地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫)

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本棚登録 : 488
レビュー : 65
著者 :
がとさん 小説   読み終わった 

芥川の王朝物のなかから短めのもの十一篇が収録された短編集。


芥川って今まで本当に「羅生門」と「蜘蛛の糸」しか読んだことがなかった。なんかもう馬鹿みたいだけど、めちゃくちゃに上手い!自分が今までどれだけ教科書的な先入観に侵されていたかを反省。
とにかく文章を目で追うだけでうっとりしてしまう。「運」の、簾の隙間から覗く往来の風景描写。「地獄変」「邪宗門」での、『大鏡』の語り手を思わせる人を食った語り口。「道祖問答」「好色」「二人小町」の洒落たユーモア。漱石門下で西洋文学の読み方をガッチガチに身につけながら、日本中古の説話集から題材をとることによって、捉え直された物語のエッセンスが凝縮され、完全に〈今〉の小説と感じられる。たしかにこの人はすごい発明家だ。
「竜」は西崎憲の「雨竜見物」の元ネタかな?というかそれが収録された『蕃東国年代記』の宇内というキャラクター自体、「邪宗門」の若殿をモデルにしているように思える。『蕃東国〜』は日本をモデルにした架空の極東の島国という設定で、西洋から見た東洋のイメージを巧みに織り込んでいたが、芥川にもそういう逆輸入されたオリエンタリズムが溢れていて、だからこそ現代的なんじゃないだろうか。小説の形式としては完全に西洋文学で、平安貴族界のドンファンを描いた「好色」や、黄泉の使者すら手玉に取る女たちを描いた「二人小町」などの喜劇はフランスっぽい。「邪宗門」の摩利信乃法師もアポリネールの贋救世主みたいだし、「道祖問答」はオスカー・ワイルドっぽい。全体に、ユルスナールの『東方綺譚』も思い出させる。
また、はじめてまとまった作品群を読んだが、こんなに〈恋〉をテーマにした作品が多いのはイメージになかった。愛ではなく、より執着と幻想に近い〈恋〉。あるいは、その執着を引き起こす〈運命〉を取り扱い、身を滅ぼすほどの破滅へと人を導く恋の引力を物語の中心に据えていたのが意外だった。「藪の中」はここに男のメンツ問題が絡んできてドラマティック。でもこれ、誰の話が正しいにしろ、女は責められる謂れなくない? 一番好きなのは「邪宗門」!未完なのを知らずにエッと声を上げてしまった。こんないいところで……。
作中の女性観にイラッとするところがなくて、これもすごいと思う。もちろん王朝時代を舞台にしているのだから、登場人物たちは夜這い当たり前・女は男の所有物・行き遅れは無価値、という価値観の持ち主なのだが、それに対して地の文には人を物のように扱うことへの批判的な目線がはっきりと感じられるのだ。同じ目線は男女の関係だけではなく、身分制度というものにも当然向けられている。また、理想のみを見て実態から目を背けることの滑稽さをも描いており、崇めるにせよ見下すにせよ、他人を自分に都合よく解釈する視線には疑問を呈している。その上で、キャラクターをオブジェのように作り出して配置する物語作者としての自覚も強い。この二つが合わさると、今日基準のリテラシーで眺めても手放しで素晴らしいと思える作品になるのだなと思った。フィクション作家はみんなこうであってほしいものだよね。
あと、思ってるより全然エンタメ小説だったのも驚きだった。どんだけ先入観強いんだよって感じだけど(笑)、文体も勿体ぶったところがないしリーダビリティが高い。芥川が衒学趣味と言われたのは、自然主義小説全盛期に虚構世界のディテールを突き詰める人だったからなのかもしれない。精巧に作られたジオラマをのぞいているような、色褪せないきらきらのブローチみたいな小説。

レビュー投稿日
2020年4月4日
読了日
2020年2月22日
本棚登録日
2020年4月4日
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