いま「ケア」という言葉に注目が集まっている。反射的に職業としてのケアワーカーやケアギバーが連想されるが、この言葉の持つ意味は広く、ケアは誰もが日常的に行っている。世界はケアで成り立っている。ところが世の中には、ケアは女性が従事すべきものとする(特に男性を中心とした)見方が根強くある。
本書のタイトルにある「ケアの倫理」は著者の造語ではない。ジョン・ロールズの「正義論」へのカウンターとして、倫理学者のキャロル・ギリガンによって提唱されたもので、ケアを他者への共感という視点で語るものだ。本書はその「ケアの倫理」を、文芸評論を通して論ずる興味深い内容だ。印象としては、序章と1章のヴァージニア・ウルフ、2章のオスカー・ワイルドまでで著者の意見の大方は語られている気がする。しかし全章を通して、文芸評論の枠に収まらず、政治哲学、社会学、倫理学、歴史学、ジェンダー論等、グローバルな知識が統合されていく心地よさがある。それだけに広範な基礎知識が求められ、読書のハードルは上がるけど、たまらない面白さ。
ギリガンのケアの倫理は、フェミニズム論者からは批判されることも多い。女性性を強調するものだ、ケアを女性の労働とすることを正当化するものだとの声もある。本書で著者はその点には明確に触れていないが、ワイルドや三島由紀夫など、境界を越境する作家たちを紹介する。また度々登場する両性具有的な存在は一つの解であるのかも知れない。
三島や平野啓一郎をケアの視点で読み解いた人はかつていただろうか。文学ってこういう読み方があるんだ。文学の可能性をググッと押し広げる一冊。
- 感想投稿日 : 2021年11月7日
- 読了日 : 2021年11月7日
- 本棚登録日 : 2021年11月7日
みんなの感想をみる