罪1983年)
財田川事件(逮捕1950年、再審無罪1984年(丸年)
島田事件(逮捕1954年、再審無罪1989年)
松山事件(逮捕1955年、再審無罪1984年)
足利事件(逮捕1991年、再審無罪2010年)
と5件となっている。ちなみに、『BOX』という映画にもなった袴田事件は再審判決後、現在は審理中となっている。

 先進国で死刑制度がの残っているのはアメリカの幾つかの州と日本だけで、アムネスティ曰く、世界が死刑廃止に向かう理由は人権に対する配慮が大きい。
 しかし、本書を読むと、日本においては、人権といった大乗な概念ではなく、冤罪が起こっているという事実によって死刑制度は廃止されるべきということがわかる。

 本書には大きく2つの文脈があり。1つは死刑囚にまつわる、出自から犯行の動機、そしてその後の心の変容についてのルポ。
 そしてもう1つは、死刑制度にまつわる、接見や冤罪といった制度についての分析。
 1つめの死刑囚にまつわるルポでは、懺悔し更生していると思われる人がいるのに、死刑という極刑は必要なのかという問題を提起している。
 2つめの死刑制度にまつわる調査では、政府が冤罪をうやむやにしようと死刑を執行したという調査結果を記している。
 特に2つ目の指摘は、冤罪の可能性の生まれた死刑囚の死刑執行を早めて、DNA鑑定のミスをうやむやにしようとしているのではないかという指摘である。
このような隠蔽体質は、
三井環事件 2002年
陸山会事件 2011年
高橋洋一郎逮捕 2009年
などにも見受けられ、都合の悪いことは、強引に隠蔽しようとする体質が見える。
 上記の出来事を踏まえると、本書を読む限りは本当にうやむやにしようとして死刑執行をした気がする。

 そのなりふり構わない行動は、たまに私たちの目にも入ることがあって、目にする度にゾクッとする。死刑を廃止にするか否かを考える時、私たちは被害者側に身を起きがちである。
 それは、自分が死刑に値するような犯罪を起こすことなどないという思い込みから来ているのであり、確かにほとんどの人が殺人なんてしないんだけど、画一的社会から一歩足を踏み出した途端、力ある人に目をつけられる。それは殺人に限らず、権力に接触した場合にも起こりうる。

 2017年に共謀罪が成立したことで、こんな体質の警察や検察がより動きやすくなって大丈夫なのかと心配になる。

レビュー投稿日
2017年10月8日
読了日
-
本棚登録日
2017年10月8日
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