百年文庫23冊目は「月」

収録は
ルナアル「フィリップ一家の家風」
リルケ「老人」
プラトーノフ「帰還」

いずれも初めて読む。「フィリップ一家の家風」の力強さがよかった。そして、自分の思いが届かない世界というのを知る。「老人」はほんとうに短い一篇。これも鴎外訳。そして「帰還」はずいぶん旦那が勝手な気もしたが、小説としては実に上手い一篇だと思った。

2013年8月3日

読書状況 読み終わった [2013年8月3日]
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百年文庫22冊目は「昏」

収録は
北條誠「舞扇」
久保田万太郎「きのうの今日」
佐多稲子「レストラン洛陽」

どれも初めて読む短編。没落していく様を書いた小説というのはわりと好きだ。例えば『ブッデンブローク家の人びと』のような。3篇とも失われていく世界への思いを書いたもの。「レストラン洛陽」なんてタイトルからしていい。

「レストラン洛陽」はとりわけこの3篇の中でも悲しい結末。佐多稲子というのはほかにどんなものを書いているのだろう。少し興味がある。

2013年8月3日

読書状況 読み終わった [2013年8月3日]
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百年文庫21冊目は「逃」

収録は
田村泰次郎「男鹿」
ゴーゴリ「幌馬車」
ハーディ「三人の見知らぬ客」

どれも初めて読む短編。「男鹿」の中で語られる「私」の戦友が描かれる様子は深い余韻が残った。ゴーゴリには笑いが欠かせない。あと、ハーディの一編のどことなくみせる不穏な感じは精神分析の題材に使えそうな気がした。

2013年8月3日

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百年文庫20冊目は「青」

収録は
堀辰雄「麦藁帽子」
ウンセット「少女」
デレッダ「コロンバ」

いずれも初めて読む短編。そういえば今年の宮崎アニメは「風立ちぬ」なんだとか。「風立ちぬ」は昔読んだ覚えがあったけど、遠い昔なので忘れてしまっていた。「風立ちぬ」が映画化と聞いたときに「そこきたか」と、えらい盲点を突かれたような気分になぜかなった。

「麦藁帽子」を読みながら堀辰雄の独特なふわっとした感じを思い出していた。全てまぼろしのような淡さを感じる文体。夏にぴったりである。ウンセットとデレッダはどちらもノーベル文学賞受賞者らしい(しかもデレッダが1927年受賞、ウンセットが1928年受賞)。どちらも「青」という総題にふさわしい、甘酸っぱい短編である。

2013年8月3日

読書状況 読み終わった [2013年8月3日]
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百年文庫19冊目は「心」

収録は
ドストエフスキー「正直な泥棒」
芥川龍之介「秋」
プレヴォー「田舎」

芥川が再読。「心」という題でくくってみると、「秋」の良さがまた見えてくる気がした。信子は照子に俊吉をゆずってしまうわけだけれども、信子の心のうちにあるものを読み解くのはなかなか難しい。想像するにだけど、一つには先に生まれてきたものが抱える悩みというのがあるのではないだろうか。

信子は照子よりも先に生まれてきているわけだけれど、先に生まれてきたことで、後より生まれてきたものより有利にはたらく事柄というものがあると思う。ある人のことを知るのは、先に知った人の方がより多くを知ることができて有利といえないこともないわけで、そこに良心の呵責を覚える人もいるだろう。それは努力したところでどうなるものでもないので、ただただ心をかき乱されるしかないわけである。

プレヴォーは森鴎外訳なのだとか。百年文庫はわりと古めの翻訳が入っているのがまた面白いところである。

2013年8月3日

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百年文庫18冊目は「日」

収録は
尾崎一雄「華燭の日」「痩せた雄雞」
高見順「草のいのちを」
ラム「年金生活者」「古陶器」

「痩せた雄雞」を会社の昼休み中に読んでいて、うっかり泣きそうになった(いや少し泣いていた)。素晴らしかった。続けて2回読んだ。

今日に至るまでの心の動きを、今現在目に入るもの、耳に聞こえてくるものと絡ませて語っていく。ほとんど何も起こらない静かな小説で、でしゃばることがない文章なのに、とても力強く感じる。小説の結ばれ方もよい。「華燭の日」の電車に取り残された花束に緒方がもの思うところなども、ありがちな雰囲気に見えてどこか余韻を残す。嫁に行く娘を見ながら語られる、緒方自身の心境についてもはっとするようなところがあった。

今年は阿部昭に続きいい収穫をしたようだ。日本の私小説は素晴らしい。

3人とも初めて読む作家で、高見順とラムもいいと思ったのだけど尾崎一雄の印象が強く、ここは間を空けていずれまたじっくりと読み返そうと思った。

2013年4月8日

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百年文庫17冊目は「賭」

収録は
スティーヴンスン「マークハイム」
エインズワース「メアリ・スチュークリ」
マーク・トウェイン「百万ポンド紙幣」

いずれも初めて読む短編。

人間心理を深く追っていく「マークハイム」のスタイルは「ジキルとハイド」をどこか思い出させた。でも三篇ともなんだけど何となく話が唐突な感じがした。ちょっと自分が早読みをしてしまったのかもしれない。

マーク・トウェインの短編は、作者自身が物語の中でひょっこり出てきて語り出すところがある。最近「ハックルベリイ・フィン」の出だしのところを読んでたら主人公がトウェインの作品について語り出すので「これもか」と思ってしまった。なんか自由だ。

2013年3月28日

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百年文庫16冊目は「黒」

収録は
ホーソーン「牧師の黒のベール」
夢野久作「けむりを吐かぬ煙突」
サド「ファクスランジュ」

「牧師の黒のベール」が再読。夢野久作もサドもちゃんと読むのはたぶん初めて。しかし「牧師の黒のベール」が一番よかった。この後をひく全編に漂う不気味さ素晴らしい。

ホーソーン(書く時はこうだけど口では「ホーソン」と言っている)の短編いいなと思い、なんとなくWeb検索をしていると「牧師の黒のベール」は『バベルの図書館』シリーズにも収録されているらしい。なんかさすがだなと思ってしまった。手持ちの岩波文庫の短編集をまた読もうかなと思う。

2013年3月28日

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百年文庫15冊目は「花」

収録は
森茉莉「薔薇くい姫」
片山廣子「ばらの花五つ」
城夏子「つらつら椿」

「薔薇くい姫」が再読。あとは初めて読む作家さん。

それにしても「薔薇くい姫」のあざやかなこと。熱を帯びたおしゃべり文体が素晴らしい。「怒りの薔薇くい姫」って現代アーティストみたいじゃないか。モリマリは当時どんな扱いだったのだろう。一歩間違うと「こりん星」とかになりそうな感じも孕んでいるが… 比べるものが変か。

片山廣子の短い文章は「燈火節」という随筆集に入っているらしい。少し前のエッセイストさん(?)についての自身の情報が乏しいなあと思った。解説を読んでると、芥川の「或阿呆の一生」に廣子さんが出てくるのだとか? これも再読要だ。堀辰雄の作品で片山母娘がモデルになっているものもある、と書いてありますます興味が湧く。

城夏子も散文も面白く読んだけど、解説で触れられる生涯も興味深い。少女小説の人なんだな。少女小説ってマーガレットコミックスみたいなもんなんだろうか。違うか。

2012年11月18日

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百年文庫14冊目は「絆」

収録は
海音寺潮五郎「善助と万助」
コナン・ドイル「五十年後」
山本周五郎「山椿」

どれも初めて読む。人情話が好きなのでどれもよかった。

海音寺潮五郎は作品を読むこと自体も初だったけど「時代小説の元祖みたいな人?」というイメージはなんとなくあった。こういうのに入ってないと読むことなかったかもしれないな。ちなみに「善助と万助」は黒田如水擁する黒田家家臣の話。次の次の大河あたりは「黒田官兵衛」と噂に聞いたけどはてさて。官兵衛賢いので好きなのだけれど。

ドイルの「五十年後」は初めて読むんだと思うが、何となく知っているようなストーリー… 翻案した話があってそれを読んでいるのかなぁ… それともドラマかなんかか?

「山椿」もいい話。単発の時代劇ドラマとかでやったらいいと思う。

2012年11月18日

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百年文庫13冊目は「波」

収録は
菊地寛「俊寛」
八木義徳「劉廣福」
シェンキェヴィチ「燈台守」

菊地寛の「俊寛」が既読であとは初めて。

「俊寛」は日本版ロビンソン・クルーソーみたいな話。だいぶ昔に読んだので忘れていたが、筋のインパクトはある。たぶん初めに読んだ時も面白かったと思ったような気がする。芥川も「俊寛」というのを書いていたらしく、ふうんと思う。芥川ほとんど読んだ気がするけどなんか覚えていない。たぶん同時期に読んでいるので、同じタイトルに何か思ったと思うんだが… 最後の俊寛、ええ顔してたと思う。

「劉廣福」 劉廣福のたくましさがいい。後で知ったけどこの作品で芥川賞なんだとか。最近の芥川賞作品のひねり方からしたら、なんだか新鮮に思えるぐらい話はわかりやすい。八木義徳の他作品も調べてみて「私のソーニャ」とかも何か面白そうだったのだけど文芸文庫は品切れ状態… 残念。

「燈台守」 ポーランドの叙事詩「パン・タデウシュ」(作中では「パン・タデウシ」と表記)が引かれて「おっ」と思った。やはりポーランド人の心の支えだったのだろうかとしみじみ思う。手元の文芸文庫を読み返そう。しかしこの話、最後のはしごの外し方が「笑ゥせぇるすまん」風。最後にきらきら光っていたスカヴィンスキの眼には希望もあったと信じたい。

2012年11月18日

ネタバレ
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百年文庫12冊目は「畳」

収録は
林芙美子「馬乃文章」
獅子文六「ある結婚式」
山川方夫「軍国歌謡集」

名前は聞いたことあるな、という作家たちばかり。いずれも初読。

特に山川方夫の短編(といっても100ページぐらいあるが)がとりわけよかった。どうなるのかなという物語の面白さと、ひねくれた主人公の心が波立つ様がいい。全体がすっきりしているのもいい。女の歌声と、夜の街にほのかに灯る家の灯の風景が浮かぶ。山川方夫は『夏の葬列』という作品が、集英社のナツイチラインナップにずっと入っていた印象がある。最近はどうだったろうか。今でも手に入るようだし、読んでみたいなと思った。

2012年10月27日

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百年文庫11冊目は「音」

収録は
幸田文「台所のおと」
川口松太郎「深川の鈴」
高浜虚子「斑鳩物語」

いずれも初読。高浜虚子散文も書いてたんだとへええとなる。

一番いいなと思ったのは「台所のおと」だろうか。文章の端々から、夫婦の微妙な感情がたちのぼるようで「名文だなー」と思ってしまった。すごい比喩とかあるわけじゃないんですけどね。言葉の選び方? 視線? 佐吉がなんだか優しく感じる。

「深川の鈴」は前読んだ宇野千代と同じくドラマとかにしてみたいような小説でした。

全体にどきどきするような雰囲気はなく、静かな「音」を感じさせる作品たち。

2012年9月22日

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誇り高きその翼でどこまでも飛んでゆけ

百年文庫10冊目は「純」

収録は
武者小路実篤「馬鹿一」
高村光太郎「山の雪」
宇野千代「八重山の雪」

こちらもいずれも初読。宇野千代は作品を読むのも初めて。

日本文学の中で見ると、武者小路実篤の作品は本当に独特だ。「馬鹿一」は読んでみたいと思っていたところだったので、収録されていて嬉しかった。読んでいるといろんなことがどうでもよくなる。

「八重山の雪」は英国兵と日本の娘の駆け落ち話。現代ではありえないシチュエーションなのでやはり新鮮に思える。実話をもとにしている、という話だがジョージさんはその後どうなったのだろう。

2012年9月16日

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百年文庫9冊目は「群」

収録は
オーウェル「象を射つ」
武田麟太郎「日本三文オペラ」
モーム「マッキントッシュ」

いずれも初読だった。庶民のイメージを活写した「日本三文オペラ」と、「「官」と「民」のせめぎあい」が描かれるオーウェルとモームの短編。オーウェルとモームをこの枠で並べるとなんだかイギリスの古典小説っぽいなと思う。そういえばちょっと前に読んだコンラッドもそうで、イギリス国外が舞台だ。

「マッキントッシュ」が特に面白かった。名短編「雨」を思い出させるような構成。『1Q84』も読んだところだし、オーウェルの『1984』もどこかで読みたい。

2012年9月16日

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百年文庫8冊目は「闇」

収録は
コンラッド「進歩の前哨基地」
大岡昇平「暗号手」
フロベール「聖ジュリアン伝」

「暗号手」は再読。他は初めて読んだ。

「闇」を強く感じるのはやはりコンラッドの一編だろう。コンラッドには「闇の奥」という著作もあるからますますそう思う。話がそれるが「闇の奥」は英語で "Heart Of Darkness" で、けっこうそのまんまなんだなあ、と思ったことがある。

3編ともそうなのだが、描かれている「闇」は、みな異郷の地で生まれている。「進歩の前哨基地」はヨーロッパの人間が見たアフリカ、「暗号手」はフィリピンの戦線、「聖ジュリアン伝」はジュリアンの放浪の末の悲劇。人間の闇の部分は、自分とはまったく違った人間と出合うことで照らし出されるのかもしれない。

特に「進歩の前哨基地」は悲惨な話だけれども、名品ではないかと思う。読み応えがあった。

2012年8月28日

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百年文庫7冊目は「紅」

収録は
若杉鳥子「帰郷」
素木しづ「三十三の死」
大田洋子「残醜点々」

いずれも初めて読む作家。どの作品も飾り気のない語りで、困難に立ち向かう人達の様子が読んでいるこちらへ迫ってくる。

芸妓置屋である養家へ久しぶり戻った時のことを描く「帰郷」。義足となった自身の足を見つめる「三十三の死」。広島で被爆をした家族の生き抜く様が描かれる「残醜点々」。

終戦記念日に近い日に「残醜点々」に出くわしたのは偶然というかなんというか。読んでいて何も言えなくなる。次にこの苦痛を生み出さないように、よく覚えておこうと思う。

2012年8月19日

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眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい。

久しぶりに百年文庫。6冊目は「憧」。このシリーズの1冊目。

収録は
太宰治「女生徒」
ラディゲ「ドニイズ」
久坂葉子「幾度目かの最期」

「女生徒」と「幾度目かの最期」は再読。「ドニイズ」もひょっとしたら昔読んだのかもしれない… 百年文庫の1冊目としては「なるほど」と思わせる選び方。

上に挙げた「女生徒」のつぶやきに会ったのは確か朝日新聞の天声人語での引用ではなかったかと思う。「人間失格」と「走れメロス」しか知らなかった私には「太宰こんな文章を書くのか」ととても印象に残った一節だった。太宰のもので一番好きなものを挙げると「右大臣実朝」かなあ、と思うが、「一番印象に残っているもの」ということでいくとこの「女生徒」かもしれない。

「女生徒」はやはり魔力のある小説、と今回読み直して思った。文章にからめとられるような読み方は昔からなかなかできないのだけれど、ページをめくってもめくっても「なんと巧い小説なのか」と思ってしまう。そして同時に「ずるい」と。人の良さそうな表情を浮かべながら悪気もなくすっと人の心に割って入ってきて棲みついてしまう… そんな小説。なんだかんだで唸らざるを得ない。

久坂葉子の小説が並べてあるけれど、どことなく物悲しい。内容もそうなのだが、「女生徒」と並べると「女生徒」の方が圧倒的に魔力があるように私には思えたからだ。「女生徒」はどこを切っても驚くほど「女生徒」の雰囲気をたたえている。自然に書いたように見えて、しっかりコントロールされている(と思う)。太宰の小説に「憧れてしまった」久坂葉子には「女生徒」は永遠に勝てない相手なのかもしれない。無論勝ち負けではないのだけれど、何かに憧れてしまう、というのはその時点で相手に負けてしまっていると感じる、ということなのかもしれない、なんてことを思った。

後ろの解説を見て知らなかったことがあった。「女生徒」には川端康成も言葉を寄せているのだ。「作者自身の女性的なるもののすぐれていることを現した、典型的な作品」と。川端と太宰と言えば、川端が芥川賞の選考で太宰に苦言を呈したエピソードなどから、仲が悪いイメージしかなかったので少し意外だった。

このコメントを見て太宰はどう思ったのだろう。「女生徒」の文の隙間から首をもたげる「ずるさ」が作用して「してやったり」なんて思ったこともあったのだろうか。

2012年5月29日

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百年文庫5冊目は「瞳」

収録は
ラニアン「ブロードウェイの天使」
チェーホフ「子供たち」
モーパッサン「悲恋」

この取り合わせは何なんだろう。いずれも初めて読む小説だが、共通点のようなものが見い出しづらかった。「子供の愛らしさ」を感じるということでいえばラニアンとチェーホフのものはそうだがモーパッサンのものは外れそうな気がするし、「まっすぐな思い」のようなものを想像すると今度はチェーホフのものが外れそうな気がする。いずれにしてもどれもかなり面白い短編であった。

特に惹かれたのはモーパッサンだろうか。「悲恋」は題名そのまま本当に悲恋である。フランス文学史をあまりちゃんと知らないが、モーパッサンも何かのカテゴリに入れようとすれば「写実」とかいった言葉が出てくるのだったろうか? 描き出し方が非常に上手いというか素晴らしいというかとにかく惹きこまれた。

ミス・ハリエットの心の中に宿ったものはやはり「恋」なのか。悲しい結末が「恋」という言葉にしっかりとした輪郭を与える名短編だと思った。モームの「雨」みたいなものを何となく思い出させる。

2011年11月19日

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太空(そら)は一片の雲も宿(とど)めないが黒味渡ッて、二十四日の月はまだ上らず、霊あるがごとき星のきらめきは、仰げば身も冽(しま)るほどである。

こんな出だしを読むとやはり身構えてしまう。

百年文庫4冊目は「里」

収録は
小山清「朴歯の下駄」
藤原審爾「罪な女」
広津柳浪「今戸心中」

花柳界を描いたもの3編である。上記の引用は「今戸心中」。3つとも自分は読んだこともない作家だった。

悲哀に満ちた男と女の姿が描かれる。登場する人物に共通して感じられるのは「行き場がない」「出口が見えない」感じだ。会話もどこか悲しい。

とりわけ興味深かったのは「今戸心中」。文章の組み立て方がある意味新鮮に感じられた。舞台にある情景を少しずつ説明しながら、登場人物に次第にスポットをあて語らせる。戯曲のように思えるのがなかなか面白く、また読みにくいところでもあった。そもそも広津柳浪は尾崎紅葉とかと同時代人なので、小説もまだまだ作家皆試行錯誤していることが窺える。たまにはこういうものを読んで、いかに昔の人が苦労して今の日本語を作り上げたのかに思いをはせてみたりする。

2011年11月17日

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百年文庫3冊目は「雲」

収録は
トーマス・マン「幸福への意志」
ローデンバック「肖像の一生」
ヤコブセン「フェーンス夫人」

昔、本を読み出した頃のマイガイドの一つに桑原武夫「文学入門」があった。今となっては、そこに書かれている内容はとても時代には合わないようなことが書かれていたのではなかったか、と懐かしく思いだす本であるが、その本の末尾にある世界文学50選は、私にとってこれを制覇したい、というリストとなっていたのは確かである。私がとりわけ印象深かったのは、そこにスカンジナビア文学とカテゴリ分けがされ、ヤコブセン「ニイルス・リイネ」とビョルンソン「アルネ」の2点が取り上げられていたことである。

学生時代は岩波文庫のような外国文学を最も読んだ時期だったと思うのだけれど、このヤコブセンやらビョルンソンといった作家はなかなか重版などにもかかってなかった記憶がある(そもそも岩波に収録されていたのかも未確認だが)そのせいで逆に、これらはどういう作家なのだろうという思いを少し残すことになった。

今回ヤコブセンを初めて読んでみて「こういう感じか」と思ったと同時に、桑原武夫の「文学入門」に書かれてあった50選以外の内容も思い出されてきたのである。確か「文学入門」の論調は海外文学(世界文学全集に入るような作品と言い換えてもいいかもしれない)に偏っていたので、そのことが言外に日本の文学は、世界文学と比べればとても狭くて深さもない(そんなことは書いてなかったとは思うが)とまるで言っているかのように読んでいて受け取った自分がいたのだった。

今回の3編は桑原武夫が称賛するのではないかと思えるような「文学」が集められている、と感じた。人生とか愛といったものに真摯に向き合い、崇高な判断や行動を選びとっていく登場人物たち。私が世界文学に抱いていた原初のイメージを彷彿とさせるような小説群である。

かつては、このような文学を読んで人生について語り合う、というような場が形成されていたのだろうか。

2011年11月3日

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百年文庫2冊目は「水」

収録は
伊藤整「生物祭」
横光利一「春は馬車に乗って」
福永武彦「廃市」

伊藤整の小説は実は読んだことがなかった。「生物祭」は名前は何となく知っていたけど、というレベル。けっこう面白く読めた。他2編は再読である。

とりわけ今回、私にとって面白かったのが「春は馬車に乗って」
この作品の小説としての出来不出来は実はよくわからない。なのであるが、著者の歴史と合わせて読むとけっこう興味深かったのも事実。横光利一は芥川が亡くなったショックと今作のヒロインのモデル?である恋人を亡くしたことを自身の文学へ昇華させているのだが、その昇華のさせ方、あるいは、なぜこういうものを書こうとするのだろう、というところにとても考えを巡らせてみたくなったのである。
昔はけっこう「テキスト(「テクスト」のほうがいいか?)に書かれているものが全て」という考え方(読み方)に染まっていたように思うのだが、最近は、「何がこういう風に書かせるのか」というところを考えてみることに少しずつ考え方が傾きつつあるようだ。その観点で読むと「春は馬車に乗って」は不思議な魅力のある短編に思われた。
「春は馬車に乗って」は基本、客観の視点(「彼」と「彼女」)をとっているが、特に「彼」に入り込みすぎるように思えるところもあり、それが、小説の目新しい技法を用いてやっているというよりは、著者横光自身の中で大事な人の死が消化しきれず、結果として、表現に揺らぎを与えているように読めるような気がしたのである。恋人が亡くなってしまう、という場面を書いていないのもまた余韻を感じさせる結果となっているように思う。多少思い込みの強い読み方のような感じもするが、何となくそんなことを考えながらこの一編を読むことになった。

題の「水」を最も感じさせる「廃市」は、今の自分にはあまり心に響かなかったようだ。福永武彦は本を読みだしたころとても好きだったのだが、「廃市」を今読むと、自分が想定しうる展開と文章の範囲にすっぽり収まってしまっている、という印象を受けた。この本の半分以上が「廃市」なのだが、「廃市」が一番早く読み終わってしまったのである。
本を好きになり始めた頃の感覚、あの何を読んでも新鮮で面白かった、という感覚を取り戻したい、と思うことはしばしばあるが、やはりそれはとても難しいことのようだ。

2011年11月1日

読書状況 読み終わった [2011年11月1日]
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どうも忙しくてなかなか本を読む時間がとれない。
そんな時は短編がいいのかもしれないと本屋をふらりと訪問した際に、このシリーズが並んでいるのを見て思った。自分は長編が好きなのだけれど、やはり読むにはそれなりにまとまった時間も集中力も欲しいところなのである。それにしてもデザインもシンプルでいいし、集めたくなるなあ・・・これ。

1冊に3編入っていると決まっているらしい。1から読もうかなと思ったけれど売ってなかったので何番でもいいやと思い、何か翻訳ものを読みたい気分だったので、メルヴィルなどが収められている80巻「冥」を選ぶ。全くの直感。

収録されているのは
メルヴィル「バイオリン弾き」
トラークル「夢の国」
ヘンリー・ジェイムズ「にぎやかな街角」

読んでみて、これは百年文庫を通しての感想になると思うが、字が大きくてかなり読みやすい。なんとも贅沢な紙の使い方だと思う。しかし、これがいい。読むほうも何か焦って読まなくてもいいような気になる。なかなかいい企画じゃないかポプラ社さん、と思ってしまう。昔は、複数の出版社から同じものが出ている作家の短編を読もうと思ったら、なるべく多く入っているやつを選んで買おうとしていたこともあったな、と何気に思い出した。あと、一つの出版社でなるべくその作家の作品を広範囲にカバーできるよう揃えたい、というのもあったなと。

忙しくて疲れて頭が回っていないせいなのか何なのか、最初のメルヴィルの文章を読み進めるうちからつっかかりまくった。急に誰視点の会話なのかわからなくなったり。じっくり読むと何てことない文章なのだが、次にこう来るだろう、という文章がなかなか来てくれないような感覚が少しだけあった。
しかし、そのつっかかりについて本を読む合間に考えてみたりしたのだけれども、つっかからずに読めることのほうがむしろ奇跡なんではないかとも思ったりした。明治ごろの日本の作家は頑張って海外の小説を輸入して、新しい日本語を作っていったという私なりの理解があるのだが、その新しい日本語が違和感なく受け入れられ普通に読まれるのはなかなか時間がかかったのであろうと、誰かが言ってたような言葉を借りて思いをはせるのもまた面白い。

久しぶりにヘンリー・ジェイムズを読んだ。昔「鳩の翼」とか読んで、小難しい文章を組み立てる人だが、全体の構成はわりとシンプル、という印象だったが、今回もそんな感じを受けた。メルヴィルやヘンリー・ジェイムズあたりなら原文にもあたってみたいもんだ。

2011年11月1日

読書状況 読み終わった [2011年11月1日]
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