すべてがFになる (講談社文庫)

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本棚登録 : 17155
レビュー : 2281
著者 :
らきむぼんさん ミステリ・推理   読み終わった 

孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女の部屋からウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。偶然、島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵が、この不可思議な密室殺人に挑む。新しい形の本格ミステリィ登場。

・レビュー


先日テレビドラマ化した本作『すべてがFになる』だが、ミステリファンの中ではもともと有名なシリーズの一作目。全10作あることから避けられがちではあるが、ミステリファンならいつか読むことになる一作と言ってもいいだろう。
そんなわけで実は数年前から本棚に眠っていたのだけれど、今期にドラマ化されるという話を聞いて予定を繰り上げて急いで読むことにしたのだけれど妙に時間がかかってしまい、まあなんとかドラマで『すべてがFになる』の回をやる前の週に読み終えたという感じ。多分ドラマ化がなければ来年以降に読んでいたはずだろうと思う。ハマってしまって続きを読みたくなってしまうといつになっても本棚の眠った小説たちが減らないので……。
内容は非常にスッキリとしたもので難解さはない。読後感もよく構成美は際立っていて、さわやかに、印象的に、本を閉じることができる。こういう綺麗な小説は大好きで、懸念していたとおり続編も読んでみたくなってしまった。とはいえドラマで続編の半分はネタバレされるわけなのでそこまで続きを早く読みたいという気持ちは大きくはなかった。ドラマを見なければきっともう2冊目3冊目と購入していた感じはする(笑)
少々ドラマは批判対象になっているようだが、他の原作ありドラマを幾つか思い浮かべてみると、そう悪い出来ではないと僕は思う。むしろ限られた尺の中で非常にうまくやっているのではないだろうか。とはいえ、やはり原作である小説はドラマよりクオリティは断然高い。厳密には現時点でドラマは『すべてがFになる』を原作としたエピソードに入っていないのであまり正確な感想とはいえないのだけれど。
本当はネタバレ有りで行きたいのだけれど、ブログでのレビューに回してここではネタバレ無しでレビューを書くことにする。
最小限の、読むに際して問題ないレベルのネタバレをするならば、この物語は犀川、萌絵、四季の物語であって、三人の成長と変化、始まりの物語である……と、ここまでかと思う。読まないと意味は解らないだろうけれど、シリーズ1作目しか読んでいない僕でもそれは感じられた。時系列も執筆時期も始まりではないのだけれど、でも確実に一作目であるべきであって、やはり始まりの物語なのだろうと思う。成長と変化というのは次回以降の作品を読まないことには確信はないけれど、作中だけでも感じ取れる部分だ。トリックや、題材、展開、キャラクター、すべて一流で魅力的で綺麗な作品だけど、多分テーマは三人の心の変わり方にあると思う。だからミステリとして読むだけでなく、普通のストーリー小説として読んでもいいのかもしれない。
しかし、ミステリである以上、パズルのようにも読むことはできる。僕は犯人を当てに行くのが趣味なので当然そういう読み方も同時にしていった。ところが少々専門知識に阻まれてしまってうまく行かなかった。理系ミステリと呼ばれているのでやや不利であったと思う。
ただ、だからといって難しいかというとそうではない。ここに出てくる理系知識が難しくて訳が解らないという人は、たぶん普通の大衆小説を読んでも解らない部分が多いんじゃないかとは思う。目に見えて解らないところはなくても描写を読み損ねている箇所がある人だと思う。平常に漏らさず事無く一冊の小説を読めるならば、本作の専門知識は作中の解説で十分読めるようになるはずだ。
もちろん犯人を当てに行くならば作中の解説内容を既に知識として持っていなければいけないので話は別なのだけれど、そういう読み方をしないのならば、何の準備もなく読み進めて問題ない。必要な説明はすべて作中の登場人物がしてくれる。京極夏彦や瀬名秀明の方がよほど難しく、理系ミステリと呼ばれはしても、テーマがその方面であるだけで理系しか読めないような内容では決してない。むしろ文系のほうが新鮮でハマってしまうのではないかと思うくらい。
キャラクターもなかなか面白い。探偵役に当たる犀川創平は研究者だ、煙草やコーヒーに関するこだわりや、学問に対する思いなどが、随所に出てくるが、これが面白い。西之園萌絵はワトソン役だが、従来のワトソン役よりも遥かに頭脳明晰だ。他の小説なら探偵になってしまう(笑)だが、彼女よりも天才的なのが犀川である。そして更なる天才が真賀田四季だ。彼女もかなり面白い人物である。天才が天才であるが故に抱える様々な要素がこのキャラクターを魅力的にしている。
ミステリとしても上質な部類に入る。京極夏彦の百鬼夜行シリーズに近い構成であり、そもそも作家としての性質において、森博嗣と京極夏彦はかなり類似する。これは解説の瀬名秀明も指摘しているところだ。謎が謎のまま累積し最後に一つ終息するというような部分もそうだが、視点の違いが謎を創出しているという部分がまさに近似する。Aにとっての「普通」がBにとっては普通ではなく、Cにとっては部分的に普通であって、Dにとっては認識すらできず、Eにとっては別の「普通」として見える、この時それぞれの普通が時によって「謎」に変わる。こういう性質を使っているのが両者のミステリだと思う。本作も謎は謎ですらない。人の認識がそれを謎にする。だから答えが判った時に驚くし、感動するし、面白いと感じる。ミステリ的ではあるけれど、意外なトリックや意外な犯人よりも、トリックアートの答えを指摘された瞬間のような不思議な面白さがあるのが特徴だろう。タイトルの意味が解り、全てが明瞭になった時に、脳のすべての細胞が活性化するような感覚がある。
そういう面白さが、ミステリ界において重要なピースになっている本作の魅力的な部分かなと思った。

レビュー投稿日
2014年11月13日
読了日
2014年11月12日
本棚登録日
2013年3月9日
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