虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか

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レビュー : 16
制作 : Richard Dawkins  福岡 伸一 
whiteprizmさん  未設定  読み終わった 

・私の初めての著書『利己的な遺伝子』を出版してくれた外国のある編集者がいった。あの本を読んだあと、冷酷で血も涙もない論理に震撼して三日眠れなかった、と。別の複数の人間からは、毎朝気分よく目覚めることができます。

・両腕をいっぱいに広げる。左手の指先が生命の誕生、右手の指先が現在とする。その間が進化の歴史である。左手から中点を超えて右肩のあたりまで、バクテリア以上の生命形態は存在していなかった。多細胞の無脊椎生物が出現したのは右ひじのあたり、恐竜が現れたのは右手の手のひらのあたり、絶滅したのが指のつけねのあたりだ。人類の祖先、ホモ・エレクトスが出現し、引き続いて現在に至るホモ・サピエンスの時代はほんの爪の先。爪切りでパチンと切り取れる範囲でしかない。
現在、記録に残っている歴史、すなわちシュメール人の時代、バビロン捕囚、ユダヤ史、ファラオたちの諸王朝、古代ローマの戦士たち、キリスト教の成立、メディアとペルシャの律法、あるいはトロイ伝説、ヘレネやアキレウス、アガメムノンの死といったギリシャ神話、ナポレオンやヒトラー、ビートルズ、あるいはクリントン…これらはすべて爪の先をやすりでひとこすりしただけで消し飛んでしまうのである。

・1994年7月29日のタイムズ紙のコラムで、バーナード・レヴィンは、「高尚な科学」が、私たちにもたらしたものは、携帯電話、折り畳み傘、ストライプの入った歯磨き粉である、などと軽口をたたいた後、見せかけの真面目さを装ってこう始めた。

“クォークを食べることができますか?寒い冬に、クォークをベッドの上に広げることができますか?”

この種の話題は、本来反論する価値もないが、ケンブリッジ大学の金属学者サー・アラン・コントレルは数日後の、「編集長への便り」に、次のような短い手紙を寄せた。

“拝啓、編集長殿
バーナード・レヴィン氏は、「クォークを食べることができますか?」とお尋ねになりました。私が推測するに、氏は、一日、500,000,000,000,000,000,000,000,001個のクォークを召し上がっていると思われます。 敬具”

・キーツは長編詩「レイミア」(1820)の中でこう書いている。

冷ややかな学問が、ちょっと触れただけで
すべての魅力は、消え去らないだろうか。
かつて上天に 恐ろしい虹が現れた。
われわれが その織模様と 織地とを知ると、
それは ごく当たり前の 何の変哲もない目録に入れられる。
学問は 天使の翼を切り落とし、
定規と直線で すべての神秘を征服し、
雲のさまよう空や 小鬼の棲む山を一掃し―
虹の織地をほぐすだろう(アンウィーヴ・ザ・レインボウ)

・紫外線よりも短い光はX線であり、筋肉を透かして骨を見る時に使う。最も短いのはガンマ線であり、波長の長さは一兆分の一メートルという単位である。私たちが光と呼ぶ幅の波長には、何も特別な意味はない。ただ、私たちにはそれが見えるというだけのことだ。昆虫にとっての可視光は、スペクトル上、かなりずれた位置にある。彼らにとっては紫外線も目に見える色であり(“蜂紫色”とでもいおうか)、代わりに赤色は見えない(つまり、彼らにとってその色は「黄外線」となる)。

・人の耳と対照的に、昆虫の耳は気圧計ではなく、言うなれば一種の小さい風向計である。実際、それは一つの風として分子の流れを読み取っている。われわれが圧力の変化として探知している波もまた、分子の動きによって生じる一つの波である。われわれの耳には閉じた空間に鼓膜が張られているような構造をしている。どちらの場合においても、周期的にあちこち動き回る分子によって、文字どおり前後に風になびくのである。

・科学を検討して、「これは私たちが考えたより良いものだ。私たちの預言者がいったより、宇宙はもっと広く、もっと大きく、もっと深遠で、もっと優美である。神は私たちが夢見たより偉大であるに違いない」と結論付けた宗教は皆無である。これはいったいどういうことなのだろうか。そのかわりに彼らはいう。「いや、いや、私の神は小さい神で、私は神にそのままでいてくれといいたい」。現代科学が明らかにした宇宙の壮大さを強調すれば、新旧を問わず宗教は、在来の信仰が得られなかった尊敬や畏怖をさらに多く呼び起こすことができるかもしれないのに。
―『惑星へ』(1995) カール・セーガン

・宇宙全体の中で、物質として存在するものは、32キロの奥行きと幅と高さをもった空っぽの部屋に置かれた、一粒の砂ほどでしかない。しかもその砂粒は粉々に砕かれて10の15乗もの数の破片(宇宙に存在する星の数)になっている、というのだ。天文学が明らかにしたこのような事実を見ると、目が覚めるようだ。美しいとすら感じられよう。

・子どもは何でも信じるものだ。当然ではないか、他にどうしろと言うのだ?子どもはこの世界に何も知らずにやってきて、何でも知っている大人たちに囲まれている。火は燃える、ヘビは這う。炎天下で日よけをせずにいれば真っ赤に焼け、ひりひりして、さらにガンになることも知られている。大人が言うこれらのことは、正真正銘の真実なのだ。

・にせ科学をすみずみまでよく見てみるといい。触っていると安心できる毛布や、しゃぶってもいい親指、しがみつけるスカートなどがそこに隠れている。
―アイザック・アシモフ

レビュー投稿日
2016年12月16日
読了日
2016年12月16日
本棚登録日
2016年12月16日
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