下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち

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著者 :
ほんだなさん 本・雑誌   読み終わった 

素晴らしい。
学力低下問題、NEET問題について理路整然と語っている。
特に「消費者として振舞っている」が故に上記のような問題が生じたと言う指摘は自分も消費者目線でモノを考えガチなので(時としてそれは顧客目線としてビジネスの場で尊ばれる)、目から鱗の思いがあった。

思うにこの「コレを学んで何の役に立つのか?」という等価交換の意識と「知らないこと」という不快なことを存在しないことにするという経済効率だけを考えた消費者的意識が一連の学力低下、ニート問題に繋がっていると思う。

お金に色はない。
4歳の子供だろうが、30代の紳士だろうが、80歳の好々爺だろうが使うお金は同じだ。ただそのお金の多寡のみで判断される。
元来、子供は社会とコミット出来ない存在だったが、"消費者"としては一人前に社会と接することが出来る。
だから、子供はまず"消費者"としての態度を(充分な学校教育を受ける前に)自然と学ぶ。
そうすると、"授業を受ける"という"苦役"に対して「等価交換」を求める。曰く「コレを学んで何の役に立つのか?」。

<BLOCKQUOTE>消費行動は本質的に無時間な行為なのです。</BLOCKQUOTE>
<BLOCKQUOTE>僕たちは代価の提示と、商品の交付の間に時間差があることに耐えられない。</BLOCKQUOTE>
<BLOCKQUOTE>「消費者主体」のサービスはすべて<B>交換から時間と言う要素を排除する</B>ことによって成立しています。</BLOCKQUOTE>
だから、彼ら・彼女らは積極的に学びや労働から逃走する。
学びも労働も掛かるコストと得られるベネフィットは時間的に同時ではありえないからだ。

<BLOCKQUOTE>教育論やニート論を仕上げることを急務だと感じているのは、<B>ニートを孤立させてはならない</B>と思うからです。</BLOCKQUOTE>
という思いのもとに内田樹は語る。
総て自分の意思で「逃走」している、つまり自ら下流を志向している日本のニートは階級や階層でその手段が奪われたイギリスやフランスのニートとはこの点で大きく違っている。

<BLOCKQUOTE>「何の役に立つのか?」という問いを立てる人は、ことの有用無用についてのその人自身の価値観の正しさをすでに自明の前提にしています。</BLOCKQUOTE>
これは無茶な前提だ。
自己決定が常に正しいとは限らない。

<BLOCKQUOTE><B>自分自身の価値判断を「かっこに入れる」ということが実は学びの本質</B></BLOCKQUOTE>


<BLOCKQUOTE>「自己決定したことについては自己責任がある」というロジックこそがニートを作り出した僕には思えるからです。</BLOCKQUOTE>
自己決定が正しいというのは未来の自分が責任を持つと言う連帯保証人になることで成り立っている。
いま下流を志向してる若者たちは未来の自分たちをただ同然で売り払っている状態だ。

とにかく全編に渡ってアンダーライン引きまくりで"気づき"を誘発するパンチライン炸裂な本書だが、一番心に残ったのはこのライン。
<BLOCKQUOTE>知性とは、煎ずるところ、自分自身を時間の流れの中に置いて、<B>自分自身の変化を鑑定入れること</B>です。</BLOCKQUOTE>

レビュー投稿日
2018年11月20日
読了日
2011年8月12日
本棚登録日
2018年11月20日
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