真夜中の子供たち(下) (岩波文庫 赤 N 206-2)

  • 岩波書店 (2020年6月17日発売)
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感想 : 9
4

下巻ではついに、サリームの出生にまつわるメアリー・ペレイラの過去の犯罪が明らかにされる。両親はけしてサリームとシヴァを取り換えようとはしないが、この後サリームはパキスタンとインドを行ったり来たりするはめになる。

「印パ戦争」について調べながら読んだ。歴史が直接主人公の進退に影響を与えるので、ある程度事情がわかっていないと読み進めにくい。そしてついに1965年の第二次印パ戦争で、サリームはほとんどのものを失ってしまった。

ここで6年の歳月が一気に流れ、1971年第三次印パ戦争でパキスタン軍で記憶喪失の「犬男」「ブッダ」として従軍しているサリームは仲間とともにスンダルバン(シュンドルボン)のジャングルに迷い恐ろしい体験をする。記憶を取り戻しインドに戻ったサリームにさらに恐ろしい運命が待ち受けていた…。

終盤の流れを理解するために、これから読む方には未亡人=インディラ・ガンディー(物語当時のインド首相)のことについて予備知識を入れておくことをおすすめします。1975年に彼女が出した緊急事態宣言により、反対勢力が多数逮捕された事実と、人口削減のため強制断種をおこなったことが、サリームら真夜中の子供たちの悲劇として投影されている。

インド独立の日に生まれたサリームの人生はインドという国そのものの運命と共鳴・影響しあっている(と少なくともサリームは思っている)が、どうもサリームの自意識過剰、あるいは彼自身の不能を説明するために作られた壮大な虚構のような印象も否めず(巻末作者の自序や解説を読むと確信犯のようだけれど)サリームにあまり共感したり感情移入したりはできなかった。

インド近代史の勉強にはなったけれど、あまりにもそこに密接しすぎていて、個人的には物語を読む楽しさを十分味わえなかったような気も少しする。事前に『百年の孤独』以来の衝撃だの、マジックリアリズムという言葉を交えた宣伝文句に煽られすぎてしまったのか、期待値が高すぎて、思ってたのとちょっと違った、みたいな。読後感はどちらかというと『ブリキの太鼓』に近いかも。

ときどき出てくるインドの食べ物描写には興味津々だった。ナルギシコフタとパサンダが美味しそう。あとライム水、以前見たインド映画『あなたの名前を呼べたなら』https://booklog.jp/item/1/B07ZWBP1F1で、いつも主人公が台所で作ってたのが印象的だったんですが、日本における麦茶みたいな感じでインドの上流家庭には常備されてるものなんですかね。



以下備忘録あらすじメモ(ネタバレあり)

指の切断事故により両親と血液型が一致しないことがわかったサリームは、退院後一時的にハーニフ叔父夫婦に引き取られる。売れないながらも映画の仕事を続けていたハーニフ叔父に給料を払っていたのはメスワルド屋敷の映画王ホミ・キャトラックだったが、彼はハーニフの妻で女優のピアを愛人にしている。やがて彼はピアを捨て同じメスワルド屋敷のサバルマティ海軍中佐の妻リラに乗り換えるが、サリームはこれらの乱倫をかつて母アミナが元夫ナディルと密会していたことと重ねあわせ復讐を企てる。

サリームの密告により、サバルマティ海軍中佐は妻とホミの密会現場を急襲、妻を撃ち愛人ホミを射殺。しかしホミの死によってハーニフ叔父の収入は断たれ彼は自殺。メスワルド屋敷内のスキャンダルは彼らの没落をもたらし、サリームの一家以外はみなメスワルド屋敷を次々去っていく。サリーム11歳は家族の元へ戻ることになるが、子守のメアリー・ペレイラがついに秘密の重さに耐えきれなくなり、ハーニフの葬儀のために集まった親戚一同の前でサリームの誕生した日に彼女が犯した大罪を告白し、メアリーはそのまま去る。

サリームの父アフマドはますますアル中になり妻アミナを罵倒。母アミナとサリーム、妹ブラス・モンキー、ハーニフの未亡人ピアは、パキスタンに住んでいる末妹エメラルドと夫ズルフィカル将軍を頼ってパキスタンに一時避難する。その後4年間、一家はパキスタンで暮らすが、パキスタンではサリームのテレパシー能力は使えず、真夜中の子供たち会議も中断。メアリー・ペレイラの告白により出生の秘密を知ったサリームにとっては、シヴァにその秘密を知られたくなく好都合。やがてインドに残った父危篤の知らせを受け一家はインドへ帰国。

1962年インドと中国が険悪になる中、回復した父と母の間には愛情が復活、しかしサリームは耳鼻科へ連れていかれ副鼻腔炎の手術を受けたことで、テレパシー能力を失くしてしまう。中国との戦争は休戦するがアフマド・シナイはインドに見切りをつけ一家はパキスタンに移住、アミナの姉アリアを頼ることに。このパキスタンで、成長したブラス・モンキーはその綽名を返上して本名のジャミラとなり、歌手としての才能を開花させ、国民的歌手ジャミラ・シンガーとなる。思春期をむかえたサリームは、血の繋がらないこの妹に恋をする。

一方でラブラブだった両親にかつて妹アミナにアフマドを奪われ今も独身の姉アリアの呪いが炸裂、アミナは42歳にして妊娠するが鬱になり、アフマドは卒中で麻痺をおこし痴呆化してしまう。ジャミラはサリームを避けるようになり、一家はバラバラ、ボロボロに。そんな中1965年、第二次インド・パキスタン戦争が勃発。パキスタンに移住していたサリームとジャミラ以外の家族、親戚は全員この戦争の犠牲となる。

6年後1971年、第三次インド・パキスタン戦争のさなか、パキスタン軍に「犬男」と呼ばれている記憶喪失の男がいる。彼こそサリームだが、彼は失われたテレパシー能力の代わりに手に入れた嗅覚で、小隊の先導役を務め、仲間うちでは「ブッダ(老人)」と綽名されている。彼の仲間はいずれも十代半ばの兵士アユーバ、ファルーク、シャヒードの3人。だが彼らはスンダルバン(シュンドルボン)のジャングルに迷い込んで恐ろしい目にあい、数か月さまよったあげくようやく戻ってきたあとは戦争の犠牲になる。

サリームはその中で記憶を取り戻すがパキスタン軍は敗北。戦勝を祝うインド軍のパレードの中で、サリームは真夜中の子供たちの仲間・魔女パールヴァティーと再会。奇術師の娘パールヴァティーにより名前を思い出し救われたサリームはインドへ帰還する。親戚の中で唯一インドに残って官僚となっていた叔父ムスタファの元へ身を寄せるが歓迎されない。結局サリームは、パールヴァティーと父親代わりの蛇つかいピクチャー・シンのいる奇術師たちのゲットーへ戻ることに。

パールヴァティーはサリームを愛しているが、サリームはジャミラ・シンガーの面影に脅かされている。パールヴァティーは今はインド軍の少佐となっているシヴァを探しだし、シヴァの子を身籠る。当時シヴァはさまざまな女性と関係を持ち私生児を作りまくっていたが妊娠した女性には興味を持てなくなり捨ててしまう癖があった。サリームは、シヴァの子を身籠ったパールヴァティーと結婚し、やがて息子が生まれ、祖父の名をとりアジームと名付ける(皮肉にも彼は祖父アジームの正当な曾孫だ)

しかしついに<未亡人>が、真夜中の子供たちを狩り始め、581人のうち420人が<未亡人>に拉致されてしまう。サリームを含む420人は全員、生殖器官を切除されてしまい、特殊能力を失い放逐される。サリームはピクチャー・シンの元に身を寄せていたが、蛇つかい対決のため彼とアジームと共にボンベイへ戻り、そこでピクルス工場を営んでいたある人物と思いがけない再会を果たし…。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ★アジア・インド・アフリカ
感想投稿日 : 2020年6月22日
読了日 : 2020年6月22日
本棚登録日 : 2020年6月18日

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