私の話 (河出文庫)

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本棚登録 : 187
レビュー : 17
著者 :
花鳥風月さん 自伝的エッセイ   読み終わった 

職場で何気に本の話になった時、鷺沢萠さんがかつて好きだったという方がいました。

「鷺沢萠か…」

昔彼女のエッセイを1冊読んだような気が何となくしていて、過去の記録を紐解いてみると『町へ出よ、キスをしよう』を読んだようでした。父の所有本でした。読んだのはそれだけで、小説などは読んだことがありませんでした。

韓国にルーツのある作家で、自分で命を絶ってしまった方… 鷺沢さんのイメージは断片的にしかなかったのですが「鷺沢さんがとても好きだった」というその方の話を聞いてどんな作家であったかを何となく知りたくなりました。「小説を読みたい」と思ったので、確か『町へ出よ、キスをしよう』の中に、ご自分の著書である『少年たちの終わらない夜』という小説が、福永武彦の『夢みる少年の昼と夜』という小説の題からインスパイアされている、という記述がなんとなくあったような気がして、それだけは何となく読んでみたいと以前から思っていたことから、それにしようかなと思っていました(うろおぼえなので間違えているかもしれません)

小説を手に入れる前に、鷺沢さんの略歴などをWebで追っているうちに酒井順子さんと仲良しであった、との記述がちらほら見受けられました。少し意外な気がしました。何となく派手で華やかなイメージの鷺沢さんと、どちらかというと地味な感じもする酒井さん(失礼な思いこみです)が仲が良かったのかと。酒井さんは『負け犬の遠吠え』以来、たまに読みたくなる作家という自分の中の位置づけでしたので、なおさら興味を惹かれました。

書店の河出文庫の棚を眺めていると、鷺沢さんの著書がありました。『少年たちの終わらない夜』もあったのですが、『私の話』の中に酒井順子さんの解説があったことから、少しぱらぱらと眺めていました。しかし、読んでいるうちに涙がこぼれそうになるのを抑えられないので、『私の話』を買って持ち帰って読むことにしました。

『私の話』は1992年、1997年、2002年に鷺沢さんの身の上に起こった出来事を書いています。「私小説」とのことです。読めば、鷺沢さんが常に鬱屈とした思いを抱いていたことがわかります。周囲の人の「すこやか」や「まっとう」に限りない羨望を覚える様子が丁寧に描かれます。時にそういう自分を客観視し、ユーモアも交えます。こういうものを読むと作家の筆をコントロールする力、というものを感じずにはいられません。

同時に、読んでいてこれは作家に対し、とてつもない痛みを強いるものだとも感じました。書きながら自分自身をも傷つけていくような作業に思えました。しかし、解説で酒井さんがおっしゃっているように、そこには一種のすがすがしさがあったのかもしれません。また、鷺沢さんが抱えてしまっているものは、何となく自分にもあるものだと思いましたが、自分では巧みにそれを見ないふりをしてやりすごしているのだな、ということを逆に感じました。そうやって折り合いをつけていかないと、日々を過ごすのも大変なのです。

「自分が放つ言葉が曲解されるかもしれない」というのは、物を書く人に常にある不安なのではないでしょうか。その時に助けになるのが、第三者による言葉。「これはこういうことなんだよ」というのは本人からだけだと上手く伝わらない場合もあるのだと思います。伝わらないことを作家本人の力量のせいにする考え方も一つだと思いますが、言葉を巡る世界はもう少し複雑にできているような気もします。そんなとりとめのないことをなんとなく考えました。

自身の母親が乳癌になったことに舌打ちをする、というような本書に出てくる、ともするとこちらをやきもきさせるような表現は、そんな鷺沢さんのことを「わかってるよ」と言ってくれる酒井さん(もしくは、共感する多数の読者たち)の言葉とセットである、という安心感のようなものがないと読めないような気がします。結果的に本の後ろ側にある人と人のつながりを強く意識することとなりました。

とある本屋の角川文庫の棚を見ると、鷺沢さんと酒井さんの著作は一人の作家を挟んで並んでいました。二人は「めめたん(鷺沢さん)」と「じゅんたん(酒井さん)」と呼び合っていたとのこと。戦友であったであろう、二人の来し方に思いを馳せています。

レビュー投稿日
2012年3月4日
読了日
2012年3月4日
本棚登録日
2012年3月4日
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