表題作は意外と短く、収束の仕方がやや急ながら序盤はするりと入り込みやすい。鉄道やトンネルというのはわかりやすく現実と非現実の境界を曖昧にするアイテムだと思う。
印象的だったのは同時収録の「無精卵」。同居していた男の死、勝手に出入りするその義姉、突然あらわれた謎の少女と、その少女の奇妙な行動・・・最終的に主人公の「女」は何者かに陥れられるかのように作品舞台から去ってゆき、彼女の書きためた散文のようなものも失われてしまう。
タイトルの無精卵=温めても孵ることのない卵は、子供を産まなかった女の象徴であると同時に、発表されることのなかった作品のことでもあり、つまり徒労に終わる無駄なこと、の象徴でもあるのだろうけれど、しかし産まずとも少女は現れ、彼女は作品の写しを持ち去っている、そこに微かな希望を見出すこともできるのではないかと思う。
「隅田川の皺男」は収録作のなかでは唯一登場人物にきっちり名前がついていて、主人公マユコだけではなく、彼女が買う男娼のウメワカ側の心情まで掘り下げてあるあたり、ある意味異色の作品。
それでいて多和田作品にお馴染みの(と私は思っている)強迫的な人物(なぜか主人公は彼女に逆らえない)は登場するので、相変わらず悪夢感は拭えない。「無精卵」における義姉とか、多和田葉子はこの手のキャラクターに何かトラウマでもあるのかしら(笑)。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
○多和田葉子
- 感想投稿日 : 2014年8月19日
- 読了日 : 2014年8月17日
- 本棚登録日 : 2014年8月11日
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