透明人間は密室に潜む (光文社文庫)

著者 :
  • 光文社 (2022年9月13日発売)
3.77
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本棚登録 : 1225
感想 : 87
4

● 感想
 特殊設定ミステリ、ユーモア群像劇、ガチガチの本格、知的ゲームモノという4種類の短編からなる短編集。どれもクオリティが高く、阿津川辰海の本格ミステリ作家としての実力が伺われる作品
 どれも外連味はそれほどではないが、しっかりと地に足がついたロジックで描かれている。設定には派手さがあるが、ロジックは堅実。どこか山口雅也を思わせる作風でもある。
 白眉は六人の熱狂する日本人。映画「キサラギ」を彷彿される群像劇であり、シチュエーションコメディ風でもある。コンサートライトホルダーに付いていた血と、御子柴さきに会いたいという動機から事件の真相として真犯人が御子柴さきだと見抜くという展開は圧巻。ただ、法廷モノ、裁判モノはあまり好きではない。個人的な嗜好だが、この点は割引
 ほかの作品も秀作ぞろい。それなりの派手さもあり、堅実なロジックも面白い。。★4の上の方

● 透明人間は密室に潜む
 特殊設定ミステリ。透明人間病という細胞の変異により全身が透明人間になる病気が存在する世界。ある女性が、透明人間病の治療を可能とする薬を開発した川路昌正の殺害を計画する。その女は、透明人間化抑制薬を飲むのをやめ、完全に透明人間になって、川路昌正を殺害に行く。
 内藤という男は、妻が不貞をしているのではないかと疑い、茶風義輝探偵事務所に調査を依頼する。その調査結果は、川路昌正の殺害を計画しているのではないかというもの。探偵と内藤は、妻を尾行し、殺害直後に部屋に踏み込む。
 殺害直後、完全に透明人間になっている女を捜査することになる。川路昌正は、顔を切り刻まれ、裸にされて、包丁を突き付けられていた。
 殺害現場から透明人が出れないようにして、透明人間を探す。見つからない。どこにいるのか。探偵は、殴り殺された川路が、さらに包丁を刺されていることから、透明人間の居場所を推理。透明人間は、死体の上に寝転がっていたのだ。
 更なる真相。内藤とその妻彩子が住むのは901号室。その向かいの902号室に2つの死体。1つは、渡部次郎という男。女は…内藤彩子だった。内藤彩子だと思われていたのは、渡部佳子。メイクアップアーティストだった。渡部佳子は夫からDVを受けていた。内藤彩子をうらやましく思い、殺害。入れ替わっていた。
 特殊世界系のミステリ。透明人間の隠れ場所がミステリとなっており、さらに、人物入れ替わりというトリック。特殊世界モノでありながら、本格ミステリとなっている。よくできたミステリ
● 六人の熱狂する日本人
 映画「キサラギ」っぽい雰囲気がある、裁判員裁判モノのミステリ。裁判モノは正直、あまり好きではない。とはいえ、この作品は、コメディタッチで、裁判員6人が、いずれもアイドルオタク。被害者と被告人もアイドルオタク。アイドルグループ「Cutie Girls」のファンが入り乱れる。
 まず、裁判員6番が、自分が「Cutie Girls」ファンのアイドルオタクであることをカミングアウト。被告人は、アイドルオタクの風上にもおけないので、死刑と言い出す。2番も同じく、「Cutie Girls」ファンのアイドルオタクであることをカミングアウト。1番も同じく、「Cutie Girls」ファンのアイドルオタクであることをカミングアウト。「Cutie Girls」の御子柴さきというアイドルの話をする中で、コンサートライトに違和感を持つ。3番も御子柴さきのファンだという。5番も軽度のアイドルファン。4番は、元アイドルだった。
 4番は、御子柴さきと親交があり、被害者は、御子柴さきのストーカーに似ている。被告人は、御子柴さきをかばっている?被告人のアリバイも立証し、御子柴さきが真犯人かのような推理が進む。本当に御子柴さきが犯人と思われる事実がいくつも出てくるが、結局、法廷には御子柴さきは来ない。御子柴さきの裁判があったとしても別の裁判員が選ばれるということを思い出し、裁判員は、一転、被告人の意思を尊重し、被告人を有罪にしようとする。最後、裁判長もアイドルファンで、被告人を有罪としようとする裁判員に力を貸すというオチ
 映画、キサラギは好きな映画であり、「ウリャオイ」の掛け声も含め、キサラギを思わせる展開は、純粋に面白い。ミステリとしては、シンプルさに欠ける点と、裁判モノという点が個人的には割引き。
● 盗聴された殺人
 耳、音を聞き分ける能力が高い山口美々香が手掛かりを集め、探偵役である大野糺が推理をする探偵事務所のコンビが登場
 冒頭で、足音から歩き方の違いにより犯人を見つける様子が描かれる。
 メインとなるのは、1年前に起こった山口美々香の失敗談「テディベア」の話
 浮気調査のために盗聴器を仕掛けたところ、殺害現場の音が録音される。盗聴器を仕掛けていたせいで、殺人犯の容疑を掛けられた大野は、その屈辱を晴らすために、山口の能力を使って真犯人を暴こうとする。
 手掛かりとなるのは「不協和音」。被害者である国崎の家での捜査。不協和音の下地の音は、加湿器であることに気付く。
 決めてとなったのは「一定の大きさの足音」。山口からの報告を聞いた大野は外出。そこに探偵事務所のもう一人の事務員、深沢が戻る。山口は、深沢に、盗聴器から聞こえた「一定の大きさの足音」のことを告げる。
 そこで、深沢が本性を現す。犯人は深沢。不協和音の原因はファックス。ファックスの音が小さかったことが分かり、テディベアがファックスのあるリビングではなく、被害者の部屋にあった。殺害現場は被害者の部屋
 本来であれば、盗聴器に近づく音か、遠ざかる音しかならないはずなのに、一定の大きさの足音が聞こえた。それは、犯人がテディベアを持って動いたから。盗聴器があることを知っていた。犯人は盗聴器を仕掛けた深沢
 探偵事務所は3人。深沢がやめた後、新しいメンバーを雇っている。これはちょっとした叙述トリック。冒頭に3人の事務所とあり、深沢が今も働いていると誤信させている。
 ちょっとしたエピローグ的は話があって終わり。
 いわゆるガチガチの本格ミステリ。外連味はそれほどないが、「音」を手掛かりに真犯人が暴かれる。盗聴器に一定の足音が聞こえる→盗聴器を持って運んでいる→盗聴器の存在を知っている→仕掛けた人が犯人、というロジック
 もちろん、現実的には、「たまたま」、盗聴器があるテディベアを運んでしまうおそれはあるが、それにともなう偽装をしていると考えると犯人は、盗聴器を仕掛けた調査員に限定される。分かりやすくシンプルなロジック
 質実剛健な本格ミステリ。探偵事務所の調査員が犯人というのは意外性もありそうなのだが、ミスディレクションになり得る人物がほかにいないので、さほど意外性はない。そういう意味では叙述トリックはあまり生きていない。
 よんで、よくできているなと感じる、古典落語のような短編。短編ミステリのお手本のような作品。こういう作品を書けるところから、阿津川辰海の実力が分かる。
 ただ、個人的には外連味がある、どんでん返しのある短編の方が好きである。
● 第13号船室からの脱出
 脱出ゲームのテストプレイ中に誘拐事件が発生。それは、マサルが親からお金を得るための狂言誘拐だった。マサルと誤解され、カイトが、実行犯に誘拐される。マサルは狂言誘拐を成功させるために、カイトのふりをしてゲームに参加する。
 この作品は、脱出ゲームの仕掛けと、狂言誘拐における誘拐犯からの脱出という2つのトリックがある。
 脱出ゲームの方には、それぞれ2つの解があり、ゲームに参加している人が、櫻木桂馬という探偵を演じていると見せかけ、犯人を演じているという仕掛けとなっている。 
 脱出ゲームの仕掛けは鏡。鏡があったことにより時計による犯行時間、脱出の目撃者、トレーシングペーパーと原稿を利用した犯人の名を示すダイイングメッセージの解が代わる。真犯人は、櫻木に変そうしているプレイヤー
 狂言誘拐からの脱出は、マサルに1位を取らせること。こうすることで実行犯が確認に来て、閉じ込めているドアを開ける。
 最後に明かされる真相。カイトと一緒に誘拐されていたスグルが全てを見抜いていた。マサルの名前で回答をしたのはスグル。スグルは、マサルの企みを見抜いて阻止した。スグルは家を出て、マサルに跡取りを押し付ける。それを「益田」という人物に話しているという設定
 面白い。「鏡」を利用した脱出ゲームの仕掛けと、プレイヤーは櫻木桂馬ではなく櫻木桂馬に扮した真犯人だという仕掛けは、それだけで十分面白い。その上で、カイトの狂言誘拐からの脱出の仕方、マサルに1位を取らせることと、水浸しにして感電させること、そして、実は、スグルが全てを見抜いていたというオチ。一つひとつはそれほどではないけど、短編でここまで仕掛けると圧巻
 
 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文庫33
感想投稿日 : 2022年9月25日
読了日 : 2022年9月25日
本棚登録日 : 2022年9月25日

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