武田泰淳は次のように言う。
「滅亡は私たちだけの運命ではない。生存するすべてのものにある。世界の国々はかつて滅亡した。世界の人種もかつて滅亡した。これら、多くの国々を滅亡させた国々、多くの人種を滅亡させた人種も、やがては滅亡するであろう。滅亡は決して詠嘆すべき個人的悲惨事ではない。もっと、物理的な、もっと世界の空間法則にしたがった正確な事実である。」(p.89)
「私はこのような身のほど知らぬ、危険な考えを弄して、わずかに自分のなぐさめとしていた。それは相撲に負け、カルタに負け、数学で負けた小学生が、ひとり雨天体操場の隅にたたずんで、不健康な目を血走らせ、元気にあそびたわむれる同級生たちの発散する臭気をかぎながら「チェッ、みんな犬みたいな匂いをさせてやがるくせに」と、自分の発見した子どもらしからぬ真理を、つぶやくにも似ていたにちがいない。……滅亡を考えるとは、おそらくは、この種のみじめな舌打ちにすぎぬのであろう。」(p.90-91)
倫理が、舌打ち、言い換えればルサンチマンに過ぎないことを自覚していたところに武田泰淳の非凡さがある。滅亡について思考すること、倫理的であることは、弱者の戯言に過ぎない。だが、たかが舌打ち、されど舌打ちだ。誰も舌打ちをしない世界を想像してみよう、それこそ地獄ではないか。武田泰淳の口から漏れ出る舌打ちは一考を要する。
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カテゴリ:
武田泰淳
- 感想投稿日 : 2013年10月20日
- 読了日 : 2013年1月10日
- 本棚登録日 : 2013年1月10日
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