知人の作で、受賞をニュースで知って年末に買ってあったのだけれどようやく時間が出来て読めた。
ポーと美学が絡んでいるのだけれど、多分ポーを知って読むと解釈が新鮮なのだろうと思う。京極夏彦が事件を妖魅に擬すようにポーの美学解釈をもって事件を解いている。
6編のショートが連作されているのだが、その内の2編で事件の中心人物が、自分と他者を同一視している事が謎の中心のワイダニットのキーとなっているのが、興味深かった。事件の中心人物の視点で事件を解く事を「美学的」解決と呼び客観的に起きた事をただ並べる解決と対照しているように思う。
探偵役の黒猫が勿論美学を天才的に収めているのだけれど、美へこだわりを持っているというより他者の視点を自らの物とする事へのこだわりを持っているように見える。作中で、黒猫が小さい時から「美しいものにしか興味ないでチュー」と言っていそうだという表現が出てくる。個人的には美と美学には違いがあって、例えばダリの絵を彼がどういう感覚で美しいものと思ったのかダリの感覚にダリの背景から迫ったからと言って、ダリの作を美しいと感じる事が出来る訳では無いような気がする。だけどそれをしないと美とは何か、には迫れないのかもしれない。ただ、美学を追求するに当たって、自分の中に何か、美への確信なのか、仮説なのか、分からないけれど、何か解きたいものがあるものなのではないかな、と思う。つまり自分の中の美的センスからダリは美ではないと思い、それを証明するために美とは何かを系統だてるか、それともダリを自分の美的センスから美しいと思い、またはそれに衝撃を受け、これは何か探ろうとする、とか他者に説明したいと思うかしたいと思うのでは無いか。
黒猫が美学を求めて収めているのは分かるのだけど、言葉の端々に自らの美的センスが何を美しいと思っているのか、を美学講義から感じなかった。それで少し衒学的な作に感じる。
最後の老学者の骨笛の話しは美しいと感じた。でもそれは、作者の美的センスであって、黒猫の美的センスではないからね。。
- 感想投稿日 : 2012年8月13日
- 読了日 : 2012年8月13日
- 本棚登録日 : 2012年8月13日
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