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死の島 (文春文庫)
- 小池真理子
- 文藝春秋 / 2021年3月9日発売
- 本 / 本
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滅びの美学。
死生観をこれでもかこれでもか、と問いかけられている気がするので、正直、この作品が合わない方もいるかも知れない。言うて、どんより重い雰囲気が延々続くので。
だけど、私は割と好きな作品。
強烈なメメント・モリ作品だと思う。
死に至る老人登志夫のわずかな生の匂いが尿の匂い、というのがリアル。
それをきっかけに一瞬だけ抱きすくめられる樹里。
「おれのことを小説に書け」と切望されるのだけど、男女の愛なのか、死にゆく者から生者へのバトンパスなのか、ものすごく複雑な感情が混ざり合って、二人のその一瞬の抱擁が、なぜだか永遠の重さに感じられて切ない。
でも。
たぶんこういう死に方、いいな、自分もこんな感じで人生を終えたい、という人、結構多いんじゃないかな。実は私もそうなので。できるかどうかは難しいけど。
人生のピリオドの打ち方って難しいね。遅すぎても醜いし、早すぎてももったいない。なんて、俗物な私は思いました。
2024年12月1日
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無花果の森(新潮文庫)
- 小池真理子
- 新潮社 / 2014年5月1日発売
- 本 / 電子書籍
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なんか2時間ドラマとかにふつーになりそうな感じのストーリーだった。わたしにとっては可もなく不可もなく。
と書いたところで映画化されていたという情報を発見。K-POPグループのメンバーが初主演(て書いてあるけど、主人公泉の相手役鉄治の役。でも主演って記述になってるのは鉄治が主役の設定に変更されているか、いずれにせよおそらくなんの話題にもなってないので観ようともおもわないが)。泉役の女優は知らないし、八重子役が江波杏子さんなのもちょっとイメージと違ってて、まぁ、別物になってる可能性大。
どっちかっていうと、泉と鉄治の世捨て人カッブルの人生再生ストーリーよりも、老女の画家八重子の人生のほうに興味が湧いた。この二人よりも絶対深い人生だろうなと思う。
でもそれを詳らかにするよりも、世捨て人カップルの脇に添えられてる感じのこのストーリーの流れのほうが、なんか余白というか語られていないところの奥深さがあっていいのかもしれない。
人生の本質はチラ見えするところにあるのかもしれない。だから見逃しやすいのかもね。
2024年11月20日
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傷だらけのカミーユ カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ (文春文庫)
- ピエール・ルメートル
- 文藝春秋 / 2016年10月7日発売
- 本 / 本
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普通に面白かったし、途中意外なからくりが明かされるところも良かったんだけど、やはり一作目、二作目と比較すると衝撃度が薄まってしまった感はある。
しかし、主人公のカミーユのハートがズタボロなんだけど、これってまた次回作(あるのか?)までメンタル的に持つのかなーと若干心配になるわ。自殺しちゃってもおかしくないほどの傷心度なんだよね。
あと、海外警察犯罪ミステリーは一作目、二作目もだけど、もうカタカナの名前が頭に残らなさすぎて、読了までに時間かかる(笑)時間に余裕あるときじゃないともう読めないかも。面白かったけど。
2024年10月30日
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新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫)
- 我孫子武丸
- 講談社 / 2017年10月13日発売
- 本 / 電子書籍
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2024年10月30日
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その女アレックス カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ (文春文庫)
- ピエール・ルメートル
- 文藝春秋 / 2014年9月2日発売
- 本 / 本
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突如として拉致監禁された女性アレックス。
いわゆる拉致監禁からの脱出劇ストーリーかと思いきや、展開が二転三転し、アレックスの本当の顔が現れ始める。
誰が被害者で誰が加害者なのか、一人の女性の姿がオセロのようにパタンパタンとひっくり返っていく。
ネタバレなんであまり多くは書きませんが、ラスト、あれはあれで大団円だよなー、真実ではないかもしれないけれど。
あと、余談だけど、吝嗇な部下のアルマンのオセロも返し方もなかなか小粋でワタシは好き。
三部作らしいんだけど、この作品から読み始めちゃったから、前作もぜひ読みたい。
2024年8月20日
動物の一生って、例えば草食動物とか逃げコース間違って食われちゃったり、己のミスが=死で、それでジエンドなんだけど、反面、人間って死に繋がらないミスが多いじゃないですか。(死ぬミスもあるけど)
だから長い一生、その死に至らなかったミスを反芻して悔いたりする。なるべくならミスしたくないなぁ、回避したいなぁ、って思う心が指針というか、何か自分以外の物事を信じたいって思ってしまうのかもしれない。
これだ、と思って信じても、それがデマだったり、他者に受け入れられなかったり。
信じるって何なんだろうね。昭和、平成、令和、と、どの時代もリアルタイムのその時は混沌とした時代だけど、わずかな灯りを求めてみんな彷徨ってるのかな、と思った。
飛馬も不三子もそれぞれの人生を彷徨い歩き続けてきて、唯一の接点というか、同時に降り立ったプラットホームが【子ども食堂】だったのだ。だがまた、そこから二人は別の列車に乗って遠ざかっていく。
人類滅亡という危機はそうそうなかった、滅ぶならみんなで、という滅亡のデマも消え、同時にそれを持ち上げる方舟も消え去った。
年代別の事件や事柄をうまく二人の人生に絡ませて、飽きずに読了。少しほろ苦い読後感。
2024年7月8日
「方舟」を読んで、結構面白かったので続いて同じ作者のこの作品を読む。
前作に続いて旧約聖書モチーフのタイトル。だが、特に事件や登場人物は前作とはとくに繋がりは無さそうに思える。
だが、やはり閉塞された舞台、登場人物は限られた人数のみ、という前作を踏襲された事件の数々でストーリーは進んでいく。
で、今回、前作とちょっと違うのは、読んでいるこちらが早いうちに犯人の目星がついてしまったことである。(必ずしも誰でも犯人がわかるというのでもないし、なぜわかったのかはネタバレになるのでここでは割愛する)
で。
最後まで読んで、「まぁ面白かったけど、前作ほどの衝撃はなかったな」と本を閉じようとしたら、QRコードが印刷されていることに気づいた。
まさに楔を打たれたかのような衝撃を受けたのは、そのQRコードを読み取ったサイト(ある意味、本当のネタバレ)を読んだからだ。
「なるほど」と声が出た。
これは、でも第三作、第四作…と連作シリーズになるのか、それともここで終わりか。
続きを読みたいような、ここで終わりにしてほしいような、そんな複雑な気分。
QRコードのサイトまで含めた「お見事」な作品。
2024年3月30日
ラストの衝撃はネットの評判もかくや、と納得。お見事過ぎる…。
方舟、というモチーフなのもすごく良い。
旧約聖書の方舟は大洪水の広い大海を彷徨うのだが、この小説の方舟はそれ自体が閉じた地中深くにあり、静かに水が満たされていく、というのが対照的。方舟に相対する海や水、といった人を脅かすものが外的環境にあるのか、内包する地中に存在するの違いが面白い。
人が生きる、と言う事には他者の犠牲が伴う原罪がどうしても纏わりつくのだけど、生き残る者と犠牲になって死ぬ者の選別が、ノアの方舟を彷彿とさせる。
ただし、聖書のノアは明らかに選定者だったが、この小説での命の選定者は終盤まで正体不明だ。
そして、その生存者であり選定者は、明らかに正しく「生き残る」ということだけに注視し、至極冷静に淡々とそれに向けて行動を続けていた。
彼(女)(便宜上ネタバレ避けたいので男性か女性かぼかします)の生存戦略は責められるべきなのか、否や。エゴか否か。
ラストまで読むと、「責められない」という方が多いのではないかと思う。いや、「責められない」べきである、という小さな鍵のような仕掛けが実は施されていたのだが…。
その仕掛けも含め、ラストはやはり衝撃を受けた。
だけど、「お見事」と言いたくなる、過不足なく収束させた物語を見れた称賛的な気持ちと、生き残る事への原罪をまざまざと見せつけられた、どんよりした気持ちがないまぜになった、言いようのない衝撃。
極上のイヤミスを読みたい方にオススメ。
2024年2月6日
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71歳、年金月5万円、あるもので工夫する楽しい節約生活
- 紫苑
- 大和書房 / 2022年7月23日発売
- 本 / 本
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美しい老後のシンプル節約ライフ。
ものすごくセンスの良い暮らしぶりなんだけど、もともとこの方は若い頃は着道楽で、老後までにいろいろ良い品も悪い品も見てきたからなのかな、と思いました。
自分が老後の時にこんな美しいシンプルライフが出来たらな…と思います。
お金を使わず、知恵とセンスとアイディアで賢くオシャレな暮らしぶりを憧れる方にオススメ。
2023年9月12日
持ち物を軽く、情報を軽く、スケジュールを軽く、タスクを軽く、思考と習慣を軽く…。
自分の身の回りや仕事、頭の中を常に整理し軽く保つ事でフットワークが軽くなる、心や気持ちが軽くなる、と言う事らしい。
なるほどな~と思いました。
あと、マルチタスクは非推奨。集中して。
いろんなしがらみで脳疲労が起きるのを防いで心も仕事負担も軽くして人生を充実させようというネアカな本でした。
これだけ徹底出来ればいいなぁとは思いました。
2023年9月12日
桐野さんの長編慣れしてる方はちょっと物足りない読後感かもしれませんが、自分は割と楽しんで読めました。
いつもの長編作品とは違う、ちょっとしたリアリティ(必ずしもきれいななオチがあるわけではないところ)と少しの毒、小市民的な生活の中のエゴとエゴの軽くぶつかるザラリとした感じ、など。
これ1冊だけだと確かに味気なく思うかもですが、長編作品の合間に箸休め的に読むならアリかと思う。
2023年8月17日
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アラカン・サバイバルBOOK ババアはつらいよ
- 槇村さとる
- 集英社 / 2018年8月24日発売
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2018年刊行のものなので、その更に前に執筆をされていたという事を踏まえると、その後の数年で世界情勢や価値観がまた変化していて、この本のすべてが参考になるわけではないけど…。
まあ、内なる自分に正直に、笑って無理せず過ごそうね、という部分には納得。
ファッションに関しては執筆された5~6年前とはまた価値観的な物が多様化しつつあるので、なんとも言えない。
年に関わらず、自分の着たいモノ、着心地の良いモノ着ればいいんじゃないかな、としか。
こういうファッションも含めた師範エッセイ本って、読む方も賞味期限的な物があるなあ、と感じた。仕方のない事だけど。
ファッションも生き方も時代に応じてアップデートが必要なんだな、と感じた。
2023年8月11日
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サロメ (文春文庫)
- 原田マハ
- 文藝春秋 / 2020年5月8日発売
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原田マハさんの絵画ミステリーホントに好き。
ストーリーも奥深いし、絵画への興味も誘われて2度美味しい。
中でもこの作品は、自分の女としての価値観をターゲットにした男(男の方も聖人とか同性愛者とか、まあ、お断りする大義名分はある)に認められなかった二人の女性(メイベルとサロメ、という時代を越えた2人)が、空恐ろしい復讐を行う、その復讐が演劇や舞踏にまつわる舞台で、ってところに、「やっぱ上手いなぁ~」と思わされてしまうのでした。
史実を事細かに取材したり資料集めて、その点と点を繋げてストーリーにする上手さは、多分私が知る限りこの方がダントツだと思います。
特に今作品は女というものの浅はかな部分とドロリとした空恐ろしさが描かれていて、美しくもゾクリとさせられました。
2023年6月26日
デビュー作の扱いがマスコミにスキャンダラスに表現されたけど、その後の次々と発表される作品の文章の美しさと人間関係(恋愛も含む)の切なさが好きだった。
作品の印象で未だに尖ってる方に思われがちだけど、このエッセイは年齢を重ねた(もう60代だということにビックリ)円熟味のある読み心地の良い作品でした。
正直に言うと、ポンちゃんシリーズで書かれた何作かのエッセイ集より好きかも(ごめんなさい)。
年齢を経たせいか、宇野千代さんを意識してのエッセイだからなのか、回顧録的な文章が多いけど、あのやんちゃだった山田さんが初老になったとき、どんなふうに人生を省みるのだろう、と思ってた部分もあったので、趣深い1冊。
2023年5月19日
2022年5月26日
8050問題(年老いた80代の親の年金に依存している引きこもりの50代の子供世代)を抱える家族の物語…かと思いきや、それをなんとかして回避しようとあがく、どちらかというと実質は5020な家族のストーリー。
なので、ちょっとこれは昨今のタイムリーなタイトルに釣られて読む人多いんじゃないの? (ワタシもそうです(笑))と思ったんですが、まぁ8050問題にならないための一つの事例として面白く読めました。
後書きに林真理子さんご本人も書いていたけれど、「7年前のこと(いじめ)でも裁判は可能です」ってことのほうがこの作品の大きなテーマというか、こっちのほうを売り文句にして大々的に知らしめる方が、たぶん悲惨ないじめ事件を多く抱える(ニュースになるのはほんの一握りで、水面下で抱えてる)現代社会への問題提議になったのでは、と個人的には思います。
中学時代のひどいいじめが原因で7年間も引きこもっていた息子、翔太。近所で8050問題を間近で目撃してしまったことと、娘の結衣(翔太の姉)の結婚話が持ち上がったことにをきっかけに、今までなぁなぁで流していた息子の引きこもり問題に向き合う両親。
はじめは、引きこもりを改善するべく更生施設などに頼ろうとしていたが、ストーリーが進むに連れ、引きこもりの原因になったいじめ問題に向き合うことに、そして裁判へ。
話が進んでいくにつれ、家族間が見て見ぬ振りをしていたり、諦めていたり、要は臭いものに蓋をしていた問題点(夫婦間とか、姉と弟とか)にもスポットライトが次々にあてられて、裁判終了後には以前とは違う家族形態になっているものの、それでも家族は家族なのでしょう。どんな形であっても、親と子、姉弟。
思うに、引きこもっていた翔太は長い間開けられていないワインの瓶のコルクのようなものだったのでしょうか。
コルクは年月とともに劣化して綻びていき、やがてはその瓶の中に放置されていた家族間の様々な問題という澱のようなものを漏らし始めていくのです。
7年も前のいじめ問題でも裁判できる、というのは目からウロコでしたが、いじめた方にとっては「7年も前のこと」ですが、された方にとっては(それが原因で引きこもりになってまった者にとっては)あの日から時が止まっているんですよね。
でも、この作品の親子に関しては、戦えて本当に良かった、戦う中でいろいろと犠牲は多かったけれども、引きこもりの翔太の時計がやっと回り始めたのだから、と感じました。
8050問題をテーマというよりは、それを回避した一例のストーリーではあったものの、内容はいじめ問題に取り組む人や、まさに当事者で今悩んでいる人にすすめたい作品でした。
いじめから逃れるヒントが結構作中で散りばめられているので(身近な人に相談するとか、記録をし続けるととか)あるので、読んでほしいと思います。
でも、実はたぶん、一番いいのは
「こんなことされるのは嫌だ! 嫌なことをする君たちはもう付き合わない」
とはっきり言っちゃうのが一番いいのかもしれませんね。(ワタシはたぶん言っちゃう方(笑)結果ボッチになっても気にしない質なので)
そして、今まさに陰湿ないじめをやってる子たち、そしてそれを見て見ぬ振りをしている学校関係者たちにも読んでいただきたい。
ねぇ、何年か経って大人になったときの、もう忘れていた一番イヤなタイミングで、反撃を食らうかもしれないんだよ?
反撃をする、と覚悟を決めた人間は、どんなに傷を負っても、どんな手間をかけてももう諦めたりしないんだよ?
今度はあなた達の心にずっと残る苦い楔が打たれて、それはあなた達の人生を大きく狂わせることはないかもしれないけど、ずっと苦いものを抱えて生きていくことになるんだよ、と。
まぁ、使われすぎて、もはや...
2021年10月3日
また、いい感じのラストのほろ苦さというか後味の悪さが残る桐野夏生さんの作品。
もうね、パターン化してるというか様式美に近いし、なんとなくこの本を読んだ後の自分の心境とか読後感が予想付くんですけど、それでも美しい文章と登場人物の心境の描写に惹かれて読んでしまう、毎度毎度の不思議なルーティーンな読み方をしてしまいます。
この作品を読む少し前から、個人的にですが、「ヒトの心のブラックボックスは、無闇矢鱈と開けないほうがいい」としみじみ思うようになって来ていたのですが、この物語の主人公早樹は、何年かかけてようやく納得した前夫の死を、ひょんなことから揺らがされてしまう。
一旦は前夫の死を受け入れて、その後親子ほど年の離れた資産家と結婚し、先の結婚とはなにもかも違うライフスタイルを現夫の意向に合わせて受け入れていただけに、たちが悪いタイミングではあります。
あまりにも謎の部分が多かった前夫の海難事故を、長い日々を消費して納得して死を受け入れ、新しい人生を歩んでいた。だけど、邸宅の庭にいるという、でもけして姿を現すことはない蛇のようにチラリチラリと前夫が生きているかもしれないという事件やキーマンの過去などが存在感を露わにしていく。
うーん、このあたりが謎が気になって、読むのが止まらなくなってきたんですけど、たぶんワタシ個人は早樹とは少し違っていて、自分だったら、もう前夫の生死はもう追わないかなぁ。
真実を知ることが怖い、というのではなく、その真実を追うことによって、周囲の人たち(自分の親友も含む)の心のブラックボックスを探ってしまうことのほうが怖い、かな、と思います。
そのあたりがどうもワタシはヘタレなのでしょう、多分(笑)
(自分も自分のブラックボックス的なものはあまり人に暴かれたくないから(笑))
ラストは、うーん、あまりにも唐突な締めくくりだったので、ちょっと個人的には取ってつけたような種明かしでしたね。
実を言うと、庭の巨大オブジェの彫刻家がもうちょっとストーリーに絡んでくるのかと予想していたのですが、ハズレました(笑)
「海聲聴(海の声を聞け)」と「焔」というタイトルの2つのオブジェ。作者の彫刻家よりもこのオブジェのタイトルの方が重要だったようです。
早樹は真実を記された手紙を庭で燃やしましたが、この2つのオブジェに挟まれたシーンがこの物語を集約しているかのようでした。
海からの聲を聞き続け、そして焔で燃やし、それでも彼女の人生は続いていく。
姿を現さなかった蛇は、たしかに庭にいたのでしょう。
そして苦い真実の林檎を置き土産にして。
ラストがちょっと唐突な感じはありましたが、二段組440ページ超の大作、一気に読まされた筆致は流石だなぁと思いました。
2021年9月28日
久々の小池真理子さんの小説。「無伴奏」とか「恋」とか好きな作品で、たまに読み返したりしていましたが…。
作者自身が、ご主人の介護、看取りなどをしつつ、10年かけて描いた570ページに渡るミステリー長編。
長編ではあるものの、筆致の巧みさと描写の美しさで、ぐいぐいと読み手をつかんでくる感じ。
ページをめくる手が止まらず、2日弱で読了。
小池作品には、ピアノがよく似合う、と前々から思っていたのですが…。
その旋律は人間の原罪というものに絶えず祈りを捧げていたんだなぁと、過去の作品でなかなかこのフレーズが思い浮かばなかったのですが、今回の作品でまさに自分の中で「原罪に捧げる祈り」がこの人のテーマなのかもしれないと改めて思いました。
うーん、「原罪に」ではなく「原罪を与え給うた神とか運命とか」に対して「許しを乞う」のではなく、ただ静かに祈りを捧げている、そんなイメージです。
なぜ自分は知恵の実を食べてしまったのだろう、食べなければ何も知らずに幸せだっただろうに、だけど食べる前の自分には、知る前の自分には戻れない。そして戻りたいとはもはや思えない。
そんな祈りのような思いが作品全体に感じられました。
両親を何者かに惨殺された、美しく聡明な少女の老年に至るまでの一代記なのですが、序章と終章に共通して描かれる恐竜(ティラノサウルス)の母子のエピソードが、深く趣深いです。
笑ったり、泣いたり、怒ったりの人間の一生って長いように思えるけど、悠久のときの流れのなかではほんの刹那で。
その刹那の点が脈々と繋がっていくさまが永遠というものなのかな、と思いました。
読み手の自分が年をとったからなのか、この作品が深かったのか、読んだあと、言葉にならないいろんな思いが出て、読後何日間かちょっといろいろ引きずった作品です。
2021年9月15日
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自転しながら公転する
- 山本文緒
- 新潮社 / 2020年9月28日発売
- 本 / 本
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ひさびさの山本文緒さんの小説。『眠れるラプンツェル』とか昔好きだったなぁ~などと思いつつも、『結婚、仕事、親の介護 全部やらなきゃダメですか?』という帯の文に惹かれ手に取った一冊。
ワタシはこの小説の主人公、都よりはだいぶ年かさだけれども、この年になってようやく
「幸せの形は人それぞれ」
というのが身に沁みて実感出来るようになってきました。フレーズとしては耳慣れた軽く聞こえていたこの言葉が、自分の人生とようやくシンクロしてやっと言葉の重みを持つようになったような気がします。
それでも、「人それぞれ」ではあるけれど、「それぞれ」の部分ががどこかきらめいていなくてはならない、という風に思っていたのかもしれない。それはもしかしたら昨今のSNSとかネットで他人の人生の陽の部分だけ眺め続けていたからかもしれません。
この作品を読むと、ああ、「人それぞれの人生」は別に「いびつなもの」でもいいんだなぁ~、完璧な形の幸せってもしかしたらこの世にはなくて、ある程度の不幸せでピースを欠けさせたいびつな幸せなんだか不幸なんだかよくわからないものが人生というものなのかなぁと感じました。
バリバリやれてる仕事、高収入の夫との素敵な結婚生活、年老いた親はまだまだ元気で…という夢のような幸せからは遠く、この小説の主人公の都は、仕事は契約の時短勤務で、出会った彼は高収入ではなく問題を抱えていて、自分の母親は重めの更年期障害で寝たり起きたり、ときおりホットフラッシュの発作を起こし精神的にも不安定気味。
彼女は、そんな「なんだかなぁ」な人生だけど、別にそれを変えてやろうと特に大きなアクションを起こしたわけでもありません。
彼女は、それぞれにただ向かい合っただけ。すべての事柄に真摯に向き合うというのではなく、時には愚痴や弱音を吐きながら。
でも、それでいいのです。
弱音言ったり、投げ出したり、時には逃げ出しても、それでも。
「いびつであること」「少しぐらいの不幸なことも受け入れる」ということが、俗な言い方ですが「だましだまし生きていく」ということなのかもしれません。
また、他人の幸せの形もそれぞれなので、それを認めつつ、ということも感じました。昨今、多様性を認めよう的な流れも世間にはあるのですが、もしかしたら皆が幸せは少しの不幸で歯抜けしたいびつな形でもいい、ということに気づき始めたのかもしれませんね。
2021年8月29日
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因陀羅網
いんだらもう
indrajāla
インドラ神の網のこと。インドで一般に魔術の所産の意に用いられた。華厳仏教では,インドラ神の宮殿にある網で,結び目に宝玉がつけられ,宝玉同士が互いに映じ合って,それが無限に映じるとして,重重無尽の理論を説明するのに用いられる。帝網 (たいもう) ともいう。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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前半・中盤までは、日本でうだつの上がらない腐った日々を送っていた晃が、謎に包まれた親友の空知の行方を探すカンボジア旅って感じで、普段知らないカンボジアの風土や情勢、パックパッカーの日常など興味深く読んでいました。
で、だんだんと親友空知のバックボーン的な事が薄皮を剥がすように解明されていき…ラストは安定の桐野夏生的苦い終わり方。
情勢不穏なカンボジア、というあまり身近にはない国勢も踏まえた上で考えさせられたこと。
みんな救世主(メサイヤ)がないと立ち行かないのかな。
日本だってカンボジアに比べれば遥かに平和ではあるけれど、やはりみんな心の奥底で「今」を変えてくれるなにかを求めているような気がします。
変えてくれるなにか、が、もしかしたら中身はどんなものでも、どんな人格でもいいのかもしれないなぁ…(だって過去にはとんでもない人を救世主=リーダーとして起こってしまった歴史もないことではないですし)…なんて思ったら、ちょっとゾクッとしてしまいました。
「深淵を覗く時 深淵もまたあなたを覗いている」
的な、謎に包まれた情勢不穏な国のリーダーの生い立ちや人物像を探っていくのだけれど、実は一挙一投足、こちらの行動が筒抜けだった、というのも。まぁ出てくる登場人物、誰が信用できて誰が糸を引いているのか、というストーリーも割と読んでいてハラハラしました。
「俺は、おまえたちのインドラの網になろとうと思っていた。それなのに、宝石のおまえが輝きを失ってどうするんだ」
というラスト近くの晃のセリフですが、もしかしたら、インドラの網を手繰り寄せていくうちに、ついに結び目にたどり着いてしまい、自分がその結び目の宝玉に…的な、ね。
宝玉(ここで言う、国のリーダーとか救世主とか)は、平和でも戦乱でもみんなが無邪気に、ときには無責任に求めてしまうものなのかもしれません。
そしてそれは人格者であること、というのは実はあまり重要ではなかった、というのを気付かされたのがこの作品の恐ろしいところだと思います。
(残滓のようになっても、生死不明でも、挿げ替えられても、というところが)
まぁね、自分ではそうそう動かないくせに、国を変える誰かを求めてるってとこに、己を含め人間の業みたいなものを感じてしまいました。
インドラネットというタイトルや盧遮那、とかの登場人物の名前など、カンボジアという国含め仏教関連なのは、桐野さんはそういう人間の業みたいなものを描きたかったのかな、と思いました。
まぁ、これは読者側の下衆の勘繰りですけど(笑)
2021年7月3日
かつて少女時代にガールズバンドを組んでいた、という過去の一瞬の煌めきが強すぎてその後の人生に影を落とす三人の女性の物語。
ちづる…夫の浮気に気づきながらも行動を起こす情熱もなく、趣味なのか実益なのか曖昧なイラストをなんとか形にしようと藻掻く中、自分の仕事を支えてくれそうな妻子ある男性と寝てしまう。
麻友美…裕福でなかった少女時代を嫌い、裕福な男性と結婚。娘がいるが、その娘になんとか華やかな自分の代理人生を歩ませたい。
千都子…強いワーキングシングルマザーに育てられ、彼女からの呪縛にあえぐ日々。三人の中で唯一の独身女性。あれこれやってみるも、写真という仕事になんとかしがみつき、彼女もそれを支えてくれそうな男性にすがりついてしまう。
と。35歳ぐらいの年齢で、40になるといろいろ人生軌道修正ができなくなってしまう。それゆえいろいろと足掻くのだけれども。
この年齢って、青春時代からはるか20年弱経ってしまい、自分の勢いも衰え、でも何かやるのなら最後のチャンス、と思い込んでしまう年代なのかな、と思いました。
(実際そうなのか違うのかは、本当にその人それぞれ違うのだろうけども)
浮き輪に掴まってただ流されているだけのような日々。15歳の頃の自分と今の自分、大して中身は変わっていないように思えるのに、なぜ今の自分はこうなのか、動けないのか、という思いはワタシにもよくわかります。(本当に自分の精神年齢が高校生ぐらいの頃と変わってないなぁ、今の自分は大人の皮と世間体を被っているだけだわ、と思うことが多々あるので(笑))
バンドを組んでいたあの頃のワクワクしたときのように、あの頃の輝きが強すぎたから。
三人三様で、今の自分を変える小さなジャンブ台を探して迷っている。
三人それぞれの関係性を見ると、母性、恋愛(男性)、仕事、と自分の持っているもの、足りないものをぐるぐる巡る三すくみ状態の関係なのも興味深かったです。
そしてそれぞれが紆余曲折の末、あの頃の輝きを手に入れるのですが、それは奇しくも伊都子をずっと呪縛していたかのように思える末期がんになってしまった母を、最後に海に連れて行く、ということで叶うのです。でもそれはやはり一瞬で。
その後三人はまたそれぞれ自分の人生を歩み始めるのですが、今度は足掻くことなくしっかりとした足取りで。
おそらく、伊都子の母の最後の言葉で三人それぞれが自分の人生の許しみたいなものを得たのかな、と思いました。
物語中盤ぐらいまでの中年に差し掛かった女性それぞれの焦燥感みたいなものから藻掻く感じ、そして小さなジャンプ台を探し飛び込んで見る、でもあるきっかけで自分の人生の許しを見つける、みたいな少しほろ苦くはありますが、なんとなくわかるなぁ~と思いながら読みました。
なんかね、夫に対する腹いせとか、ママ友との確執とか、母親からの呪縛とか、なんかそんなのじゃなく、ちゃんと自分のための人生歩まないとな、て感じなのかな。
他の方のレビュー読むとあまり評価が高くないみたいだけど、これ、読む年代にもよるのかな。ワタシ自身は彼女らの年代よりも上なので(笑)、過去の自分も含めてわかるなぁと思って読んだのだけれども。
2021年6月12日
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風神雷神 Juppiter,Aeolus (下)
- 原田マハ
- PHP研究所 / 2019年10月31日発売
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(上下巻合わせての感想です)
上下巻合わせて400ページ弱の美術をモチーフとした長編小説。
風神雷神を描いた琳派の祖、俵屋宗達、欧州に渡った天正少年使節の原マルティノ、バロックの巨匠カラヴァッジョ、この三人を一見荒唐無稽に見えるけど、うまーく絡み合わせて壮大な物語が描かれていく。
いやー、面白かった。上下巻長かったけど、ページをめくる手が止まりませんでした。
史実をもとにしながらも、謎の多い部分は作者の筆力で補っていて読んでいて非常に面白い小説でした。まぁ、歴史的には細部で少し齟齬が生じてはいるのでしょうが、それを差し引いてもとにかく面白い、読んでいてこちらも使節の少年たちと一緒に長い長い旅をしている気持ちになりました。
この小説、もしお金に糸目をつけないのなら大河ドラマとかにしたら面白そうだなぁ~と読んでいる途中で思いましたが、いかんせん何箇所もの海外ロケ、美術品の映像使用費、大道具その他当時の帆船の再現、などなどたぶんとんでもない費用になりそうですね。でも、ストーリーとしてはそのぐらい面白い内容でした。
ラスト近くの最後の晩餐の絵画を前にしたシーンで、敬虔なキリスト教徒である少年使節の原マルティノがいることによって、信仰の対象の宗教画でもなく、技工を凝らした美術品でもない、それらを超えた本物の心揺さぶる何かを絵師の二人(宗達とカラヴァッジョ)が天啓を受ける、というのが、この物語のすべての鍵がしっかり嵌ったような気がして、読んでいるこちらも震えました。
宗達がキリスト教徒ではないところも鍵ですね。おそらく絵師の二人がこのとき得たものは、宗教や技工を超えたところにある、今まで誰もが到達できなかったものなのでしょう。
そして悠久の時を超えて現代で、この二人の絵師の繋がりが発見され…というのはこれがフィクションだとわかっていも深く感銘を受けてしまいました。
二人が追い求めた「ほんもののなにか」は時を超えても今も人々の心を揺さぶり続けているのですね。
原田マハさんの美術モチーフの小説は、読みながらその絵画をググって眺めながら読む楽しみがあって、私は結構好きなんですけど、読むたびに美術展に行きたくなってしまいます(笑)
いつか本物を目の前で観たいなぁと思いました。
2021年4月7日
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ガラシャ(新潮文庫)
- 宮木あや子
- 新潮社 / 2013年9月1日発売
- 本 / 電子書籍
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細川ガラシャと言えば、奥さん大好き過ぎてヤンデレこじらせた夫の忠興に歪んだ愛情をこれでもか、とぶつけられて、石田三成に攻め込まれたときに、キリスト教徒なもんだから自殺はできないので家臣に槍で自身を貫かせて亡くなった、というぐらいの知識しかなかったんですが、なかなか史実を基に上手く練り上げられた悲愛ストーリーになっている。
惜しむらくは、タイトルにもなったガラシャよりも、侍女の「糸」の心情があまりにも多く描かれているので、なかなかガラシャに共感しづらい読者が多いのではないかということ。
ですが、衝撃のラストまで持っていくにあたり、こういう風に描き続けるしかなかったのかな、とも思います。
ネタバレは避けますが、まさにガラシャと糸は表裏一体、といったところでしょうか。
Amazonのレビューを見ると「ガラシャに共感しづらい」という方が多かったのですが、上記のことを踏まえると、史実をベースにうまく想像の翼を広げて描かれた恋愛小説だと思います。
文章が美しく、サクサクっと読みすすむことが出来ました。
歴史が好きな方、史実にこだわりのある方だとちょっと…かもしれませんが、ワタシ個人は面白く読めました。
2021年3月29日