蜜蜂と遠雷

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本棚登録 : 11193
レビュー : 1460
著者 :
YAJさん 小説   読み終わった 

 まったく知らない世界のお話だったので興味深く読めた。
 世界的なピアノコンクールの仕組み、コンテスタント(出場者)の過ごし方、精神状態。さらには、審査委員、ピアノ調律師、ステージマネージャ、マスメディア、そのコンテストに携わる多くの関係者の多彩な視点、モノローグで立体的に作品が創り上げられていた。誰の視点からの表現が面白かったかと言えば、審査員かな。とにかく誰の視点に自分を置くかで作品の楽しみ方も変わってくるのかもしれない。それくらい多彩な登場人物たちだった。

 未知の領域なので、並行して予習(?)もしながら読み進む。著者恩田陸は3年に1度のリサイタルを4回に渡り取材、12年をかけて周到に準備をしたそうだ。その思い入れの大きさは、長編となった本作の文量によく表れている。
 主要登場人物の4人のピアニストの心情も、個々人につき具に語られる。実際のリサイタルを4回分、全部の演奏を聴いているうちに演奏者の気持ちも理解できるようになったと著者は言う。あとは描き分けの工夫と、曲ごとの解釈と味付け次第か。

 恩田陸の作品は『まひるの月を追いかけて』が最初。その時、人物の心の動きや行動を、思いもよらないハッとするような文章で表現していて感心した覚えがある。本作品も、音楽という聴覚で感じるものを、著者がどう文章で表現するかが楽しみであった。
 それが成功したかどうかの判断は人それぞれ、難しいところだ。それこそ、音楽を聴いての感じ方は千差万別。そもそも元の楽曲を分かっていないと、その文章表現が的を射ているのかどうかも判らないと来たもんだ(苦笑)
 なので、途中からYoutubeを聴きながら読んでみた。クラシック音楽と読書の相性は、すこぶるよろしく気持ちよく読み進められたが、果たしてその音楽を文章で言い表せていたかとなると「?」が浮かぶ。なにより、こりゃいかんと思ったのは、「鬼火」とか「雨の庭」と言ったタイトルの付いた曲。それを「まるで鬼火がチロチロと・・・」とか、「雨が降って温度が下がったように・・・」とか、それってタイトルから安易に想像しただけじゃないの? 音だけ聴いて本当にそう思える?鬼火が見える?私しゃそうは聴こえないよとか、いろいろ意に沿わない、共感できない誇張したかのような比喩が散見されて止めてしまった(後半、オケとの合奏では、作者も表現しきれなくなったか、曲にまつわる比喩が少なくなって聴きながら読めたけど)。

 ともかく各出演者の演奏ごとに、ライバル、審査委員、恩師、友人が、それぞれの視点で、曲解説(解釈?)や、演奏者の心情の推察、あるいは当人による感慨、回想などが織り込まれ、1次から3次までの予選、さらに本選と重厚に物語は展開していく(著者が取材した浜松国際音楽祭の構成の通りに進む)。
 神童、秀才、復活を賭けるかつての天才、努力の一般人。その4人を軸に話は進むが、最終的に誰を優勝させるかは著者自身も最後の最後まで分からなかったという。ならば、最後は、その演奏を文章で表現しきったとき、その表現の巧みさ、いかに描き切れたかで決まるのかなと楽しみに読み進む。
 その時、かつて漫画家水島新司が代表作『ドカベン』で明訓高校の初の負け試合となる弁慶高校戦を描いたときのエピソードを思い出していた。主人公山田太郎の第1打席は、敵の策略にハマりピッチャーゴロかフライの凡打とする予定だったそうだ。だが、その打席の打撃シーンを描いた時、腰の入った見事なフォームが描けてしまったのだとか。「これはもうホームランにするしかない」と筋書を変えてしまったというから面白い。
 本書も最後はそうした文章力の、誰の演奏をどう描けるかで決まるのかと楽しみにしていたが… (これから読む人は、果たしてどうだったか確かめてください)。

 スポーツ漫画の例を、つい思い出してしまったけど、私より先に読んだ読み友の感想も、「スポーツ試合のような気分で読んでました、終盤になるとキャプテン翼みたいな。」
だった(笑)
 そうなんだよなー、ちょっと文学の香りはしなかった。表現、筋立て、結末含め、どこか漫画チック。努力の一般人の結果にしても、ライバル(憧れ人?)に「また、どこかで」と微笑んで語られ、「やはり、始まりだった。」と納得するだけで十分。今後、彼はその「また、どこかで(一緒に演奏しましょう)」という一言を糧に、飛躍成長してくのだろうと想像することが楽しいのであって、「はい、ほらね、彼にもご褒美を用意しましたよ」的な蛇足は要らなかったな~。 どこか感動を安売りしているようで「ったく、近頃の小説は!」って、ついつい愚痴りたくなる。

 そう、途中でヤな予感もしたのだ。ライバルの演奏を聴いた感想をこう述べる場面がある。

「ふと、最近のハリウッド映画はエンターテイメントではなく、アトラクションである、と言った映画監督の言葉を思い出す。チャンの演奏は、なんとなくそれに近いような気がする。」

 映画だけじゃなく、最近の小説もそうだよ、この作品はそうならないよね、と一瞬そんな思いがよぎったのだったが、どうも「ハイ、ここ感動するところ」「ここで泣いてね」みたいな安易な展開が、あぁ今風の作品だなと思ってしまった。
 
 そんなことで、悪くない作品なんだけど、スポーツ漫画的な安易な感動とカタルシスを、お手軽に楽しめる(文量の割には驚くほどサクサク読める)、現代的には、一流のエンターテイメント作品であった(アトラクションとまでは言わないよ)。

レビュー投稿日
2017年1月7日
読了日
2017年1月6日
本棚登録日
2017年1月5日
6
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