闇の守り人 (新潮文庫)

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本棚登録 : 5663
レビュー : 626
著者 :
花鳥風月さん 小説・ファンタジー/SF   読み終わった 

「槍舞い」とは美しい言葉だ、と思う。
「槍舞」と書くこともできそうだが、やはり「槍舞い」がいいのではないだろうか、と思う。大人の世界にも子供の世界にも共通して広がっている地平のようなものを示してくれる懐の深い意味を持つ雰囲気が「槍舞い」という言葉にはあるように思われる。

子供の頃、だんじり祭りによく連れて行ってもらったことがある。そのだんじり祭りは、だんじり同士が互いのだんじりを突き合わせて試合(喧嘩?)をするのである。「あれは町同士で試合をしてるんや」と語ってくれたのは祖父だったか祖母だったかそれとも母親だったか。その語りは大人になってみると「公然とできる戦い」という形で言語化できる。実際に戦争をしてしまうと死者が出てしまうので、戦争の代わりになるようなものが必要なのだろう。若い男衆の持て余す力を発散する場所の役割を担っているのだと、多少学術的な視点を入れて言うこともできそうだ。ただ、祭祀の一つとして「闇の守り人」の中で語られる「槍舞い」には、もう少し人間の深層に立ち入った意味合いがありそうだ。そしてこれを読んだ後、幾多の祭りの中にもこうした「槍舞い」的要素が隠れているのではないかと、思いを新たにした。

バルサとジグロによる「槍舞い」のシーンは思わず目頭が熱くなった。バルサがジグロの憎しみを感じる、そして、ジグロへ怒りをぶつけるバルサ。バルサの魂を鎮めることで向こう側へと突き抜けていく感覚。これは大なり小なり、現実の私達にもある感覚なのだろう。私は子供の頃、自分の親に対して、自分が足かせになっているのではないかという感覚をよく持っていた。「そうだ」と言われたわけではないが、少なからず足かせだと思ったこともあるんだろうとよく想像する。そして、自分は人の親ではないが、自分の子がもしもできたら「この子がいなければ・・・」という感覚が襲ってこないだろうか?と想像することがある。そしてそれを克服するために、その向こう側へと突き抜ける作業をしないといけないのだろうと。

「ファンタジー」という枠を借りてしかできないことがあるのではないか、と常日頃感じているが、これはまさにそのことをやってのけている小説だと感じた。素晴らしい。

レビュー投稿日
2011年11月20日
読了日
2011年11月20日
本棚登録日
2011年11月20日
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