江戸のコレラ騒動 (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2020年12月24日発売)
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4

2021年になってもコロナウイルス感染拡大の勢いは衰えることなく、人々を振り回している。1都3県では「緊急事態宣言発令」に向けて動いている。




江戸時代にもコレラが流行していた。江戸の庶民は何を考え、どのような行動を取っていたの気になり、今回の本を読んだ。





この本は、15年前に朝日選書で刊行して、絶版になった「幕末狂乱 コレラがやって来た!」という安政五年(1858年)に起こったコレラ騒動を取り上げたものだ。タイトルを分かりやすくして、新たに図版と写真を少し加えた。





科学が発達した今の時代でさえ、ネットや口コミでフェイクニュースが流れるくらいだから、江戸時代は想像もつかない。




コレラが日本にやって来た当時、1853年にアメリカはじめとして、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと条約を締結して開国した。




同じ年の5月21日に、長崎に上陸したコレラは、6月初頭には長崎周辺、下旬には西日本から東海道へと広がり、7月下旬には江戸にも広がった。





異国から訳の分からない生き物がやってくるは、コレラなんていう未知の病が流行するは、当時の人々からしたらどうしたらいいかパニックになるのもわかる気がする。




1つの目安として、「袖日記」を取り上げて
いる。「袖日記」とは本来、文書の余白に記した私的な日記にを意味する。日々の出来事を記してけんそんして「袖日記」としたにではないかと著者は推測している。そのような日記だからこそ信憑性が高いとしている。





駿河国富士郡大宮町(現在の静岡県富士宮市)の酒造業を営んでいた「桝弥(ますや)」の弥兵衛(やへえ)が記した「袖日記」を紹介している。




コレラに関する記述は早くも7月16日の「昨日より近在急病人多しと申噂あり」の記事がある。これだけでは断言できないが、7月19日には「三日コロリ(コレラ)」であったことが分かる。




7月24日には、大宮町内で初めて死者が出て、葬式の数に注目している。




当時の庶民がどう思っていたのか分かる貴重な資料だ。




当時の人々は、コレラに対する不安から「アメリカ狐」や「千年モグラ」などという実在しない架空の「異獣」を産み出した。




そのような得たいの知れない化け物を退治するには、狐の嫌いな狼がいい。狼と言えば秩父の三峯神社となったそうだ。今でも行くのは大変だが、江戸時代の人々の苦労は計り知れない。




人々が三峯神社にすがる様子について三峯神社の公式日誌に当たる「日鑑」に記されている。8月24日の時点で、数千人の代参者がやって来て、一万匹のオイヌサマ拝借していった。ご眷属になっているオイヌサマを貸し出してもらえるので人々がワラにもすがる思いで頼ったのが分かる。




江戸の人々はただコレラを怖がっただけでなく、笑いやダジャレで吹き飛ばそうとしたり、たくましい一面もあった。




確かに江戸時代のコレラと同様、コロナウイルスも怖いが、心身のバランスをとるために笑い飛ばすことも必要だな。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年1月12日
読了日 : 2021年1月12日
本棚登録日 : 2021年1月12日

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