薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集 (光文社古典新訳文庫 Aモ 3-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334753108

感想・レビュー・書評

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  • “シュルレアリスム・風刺短篇集”と銘打たれてはいるが、そこまでシュルレアリスム絵画的ビジョンでも、ブルトンらの諸著作のように不可解、複雑というわけでもない。一部の作品はどこかE・マコーマックの作品世界を思い起こす感じもあるが、あちらほどブッ飛んだ奇想というわけでもない。20世紀をずっと生きた作家だけに、風刺という点ではファシズムや社会的偏見、相互の無理解等を舌鋒鋭く批判というより、シニカルに戯画化している体といったところか。
    また序盤の展開から人物関係の破綻や破滅、残酷なラストやキレのあるオチを(勝手に)期待していると、何かモヤっとしたまま幕を閉じるような作品が多い。異様なことが起きているのに登場人物が皆それを―諦め混じりに―そのまま受け入れてしまっているような。その辺りはプロパーな怪奇幻想系、ホラー作家とは異なる、実存主義的リアリズム作家によるものだからなんだろうか。
    以下、各収録作について。
    ・自宅のリビングに生えた木を巡る夫婦の意見の対立「部屋に生えた木」。妻の主張は現代の一部の主義の人間と共通するような。木=子供の象徴では、という指摘を聞いてなるほど、と。
    ・寝てても目覚めてても己の夢の中で自己完結する男「怠け者の夢」。“夢”はこの収録作の多くに共通するキーワードかも。
    ・薔薇の花壇と並ぶキャベツ畑を訪れたハナムグリの母娘「薔薇とハナムグリ」。母の思いに反し薔薇よりキャベツを好むハナムグリの娘が何を意味するかは一読瞭然だろう。
    ・闇トレーダーの男が友人の薦めで先物買いした奇妙な商品「パパーロ」。グロテスクだが、寓話としては最もわかりやすい。この“パパーロ”って……。
    ・奇怪な結婚披露宴の顛末「清麗閣」。主に花嫁の母親の視点で語られる、シュルレアリスムというより“変な夢”的一編。
    ・眠り続ける怪物の夢によって支配される島と人々「夢に生きる島」。不条理な“夢”が現実化する、これこそが悪夢。
    ・夫の上司夫人に招かれた女が、夫人宅で目にしたもの「ワニ」。ワニは主人公の妄想かと思いきや。富への執着やブルジョア趣味の鼻持ちならなさを嗤ったものか。
    ・頭部から腐敗臭を放つ疫病が広まった国。罹患した者としていな者とで対立が起こる「疫病」。疫病や疾病によって起こる分断と対立。現代にタイムリーな内容かもしれない。
    ・高名な評論家が死の床で友人に語った告白「いまわのきわ」。評論家の言葉は懺悔か、それとも嘘だったのか。
    ・親娘3人が散歩の途中に見た、店先に飾られた“幸せ”「ショーウィンドウのなかの幸せ」。終盤の父親の言葉がどうしようもなく絶望的。
    ・富豪で吝嗇家の男は自宅に溜め込んだ財産を、ついに銀行へ預けることを決断する「二つの宝」。これも中盤から現実と夢(妄想?)の境目があやふやになっていく一編。
    ・捕えられた蛸が語る「蛸の言い分」。蛸は無論、人間達の主義や信条の違いの戯画化。ラストは……うん、やっぱりね。
    ・最新の流行好きな妻とそれを理解しない夫「春物ラインナップ」。これほど意見が乖離してたら“完璧といっても過言でないほど気が合っていた”とは言えないんじゃw。
    ・“金持ち”と“貧乏人”、二つの種族が棲む国についてのリポート「月の“特派員”による初の地球からのリポート」。これも寓話。
    ・奇妙な立像の説明を長々と受ける作家モラヴィア「記念碑」。「鷲の紋章に鉤十字」という描写からしてナチズムへのストレートな批判のようだが、自分の感覚からすると戯画化された共産主義への風刺のように感じられる。

  • どれも面白かった。ふざけてる感じの作風なんだが、読み終わるとゾッとする。当時の政治的軋轢により、自由な表現ができなかった苦肉の環境がこのように素晴らしいおどけ狂気な作品を誕生させることになったとは。明らかに変なのに、これが流行とか言われると、どうしても手に入れずにはおられなくなる女。舗装された道を歩けばいいのに、そんな自然に逆らった物など!と山道を歩いて遭難するような意固地な男など。明らかにおかしいのに、いとも簡単にその波に呑まれて流されてゆく人間の愚かさに、現代においても色あせずパンチをくらわしてくる。

  • 訳者の関口英子さんが好きなので借りてみる。作風的にはあまりあわなかったみたいです……。

  • 2021年7月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00517213

  • 「こんな小説を書く人だったのか」と驚いた。ずいぶん前に読んだ「無関心な人々」「倦怠」以来のモラヴィアなのでどんな小説を書く人だったか確信はないが、リアリズムのイメージではあったので。
    現代に通じる刺激的なブラックユーモアと風刺、鮮烈な描写に満ちている。個性的で美しい。凄く好み。全54作のうちの抜粋ということなので、他をもっと読みたい。

  • 題名に惹かれて(ハナムグリは私を含めガーデナーの天敵…)手に取りました。

    『薔薇とハナムグリ』の主人公は気高く薔薇以外のものに向かう。
    どれも大人向けのおとぎ話のよう、と読み終えて解説に進むと
    とっても深い意味を持つ作品たちでした。この著者の他の作品も読んでみたいです。

  • おそろしい比喩と暗喩に満ちた短編たち。
    国家の敵でボタンを作ったり、薔薇を好むはずがキャベツを好んで嫌悪されたり…
    解決しようもない問題に満ちたこの世界に生きていることを突きつけられる気がする。
    蛸のように夢でも希望を信じて生きているかしら。

  • 皮肉めいたものの見方はしているけれども、刺々しさは控え目にしている気がする。結婚出来ない空想家の日常「怠け者の夢」、欲に目が眩むと大事なタイミングを見逃す「パパーロ」、取り敢えず逃げて下さい「清麗閣」、『夢幻諸島から』を思い出した「夢に生きる島」、評論家の懺悔「いまわのきわ」、『きつねとぶどう』な「ショーウィンドウのなかの幸せ」、大爆笑した蛸の死生観「蛸の言い分」、さて、今年の春の流行は?「春物ラインナップ」などイタリア文学はまだまだ金脈が沢山ありそう…とここまで来て最後に強烈な「記念碑」で掉尾を飾る。ある男の記念碑が立てられるまでの経緯に鳥肌が立った。解説にある退廃した中産階級を書いたものよりも、「蛸の言い分」のような喜劇タッチの話をもっと読んでみたい。

  • 映画化された作品はいくつか観たことがあるけれど、実は小説は読んだことがなかったモラヴィア。こちらはシュルレアリスム・風刺短篇集ということですが、全体としてはシュールなものより、風刺というか皮肉というか、ブラックユーモアのきつい寓話という印象のほうが強かったかも。

    いちばん好きなのは、モグラと王女の間に生まれたクルウーウルルルの夢に支配されている「夢に生きる島」。単純にワニが好きなので、ワニをファッションのようにまとう「ワニ」もなんか好き。あと、結局最後までどういう生き物だかわからない「パパーロ」も。表題作の「薔薇とハナムグリ」は妙に官能的でした。性的マイノリティの娘を受け入れられない母親、ゆえにその母親にカミングアウトできない娘、みたいな現代的なところもあって。「疫病」は加齢臭に置き換えて読んでしまった(笑)

    ※収録作品
    「部屋に生えた木」「怠け者の夢」「薔薇とハナムグリ」「パパーロ」「清麗閣」「夢に生きる島」「ワニ」「疫病」「いまわのきわ」「ショーウィンドウのなかの幸せ」「二つの宝」「蛸の言い分」「春物ラインナップ」「月の“特派員”による初の地球からのリポート」「記念碑」

  • 『無関心な人びと』で知られるモラヴィアの短篇集。副題に『シュルレアリスム・風刺短篇集』とあるように、シュルレアリスムの手法を用いて、ファシズム時代の社会情勢を批判的に描いている……とは言うものの、社会情勢というよりは、普遍的な人間の性質を描いているように読める。
    風刺もさることながら、シュルレアリスムの部分が面白い。『部屋に生えた木』の、突然、室内に生えて立派に成長(!)してしまった樹木、『薔薇とハナムグリ』の、ハナムグリ母子の会話、『清麗閣』で行われた結婚披露宴の顛末、『ワニ』『春物ラインナップ』の謎のファッション……等々、挙げればきりがないほどだが、一番好きなのは『夢に生きる島』と『記念碑』。
    映像的な文章で描かれる世界を頭の中で想像してみると、かなり面白い絵面になるのも良かった。

    本文庫では、全54編の中から15編が収録された。かなり未収録の短編があるので、第2弾、第3弾が刊行されるのを期待。

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