読書状況 読み終わった [2018年9月4日]
読書状況 読み終わった [2018年7月18日]

9/10 読了。
女性シュルレアリストが書いた聖杯奪還小説。主人公は、キノコや鳩時計を模した棟に変な婆さんばかりが住む老人ホームに押し込まれた老婆マリアン。親友のカルメラに貰った補聴器代わりの耳ラッパを手に、老人ホーム内で起きた毒殺事件の犯人を告発し、食事をボイコット。賛同者たちと夜な夜な集まってビスケットを食べては踊る魔女の集会じみたことをしているうち、元は修道院だったというこのホームの秘密を知る。
一行ごとに話がぶっ飛んでいくのであらすじを書くのが難しい(笑)。マリアンはかつて修道院を仕切っていたシスターが異端に通じていて、男装してテンプル騎士団にまぎれ込んでまんまと盗んできた聖杯をローマ教皇に奪われてしまったということを知る。そしてホームの地下に続く階段を降りて大釜をかき回し、もう1人の自分=シスターの姿を見るのだが、地上に戻ると他の老婆も全員同じイニシエーションを受けていたのだと語る。錬金術的な話なんだけど、肝心の聖杯は三行くらいであっさりと奪還する(笑)。
シスターが起こした数々の奇跡はブッツァーティの「モレル谷の奇跡」みたいだし、カルメラの趣味は電話帳で見つけた適当な名前からその人の細部に渡るプロフィールを勝手に妄想して手紙を書き、実際に送りつけることで、そのために大使館から名簿を盗んだりしてる(笑)。おばあちゃんファンタジー(というジャンルはないと思うが)が好きな人は絶対に好きだと思う。

2016年10月8日

読書状況 読み終わった [2016年10月8日]

9/9 読了。
地元の友人から、初恋の男の子が現在の恋人にDVをしていると聞き、半信半疑でいたさおりだったが、地元を離れ東京で暮らす自分が立ち入るべき問題ではないとも感じていた。しかし、ある日、友人からSOSの電話が来る。原因は初恋の男の子と結局結婚して妻となった女とその子ども。急いで故郷に戻ったさおりは、友人が女に支配されて恐怖のうちに生活してきたのを目の当たりにする。

あらすじは第1章だけ。要約すると普通のリアリズム小説っぽいが、この小説の最大の特徴は、主人公を見守る第二人格というか守護霊的な視点から書かれていること。この語り手は章ごとに主人公が変わるのに合わせて一緒に切り替わり、それぞれ明確な個性を持っている。また、主人公とは完全なる別人格のため、主人公の心情を把握することはできないし、行動に干渉することもできない。なので、突飛な行動や発言には語り手のツッコミが入り、語られる話の悲惨さに対して全体のポップな読み心地を支えていると思う。
この特殊な語り手は、それぞれ他の章の主人公だというのが通説らしい。言われてみれば女2人の男1人で比率が同じだし、必然性があるなぁ。3人の主人公は自分たちの章では寡黙なタイプのようなのに、語り手側に回ると内語はおしゃべりである。この辺のキャラ造形も素晴らしい。
物語はそれぞれ独立しているが、さおりは支配願望、果歩は人を殺すまでに至る暴力への恐怖、悟堂は執着が引き起こす狂気、と三者三様に対峙する。起こる事態は非常に現代的で(というかまさにリアルタイムな)リアリティを持ち、宮部みゆきの「名もなき毒」以来に味わう身に迫る恐怖を感じさせるが、それだけでは終わらない。舞城はここに文字通りの<闇>を、視覚的に出現する存在として描き出す。<闇>は堕ちた人びとのもとに現れ、ブラックホールのように吸い込もうとするのだが、主人公たちは自ら飛び込んでいく。それで何かが相殺されるわけじゃないし、<闇>が消滅したりもしない。けれど普通の人間が、自分のなかの正義のために勇気を振り絞る瞬間、それはとんでもなくヒロイックな場面になり得るのだ。
皮膚感覚に訴えかける怖さと、誰も救われない結末と、爽快な読後感が奇跡のバランスで成立している作品。

2016年10月8日

読書状況 読み終わった [2016年10月8日]

9/8 読了。
再読。舞城はただただ文章が上手くて抜群のドライブ感を武器にベッタベタで大文字の「愛」を書いてる人だなぁと改めて思った。

2016年10月8日

読書状況 読み終わった [2016年10月8日]

8/23 読了。
夏の終わりはSFだよね〜

2016年8月31日

読書状況 読み終わった [2016年8月31日]

8/18 読了。
半ばほどで、これは「西瓜糖の日々」だし「愛のゆくえ」では?!と気付くと同時に、ハヤカワepi版「愛のゆくえ」の解説を高橋源一郎が書いていたのも思い出して今引っ張り出したら、私が一番好きだった本書における「詩の学校」の章はブローディガンが「愛のゆくえ」に登場させた図書館をモデルにしていたとある。「優雅で感傷的な日本野球」もブローディガンだな〜と思ったけど、こっちのほうがもっとブローディガン。こっちのが好き。

2016年8月19日

読書状況 読み終わった [2016年8月19日]

8/16 読了。
野球が神話の中の概念になってしまった世界で、形骸化した言葉の上で思い思いに野球をプレーする人びとの淋しいお話。

2016年8月19日

読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]
読書状況 読み終わった [2016年8月19日]

8/7読了。
前から薄々感じてはいたのだが、私は恩田陸と「サブカル」に関して意見が合わないということが、本書を読んで決定的になった。
20世紀のサブカルと大きく出た割に戦後の話しかしていないのは、恩田さんなりの<私のサブカル>領域なのだろうからいいとしても、資本主義と大量消費を悪として描いておきながら、昭和の東京五輪の年にタイムスリップして未来の自分たちを苦しめたデカダン世紀末を主人公たちに繰り返させるエピローグが「実は、ハッピーエンドのつもりだった」?「愛とサブカルチャーがある限り、世界は続くと思っていたが、愛もサブカルチャーも経済の論理に飲み込まれ、暴力的な力を持ってしまった」?ちゃんちゃらおかしーわ!!!
少なくとも恩田陸が本書で取り扱っているような戦後のサブカルは、最初から経済の論理で動いているはずだ。だって高度経済成長期に生まれたカルチャーなのだから。それにイチャモン付けて日本はつまらなくなった、1964年に戻って美味しいとこだけやり直したいって、ただの「昔は良かった」型のノスタルジーだろうが。そもそもディズニーランドをこういう扱いにするのがムカつく!!!悪を一点に託しすぎでしょ。斜に構えてる割に、独自の視点からサブカル論が語られるわけでもなく、資本主義の罪と大量消費の不気味さを説く手つきも極めてワイドショー的(ここはあえてそうしてるんだと思うけど)で、別に上手い皮肉になってるとも思えないし、何より個々のディテールに対して特別な愛情を感じない。おそらく恩田さんが愛しているサブカルチャーのシンボルであるはずの≪アングラ≫だって、テレビ文化を不気味になぞる地上のイベントと差別化できていないし。オタクをうっすら馬鹿にするようなことを書いてるけど、自分こそ<サブカル>の表面を撫でてるだけで、思い入れのあるものなんて何もないのでは?

いや、実のところを言うと私は恩田陸のことをオタクだと思っているのだが、本人がそう思いたくないようなので、私は恩田陸に関して恩田陸と解釈違いを起こしている。そのストレスが本書でマッハ。14年前に出た本にこんな負のエネルギーを持つのは馬鹿げているのはわかっている。何をこんなに怒る必要があるのか、恩田さんは立派に世紀末を生きた人間であって、私は物心ついたかつかないかの子どもだったに過ぎないのに?
解釈違いといえば、とんねるずをモデルとしたキャラを出して貴明側のキャラにイニシアチブ持たせてるのも完全に解釈違い。でもこの2人なかなか死なないから、「実は未来人がトンネルを抜けてタイムスリップしてお笑いやってるのがとんねるずってことだ!?」と思ってたら憲武側のキャラが地雷で木っ端微塵になって笑ったけど。

と、以上のように、この小説の根底にあるサブカル礼讃に見せかけた大衆文化蔑視(正確に言うならば、恩田さんが良しとするものしか好意的に描かれない世界観)には嫌悪感を持ったのだけど、大東京学園のコンセプトは面白いし、文章はリーダビリティが高いし、上下巻一気に読ませる楽しい小説ではある。特に大東京学園で次々開催される試験は、昔のバラエティ番組を大いに参考にしてるとしても、よくこんなに考えつくなぁと感心する。コマ劇場に暗黒舞踏の霊が出るとか、『メモリーズ』でのサラリーマンたちの会話とか、近未来にはずなのに「牛乳ビンを入れる箱みたいに、蝶番のついた木の蓋」とかいう書かれた2002年当時でも既に消えかけていただろう例えがスッと挟まれていたり、細部でも思わず笑ってしまう要素がある。

プロットは本当に書きながら考えたんだろうなぁという感じで、いいキャラなのに影が薄くなっちゃう奴がいたり、思わせぶりな会話の秘密が地の文でささっと説明されて終わっちゃったりするのが惜しいんだけど。中でもシゲルとキョウコの過去の処理はどうなんだろう。そもそもキョ...

続きを読む

2016年8月6日

読書状況 読み終わった [2016年8月6日]

6/25 読了。
興奮しているため、いきなりネタバレの話をします。



この話、表面上の決着としてはある医師が犯人として示される。そこはそれなりに物語内での妥当性はある。けれど、とってつけたようなフロイト心理学的な動機の説明に違和感をおぼえ、鷹原の謎解きの性急っぷりも気になった。端的に言うと、納得しきれないものを感じた。
とはいえ、私は本格やパズラーを突き詰めて解くタイプの読者ではないため、「まぁこんなもんか。ヴィクトリア朝の空気をたっぷり味わえたし、切り裂きジャックはそもそも未解決事件なんだから、それなりに妥当な犯人像を創り上げただけでも立派だよな」と胃の腑に落とそうとしたのだが。
エピローグの最後の最後、柏木が書いた手記、そしてそれの伴うオチを読んで、あ〜〜〜〜〜こいつ信頼ならない語り手か?!?!?!と、やっと気付いたのだ。つまりこの鈍くてボヤッとした、柏木の語り口自体が何かを隠蔽しているのではないか?
そう考えると、自然と疑わしくなってくるのはドルイット氏である。そもそもドルイットとスティーヴンをめぐるエピソードは全編通してミスリードのためのミスリード然としすぎだし、正直後半は彼らを追い続ける柏木にイラッとしてくる。
けれど、ドルイット=ヴィットリアと柏木はそもそも娼家街をうろついていて出逢ったのだし、メアリの恋人だから家の中まで案内されたのだと思えば自然だし、メアリを鶏姦で犯したのもスティーヴンとの同性愛関係から逃れたいと思いながら逃れきれないという引き裂かれた感情ゆえと思えるし、暖炉で燃やされていた女性物の服もドルイットが女装して会いに行ったのだと思えばすっきり説明がつく。それだけでなく、鷹原が医師の心理として語った母親へのコンプレックスも、発狂した母を持つドルイットに敷衍することができるのだ。しかも、柏木がドルイットを容疑者から外す理由は、チャプマン殺しの犯行推定時刻から数時間後にクリケットの試合に出ているということだけしかない。(全然まだちゃんと伏線集めきれてないんだけど、メスに彫られた犯人のイニシャル飾り文字を見て「ジョンの事務所に置き忘れた銀の煙草ケースと同じものだった」と思い出すことや、メリック氏の母の写真を見てヴィットリアに似ていると思うことなど鑑みて、病院とドルイットをつなぐ糸も隠されているのではないかと思う)(鷹原との初対面の反応見るとエレファント・マンも同性愛者っぽいよね)
メリック氏がジョセフと名乗っているのにもかかわらずドルイット氏のと同じ「ジョン」と間違えられ続けることや、ヴィットリアが時代を象徴するヴィクトリアに通じる名前なのも、ドルイットが本書の核となる人物であることを指すサインなのではないかと勘ぐってしまう…。

と、ここまで考えた時点では、ドルイット氏は作者が用意したオリジナルキャラクターだと思い込んでいたのだが、今日(6/27)、物語理解を深めるため手にとったスティーブ・ジョーンズ「恐怖の都・ロンドン」で、初めて切り裂きジャックに関する当時の容疑者候補リストを見、驚いた。
最有力容疑者にモンタギュー・J・ドルイットがいるのだ。
経歴は死に至るまで完璧に一緒。切り裂きジャックフリークはきっと名前が明かされた時点でピンとくるのだろう。いやー、びっくり。
あと、もうひとつ謎があった。柏木はロンドンの本屋で新刊をごっそり買うという描写があるのに、切り裂きジャック事件の前年に刊行されたシャーロック・ホームズ・シリーズ第1作「緋色の研究」に対する言及がない。鷹原も流行に敏感な男という設定なのに。まぁ完全にホームズワトソン型のヴィクトリア朝バディものでホームズの話を出すのも野暮か、などと勝手に忖度していたが、これも前掲書の情報で、ドイルはジャックを女装男性だと推理していたことがわかった。
つまり、事件後に発狂を...

続きを読む

2016年6月27日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2016年6月27日]

6/24 読了。

2016年6月27日

読書状況 読み終わった [2016年6月27日]

6/18 読了。

2016年6月27日

読書状況 読み終わった [2016年6月27日]

6/15 読了。
安野家の年賀状20年分が載ったページが面白い。

2016年6月27日

読書状況 読み終わった [2016年6月27日]

6/7 読了。
「絶対的な安全圏から物語を傍観し搾取する、最大の加害者としての読者」という視点をギミックとして組み込んだ短編ばかりを集めたメタミステリー短編集。

2016年6月27日

読書状況 読み終わった [2016年6月27日]

6/1 読了。
私は矢吹駆に向いてなかった。

2016年6月27日

読書状況 読み終わった [2016年6月27日]

5/31 読了。
最悪の読後感を残す最高の中篇小説集。モラハラが何だかわからない人は言葉がいかに暴力をふるうものか表題作の「邪眼」を読んでみてほしい。勝手な理想の押し付け合いと搾取、暴力とディスコミュニケーションと隷属関係こそ、人間が<愛>と呼びならわしているものだと告発する、<歪んだ愛>ではなく<愛は歪みである>ことの物語。

2016年6月4日

読書状況 読み終わった [2016年6月4日]
ツイートする