刺繍する少女 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043410040

作品紹介・あらすじ

母がいるホスピスで僕は子供の頃高原で遊んだ少女に再会、彼女は虫を一匹一匹つぶすように刺繍をしていた-。喘息患者の私は第三火曜日に見知らぬ男に抱かれ、発作が起きる-。宿主を見つけたら目玉を捨ててしまう寄生虫のように生きようとする女-。死、狂気、奇異が棲みついた美しくも恐ろしい十の「残酷物語」。

感想・レビュー・書評

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  • 『ねえ、寄生虫の暮らしについて、考えたことある?』
    
    えっ?はあ?意味不明!みなさんの心の声が聞こえてきそうな質問から始まったこのレビュー。そりゃそうでしょう。「刺繍する少女」という作品のレビューを開いたらいきなり『寄生虫の暮らし』ですからね。生理的拒絶反応を呼んでしまった人がいたとしたら、深くお詫び申し上げますm(_ _)m

    そもそも『寄生虫』というもの自体、人によって印象は異なると思います。1958年に学校保健法で義務化された”ぎょう虫検査”。その言葉に懐かしさを覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、2014年4月の法改正によって検査は必須ではなくなっています。やがて、”ぎょう虫検査”を知っている?知らない?で、あなたの年齢がバレてしまう時代がやって来るのかもしれません。

    さて、ここに、そんな『寄生虫』を見る光景が自然な物語展開の中に登場する作品があります。『増補・寄生虫図鑑』という『さまざまな形態の寄生虫』が登場する『図鑑を眺めるのが習慣になった』という主人公が登場するこの作品。そんな主人公が『わたしが寄生虫になって、彼の中をさ迷うのはどうだろうか。入り組んだ内臓を、時間をかけて…』と想像を巡らせていく主人公を見るこの作品。そしてそれは、10の短編それぞれに”死、狂気、奇異が棲みついた”主人公の姿を垣間見る物語です。

    注) この作品は『寄生虫』だけにフォーカスした作品ではありませんのでご安心ください(笑)

    『中庭に猫が住みついていますけど、食べ物はやらないようにして下さい』と看護婦さんに説明されて、メモをとるのは主人公の『僕』。『太りすぎで糖尿になったものだから、食餌制限中なんです』、他に何かご質問があれば、どうぞ』と続ける看護婦さんに弱々しい声で『いいえ、いいえ…』と母親はお辞儀をしました。『ホスピス』へとやってきた母親と『僕』は『用意されていた部屋』へと入り荷物を整理します。『ホスピスでの生活がどれほどの長さになるのか、僕には想像もつかなかった』という今を思う『僕』は、『医者からは残り時間を三カ月と告げられ』ている母親のことを思います。そして始まった『ここでの生活に慣れ』た『僕』は、母親が『痛み止めの注射をしてもらっている時以外は、入院していることさえ忘れそう』とも感じます。一方で『圧倒的な静けさのよどみ』の中、『サンデッキで日光浴をする』母親に付き添う『僕』には、『たいして仕事は』ありません。そんな『ホスピス』の中、『細い通路のつきあたりに』『ボランティア室』と書かれた部屋を見つけた『僕』が扉を開けると、中には『刺繍をして』いる一人の少女の姿がありました。『あっ、やあ、どうも』、『僕のこと、覚えていませんか。二十年以上昔になるけど、別荘が隣同士で…』と声をかける『僕』に、彼女は『ええ、もちろん、覚えているわ』と答えます。そして、中庭に出た二人。『どうして、ここへ?』と『先に口を開いた』彼女に『母親が入院しているんだ。乳癌が背骨にまで転移してね』と答える『僕』。一方、彼女は『ボランティアでいろいろお手伝いをしているの… さっきはベッドカバーを作っていたの』と答えます。『D高原の別荘で初めて出会った時も、彼女は刺繡をしていた』という十二歳の時のことを思い出す『僕』。それから二人は『十二歳の夏以降自分たちに降り掛かってきた事情』を語らいます。『父親が飛行機事故で死』に、別荘を売ったために会えなくなったことを話す『僕』に、『喘息が治らなくて』『結婚もせず、家に引きこもって』おり『ボランティアが唯一の社会参加』と答える彼女。そんな二人は『明日もまた、会えるかな』という『僕』の一言でその日の別れを告げました。そして、部屋に戻った『僕』は、彼女のことを母親に話します。『母さんも会ったことがあるはずだよ』と丁寧に説明するも『ふうん…』と『さして興味のないふうに』『あいまいな声をもらした』母親からは続いて『寝息が聞こえ』てきました。そんな『僕』は、その日の夜に夢を見ます。『もしかしたらそれは、夢と名付けるべきものではないかもしれない。もっと生々しくて鮮やかな現象だった』というその夜の出来事。そんな『僕』が母親の最期の時を『ホスピス』で一緒に過ごす姿が描かれていきます…という表題作の〈刺繍する少女〉。『ホスピス』という命の最期の瞬間を待つ場を舞台にした小川洋子さんらしい静けさに包まれる好編でした。

    “死、狂気、奇異が棲みついた美しくも恐ろしい十の「残酷物語」”とおどろおどろしく内容紹介にうたわれるこの作品。文庫本にして240ページ程度の中に10もの短編が収録されています。作品間に繋がりは全くありませんが、内容紹介に記される通り、”美しくも恐ろしい”という雰囲気感を共通としています。

    では、まずそんな10の短編の中から私が特に気に入った三つの短編について簡単にご紹介しましょう。

    ・〈森の奥で燃えるもの〉: 『収容所へようこそ』と『登録係の彼女』に言われて『丸椅子に坐らせ』られたのは主人公の『僕』。『貴重品がありましたら、ここでお預かりします』と言われ『父の形見』の腕時計を渡すと、『こちらに左耳がくるよう、横向きになっていただけますか』と彼女は指示します。そして、『先が鉤形にカーブ』した『針金を一本取り出し』、『身体の力を抜いて下さい』と言うとそれを耳に入れる彼女。そして取り出されたものを『ぜんまい腺です』と『僕』に見せる彼女。そんな彼女は『登録は完了です』と言います。そして『収容所』での『僕』の不思議な生活がスタートしました。

    ・〈ケーキのかけら〉: 『その年の春休み』、『あるお宅に二週間ほど泊まり込んで、片付けものの手伝いをするというアルバイトをした』というのは主人公の『わたし』。『整理整頓補助』と大学から紹介された家は『街から汽車で三時間半』の『うら淋しい高原にあ』りました。『この家は叔母の持ち物でね』と説明する『助教授』は『何か不自由なことがあったら、遠慮なく家政婦に』と親切に説明します。そんな『助教授』に『わたしは、何をしたらいいのでしょうか』と訊くと『叔母の持ち物を処分してもらいたいのです』『物があふれて困るんです』と言われ、指示に従い仕事を始めた『わたし』が見たものは…。

    ・〈図鑑〉: 『その本は必ずここにある』、『図書館を入って右手奥、壁ぎわの書棚の、左から九列め、上から二段め』にある『分厚く重い本』に手を伸ばす主人公の『わたし』。『増補・寄生虫図鑑』と書かれた『表紙を開くと、決して不快ではない、何か特別な匂いがする』のを感じる『わたし』は、『どこかでこれと同じ匂いをかいだ気がして記憶をたぐり寄せ』ます。『彼と逢引する前、図書館へ寄ってこの図鑑を眺めるのが習慣になった』という『わたし』は、彼と会う前に本を開きます。『実にさまざまな形態の寄生虫がいた』という本を見ながら『ぬめりを帯びた条虫の身体』に『彼の舌』を思い『わたしの輪郭のあらゆるくぼみを撫でる舌…』と想像を巡らせます。

    三つの短編を取り上げましたが、冒頭を取り上げた表題作含め、どこか不思議感の漂う内容が描かれていきます。そんな中でも〈図鑑〉の『増補・寄生虫図鑑』の描写はこの書名からして怪しさ満点です。研究をされている人ならいざ知らず、恐らく多くの人にとって『寄生虫』とは、不気味なものの象徴だと思います。そんなの見たくない!そういう声も聞こえてきそうですが、少しだけそんな描写を覗いてみましょう。『「増補・寄生虫図鑑」の中でわたしが最も気に入っているのは、ムササビの大腸の標本だ』と、そのページには、『くの字に曲が』った『大腸』が写っています。『真中あたりにメスで切り裂いたあとが残っている』という『その切れ目から無数のぎょう虫が見える』というその描写。『糸くず様のぎょう虫が、大腸の中でびっしりと重なり合い、絡み合い、すきまは一ミリも残されていない』というその描写。『彼らのうごめきに耐えかね、大腸は窒息し…』はい、ここら辺にしましょう。あまりの不気味さに自分のレビューを読み返すのが怖くなりそうです。一方で、ここまでの表現で、もうたまらない!読みたい!と思われる方は、是非とも”読みたい!”に登録してください。”モノ”にこだわる小川さんの絶品の『ぎょう虫』描写にご満悦いただける読書がそこにあると思います(苦笑)。

    “死、狂気、奇異が棲みついた”という内容紹介の表現の絶妙さに酔うこの作品ですが、10の短編は主人公に名前がつくことはなく、『僕』、『わたし』として語られるのが特徴です。小川さんの作品では他の作品でも名前が語られないことが多くあります。知らない者どうしが面した時、私たちはまず名前を名乗りあって関係を近づけようとします。名前がない中には、どこかよるすべがない思いにも苛まれるからです。そんなよるすべがない中に、この作品では、上記のような『寄生虫』というさらに近寄り難い存在がリアルなまでに描写されたり、〈キリンの解剖〉という、もうその短編タイトルだけでショッキングな短編には、『キリンの首がメスで切り開かれるところを想像してみる』、『彼はためらうことなく、首の中心を真っ直ぐ切り裂く…』、『頭蓋骨から皮膚を…』と、人によってはホラーにも感じる描写が連続すると、余計に不気味さが増しもします。…と書くと、この作品の一種グロテスクな面が強調されるようにも思いますが、一方で、『ホスピス』が描かれる表題作や、『収容所』というファンタジーを思わせるような〈森の奥で燃えるもの〉、アルバイト先での掃除の中に、”モノ”にこだわる小川さんの表現が炸裂する〈ハウス・クリーニングの世界〉など思った以上にそこに描かれる世界は多種多様です。そして、少し強引なものもありますが、それぞれの結末は読者を突き放すような終わり方ではなく、えいや!という感じに一つひとつ決着をつけてくれます。そんな短編、それぞれに見事なまでにバラエティに飛んだ世界観の短編は静謐感のある世界の中に薄気味悪さを醸し出す小川さんの魅力に満ち溢れていると感じました。

    『大皿の上にはハム、燻製チーズ、ゆで卵、ロールパン、ガラスピッチャーには牛乳とジュース、ボウルにはヨーグルト…』と”モノ”を羅列していく、”モノ”にこだわる小川さんならではの表現の登場など、”小川洋子ワールド”をそこかしこに感じさせるこの作品。そこには、怖いもの見たさの不気味な表現など小川さんならではの物語世界を堪能することができました。『寄生虫』や『キリンの解剖』など、読者が思わず引いてしまうような表現を敢えて魅惑的に描き出すこの作品。10の短編がそれぞれの世界観を小気味良く作り上げていく様を見るこの作品。

    一つひとつの作品世界に極めて強い個性を生み出していく小川さんの魅力に改めて感じ入る、そんな作品でした。

  • 小川洋子の短編集ははじめて読んだ。「森の奥で燃えるもの」が1番好きだったかもしれない。どの短編を読んでも、小川洋子の他の作品に通じるなにかがあった。薬指の標本とか、完璧な病室とか、余白の愛とか。いささか繊細すぎ、美しすぎるがゆえに不気味さが静かに際立っていた。

  • 不気味で残酷な話と、ただ残酷な話と、切ない話が散らばっていた。
    特にアリアが印象的で、年に一度、誕生日に訪れ、贈り物専用棚に毎年1個ずつ品は増えていく。そしてお返しに叔母さんはオペラを披露する。年に1日だけだろうと、わざわざ誕生日にプレゼント片手に訪れてくれるのだから有難いのかもしれないが、叔母さんの方も人を持て成すことに慣れておらず、毎年大量の料理やデザートを用意して待ち構えている。
    オペラで成功せず、化粧品売りになった叔母。
    今では唯一披露するのがこの誕生日かもしれない。
    「どうぞお元気で。また、来年」と帰っていく。
    窓からじっと目を凝らして、彼の姿が見えなくなるまで見送る。
    そして冷たくなった残った沢山の料理を前に、叔母さんは何を思うだろう。
    叔母さんの交友関係の話は出ないので、この料理はどう始末されるんだろう。
    誕生日祝い後の1人きりの静寂さを思うと、切なく、残酷。

  • 不思議な世界感。
    ただそこに置かれている静物にも意志を感じ、時には狂気さえ見えます。
    そんなところもひたすら優しい文章の中で共感してしまいます。
    誰にも自分の気持ちは理解できない、ひとりの世界に漂います。

  • 不思議な話で妙に引き込まれた。トランジェットがお気に入り

  • 読みたい新刊がないときは、読みもらしてる小川洋子を補完。これは比較的初期の短編集ですが、いかにも小川洋子らしいモチーフ満載で安定感抜群でした。

    お気に入りは、謎めいた「収容所」へ入る条件として耳の奥から「ぜんまい腺」を取り出さなくてはならない『森の奥で燃えるもの』、自分がどこかの国の王女様だと思い込んでいる老女と彼女に仕える家政婦の狂気『ケーキのかけら』あたり。

    ゆきずりの他人の親切でふいに救われる『キリンの解剖』と『トランジット』も良かったなあ。前者は堕胎手術を受けた女性がジョギング中にクレーン工場の守衛さんに助けられる話、後者はナチスドイツの時代にユダヤ人だった祖父を匿ってくれた家を孫が訪れる話。とくに後者は、アンネ・フランクについての著書もある作者の思い入れを感じました。

    ※収録作品
    「刺繍する少女」「森の奥で燃えるもの」「美少女コンテスト」「ケーキのかけら」「図鑑」「アリア」「キリンの解剖」「ハウス・クリーニングの世界」「トランジット」「第三火曜日の発作」

  • 「刺繍ってそんなにおもしろいかい?」
    ー「おもしろいかどうかは、よく分からない。一人ぼっちになりたい時、これをやるの。自分の指だけを見るの。小さな小さな針の先だけに自分を閉じ込めるの。そうしたら急に、自由になれた気分がするわ」(本文より)

    短編集。題名にもなってる「刺繍する少女」がいちばんお気に入り。

  • 何度目かの再読ですが、今回も面白かったです。小川洋子さんは長編も短編も大好きです。奇妙さや狂気が、どのお話からも静かに漂ってきます。時に残酷な描写でも、ひっそりと感じられます。これまで書いてこなかっただけで、「ケーキのかけら」が大好きなのを発見しました。「森の奥で燃えるもの」の、時間から離れた不思議な世界観も好きでした。「キリンの解剖」「トランジット」も好きです。最近、本格的に喘息を発症したので「第三火曜日の発作」を身近に感じます。こんなに密やかな時間は過ごしませんが…。

  • 私だけかもしれないけど、小川洋子の小説を読んでいると、無音のホールの中心で一人きりで食事をとっている姿を思い浮かべてしまう。料理は冷めている。私の腰掛けている椅子は冷たい。
    私はできるだけ音を立てずに噛もうと、神経を顎の筋肉へ集中させるのに、不快な咀嚼音は私の口腔から脳に直接届いて、口を完全に閉じていても空間全体に響きわたっていくから、うんざりした私は食べるのをやめようかと思うけど、もう二度とそこへ行きたくないとは思わない。

    人からすれば歪で異常に見える。著者の解像度の高いレンズ越しに観ると、純度が高すぎるゆえに手に余る情念や執着心を狂気と呼ぶのかもしれない。最小限の構成要素にも似たそれ。
    《2015.07.01》

  • 10の短編からなる「残酷物語」
    小川さんワールド

    オカルト、では全くない
    薄気味悪い、とは少し違う
    不気味、ともちょっと違う
    子どもみたいな感想になるけど、きれいなのに気持ち悪い

    日常と非日常の交錯、歪み
    後味が良いのか悪いのか、なんとも言えない、静かで涼やかなのに目を背けたくなるような恋愛

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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