8050問題(年老いた80代の親の年金に依存している引きこもりの50代の子供世代)を抱える家族の物語…かと思いきや、それをなんとかして回避しようとあがく、どちらかというと実質は5020な家族のストーリー。
なので、ちょっとこれは昨今のタイムリーなタイトルに釣られて読む人多いんじゃないの? (ワタシもそうです(笑))と思ったんですが、まぁ8050問題にならないための一つの事例として面白く読めました。

後書きに林真理子さんご本人も書いていたけれど、「7年前のこと(いじめ)でも裁判は可能です」ってことのほうがこの作品の大きなテーマというか、こっちのほうを売り文句にして大々的に知らしめる方が、たぶん悲惨ないじめ事件を多く抱える(ニュースになるのはほんの一握りで、水面下で抱えてる)現代社会への問題提議になったのでは、と個人的には思います。

中学時代のひどいいじめが原因で7年間も引きこもっていた息子、翔太。近所で8050問題を間近で目撃してしまったことと、娘の結衣(翔太の姉)の結婚話が持ち上がったことにをきっかけに、今までなぁなぁで流していた息子の引きこもり問題に向き合う両親。
はじめは、引きこもりを改善するべく更生施設などに頼ろうとしていたが、ストーリーが進むに連れ、引きこもりの原因になったいじめ問題に向き合うことに、そして裁判へ。

話が進んでいくにつれ、家族間が見て見ぬ振りをしていたり、諦めていたり、要は臭いものに蓋をしていた問題点(夫婦間とか、姉と弟とか)にもスポットライトが次々にあてられて、裁判終了後には以前とは違う家族形態になっているものの、それでも家族は家族なのでしょう。どんな形であっても、親と子、姉弟。
思うに、引きこもっていた翔太は長い間開けられていないワインの瓶のコルクのようなものだったのでしょうか。
コルクは年月とともに劣化して綻びていき、やがてはその瓶の中に放置されていた家族間の様々な問題という澱のようなものを漏らし始めていくのです。


7年も前のいじめ問題でも裁判できる、というのは目からウロコでしたが、いじめた方にとっては「7年も前のこと」ですが、された方にとっては(それが原因で引きこもりになってまった者にとっては)あの日から時が止まっているんですよね。
でも、この作品の親子に関しては、戦えて本当に良かった、戦う中でいろいろと犠牲は多かったけれども、引きこもりの翔太の時計がやっと回り始めたのだから、と感じました。

8050問題をテーマというよりは、それを回避した一例のストーリーではあったものの、内容はいじめ問題に取り組む人や、まさに当事者で今悩んでいる人にすすめたい作品でした。
いじめから逃れるヒントが結構作中で散りばめられているので(身近な人に相談するとか、記録をし続けるととか)あるので、読んでほしいと思います。
でも、実はたぶん、一番いいのは
「こんなことされるのは嫌だ! 嫌なことをする君たちはもう付き合わない」
とはっきり言っちゃうのが一番いいのかもしれませんね。(ワタシはたぶん言っちゃう方(笑)結果ボッチになっても気にしない質なので)

そして、今まさに陰湿ないじめをやってる子たち、そしてそれを見て見ぬ振りをしている学校関係者たちにも読んでいただきたい。
ねぇ、何年か経って大人になったときの、もう忘れていた一番イヤなタイミングで、反撃を食らうかもしれないんだよ?
反撃をする、と覚悟を決めた人間は、どんなに傷を負っても、どんな手間をかけてももう諦めたりしないんだよ?
今度はあなた達の心にずっと残る苦い楔が打たれて、それはあなた達の人生を大きく狂わせることはないかもしれないけど、ずっと苦いものを抱えて生きていくことになるんだよ、と。

まぁ、使われすぎて、もはや...

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2021年10月3日

読書状況 読み終わった [2021年10月3日]
カテゴリ 小説

また、いい感じのラストのほろ苦さというか後味の悪さが残る桐野夏生さんの作品。
もうね、パターン化してるというか様式美に近いし、なんとなくこの本を読んだ後の自分の心境とか読後感が予想付くんですけど、それでも美しい文章と登場人物の心境の描写に惹かれて読んでしまう、毎度毎度の不思議なルーティーンな読み方をしてしまいます。

この作品を読む少し前から、個人的にですが、「ヒトの心のブラックボックスは、無闇矢鱈と開けないほうがいい」としみじみ思うようになって来ていたのですが、この物語の主人公早樹は、何年かかけてようやく納得した前夫の死を、ひょんなことから揺らがされてしまう。
一旦は前夫の死を受け入れて、その後親子ほど年の離れた資産家と結婚し、先の結婚とはなにもかも違うライフスタイルを現夫の意向に合わせて受け入れていただけに、たちが悪いタイミングではあります。

あまりにも謎の部分が多かった前夫の海難事故を、長い日々を消費して納得して死を受け入れ、新しい人生を歩んでいた。だけど、邸宅の庭にいるという、でもけして姿を現すことはない蛇のようにチラリチラリと前夫が生きているかもしれないという事件やキーマンの過去などが存在感を露わにしていく。

うーん、このあたりが謎が気になって、読むのが止まらなくなってきたんですけど、たぶんワタシ個人は早樹とは少し違っていて、自分だったら、もう前夫の生死はもう追わないかなぁ。
真実を知ることが怖い、というのではなく、その真実を追うことによって、周囲の人たち(自分の親友も含む)の心のブラックボックスを探ってしまうことのほうが怖い、かな、と思います。
そのあたりがどうもワタシはヘタレなのでしょう、多分(笑)
(自分も自分のブラックボックス的なものはあまり人に暴かれたくないから(笑))

ラストは、うーん、あまりにも唐突な締めくくりだったので、ちょっと個人的には取ってつけたような種明かしでしたね。
実を言うと、庭の巨大オブジェの彫刻家がもうちょっとストーリーに絡んでくるのかと予想していたのですが、ハズレました(笑)
「海聲聴(海の声を聞け)」と「焔」というタイトルの2つのオブジェ。作者の彫刻家よりもこのオブジェのタイトルの方が重要だったようです。

早樹は真実を記された手紙を庭で燃やしましたが、この2つのオブジェに挟まれたシーンがこの物語を集約しているかのようでした。
海からの聲を聞き続け、そして焔で燃やし、それでも彼女の人生は続いていく。

姿を現さなかった蛇は、たしかに庭にいたのでしょう。
そして苦い真実の林檎を置き土産にして。

ラストがちょっと唐突な感じはありましたが、二段組440ページ超の大作、一気に読まされた筆致は流石だなぁと思いました。

2021年9月28日

読書状況 読み終わった [2021年9月28日]
カテゴリ 小説

久々の小池真理子さんの小説。「無伴奏」とか「恋」とか好きな作品で、たまに読み返したりしていましたが…。
作者自身が、ご主人の介護、看取りなどをしつつ、10年かけて描いた570ページに渡るミステリー長編。

長編ではあるものの、筆致の巧みさと描写の美しさで、ぐいぐいと読み手をつかんでくる感じ。
ページをめくる手が止まらず、2日弱で読了。

小池作品には、ピアノがよく似合う、と前々から思っていたのですが…。
その旋律は人間の原罪というものに絶えず祈りを捧げていたんだなぁと、過去の作品でなかなかこのフレーズが思い浮かばなかったのですが、今回の作品でまさに自分の中で「原罪に捧げる祈り」がこの人のテーマなのかもしれないと改めて思いました。
うーん、「原罪に」ではなく「原罪を与え給うた神とか運命とか」に対して「許しを乞う」のではなく、ただ静かに祈りを捧げている、そんなイメージです。

なぜ自分は知恵の実を食べてしまったのだろう、食べなければ何も知らずに幸せだっただろうに、だけど食べる前の自分には、知る前の自分には戻れない。そして戻りたいとはもはや思えない。
そんな祈りのような思いが作品全体に感じられました。

両親を何者かに惨殺された、美しく聡明な少女の老年に至るまでの一代記なのですが、序章と終章に共通して描かれる恐竜(ティラノサウルス)の母子のエピソードが、深く趣深いです。
笑ったり、泣いたり、怒ったりの人間の一生って長いように思えるけど、悠久のときの流れのなかではほんの刹那で。
その刹那の点が脈々と繋がっていくさまが永遠というものなのかな、と思いました。

読み手の自分が年をとったからなのか、この作品が深かったのか、読んだあと、言葉にならないいろんな思いが出て、読後何日間かちょっといろいろ引きずった作品です。

2021年9月15日

読書状況 読み終わった [2021年9月15日]
カテゴリ 小説

ひさびさの山本文緒さんの小説。『眠れるラプンツェル』とか昔好きだったなぁ~などと思いつつも、『結婚、仕事、親の介護 全部やらなきゃダメですか?』という帯の文に惹かれ手に取った一冊。

ワタシはこの小説の主人公、都よりはだいぶ年かさだけれども、この年になってようやく
「幸せの形は人それぞれ」
というのが身に沁みて実感出来るようになってきました。フレーズとしては耳慣れた軽く聞こえていたこの言葉が、自分の人生とようやくシンクロしてやっと言葉の重みを持つようになったような気がします。
それでも、「人それぞれ」ではあるけれど、「それぞれ」の部分ががどこかきらめいていなくてはならない、という風に思っていたのかもしれない。それはもしかしたら昨今のSNSとかネットで他人の人生の陽の部分だけ眺め続けていたからかもしれません。

この作品を読むと、ああ、「人それぞれの人生」は別に「いびつなもの」でもいいんだなぁ~、完璧な形の幸せってもしかしたらこの世にはなくて、ある程度の不幸せでピースを欠けさせたいびつな幸せなんだか不幸なんだかよくわからないものが人生というものなのかなぁと感じました。
バリバリやれてる仕事、高収入の夫との素敵な結婚生活、年老いた親はまだまだ元気で…という夢のような幸せからは遠く、この小説の主人公の都は、仕事は契約の時短勤務で、出会った彼は高収入ではなく問題を抱えていて、自分の母親は重めの更年期障害で寝たり起きたり、ときおりホットフラッシュの発作を起こし精神的にも不安定気味。
彼女は、そんな「なんだかなぁ」な人生だけど、別にそれを変えてやろうと特に大きなアクションを起こしたわけでもありません。
彼女は、それぞれにただ向かい合っただけ。すべての事柄に真摯に向き合うというのではなく、時には愚痴や弱音を吐きながら。
でも、それでいいのです。
弱音言ったり、投げ出したり、時には逃げ出しても、それでも。

「いびつであること」「少しぐらいの不幸なことも受け入れる」ということが、俗な言い方ですが「だましだまし生きていく」ということなのかもしれません。
また、他人の幸せの形もそれぞれなので、それを認めつつ、ということも感じました。昨今、多様性を認めよう的な流れも世間にはあるのですが、もしかしたら皆が幸せは少しの不幸で歯抜けしたいびつな形でもいい、ということに気づき始めたのかもしれませんね。

2021年8月29日

読書状況 読み終わった [2021年8月29日]
カテゴリ 小説
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因陀羅網
いんだらもう
indrajāla
インドラ神の網のこと。インドで一般に魔術の所産の意に用いられた。華厳仏教では,インドラ神の宮殿にある網で,結び目に宝玉がつけられ,宝玉同士が互いに映じ合って,それが無限に映じるとして,重重無尽の理論を説明するのに用いられる。帝網 (たいもう) ともいう。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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前半・中盤までは、日本でうだつの上がらない腐った日々を送っていた晃が、謎に包まれた親友の空知の行方を探すカンボジア旅って感じで、普段知らないカンボジアの風土や情勢、パックパッカーの日常など興味深く読んでいました。

で、だんだんと親友空知のバックボーン的な事が薄皮を剥がすように解明されていき…ラストは安定の桐野夏生的苦い終わり方。

情勢不穏なカンボジア、というあまり身近にはない国勢も踏まえた上で考えさせられたこと。
みんな救世主(メサイヤ)がないと立ち行かないのかな。
日本だってカンボジアに比べれば遥かに平和ではあるけれど、やはりみんな心の奥底で「今」を変えてくれるなにかを求めているような気がします。
変えてくれるなにか、が、もしかしたら中身はどんなものでも、どんな人格でもいいのかもしれないなぁ…(だって過去にはとんでもない人を救世主=リーダーとして起こってしまった歴史もないことではないですし)…なんて思ったら、ちょっとゾクッとしてしまいました。

「深淵を覗く時 深淵もまたあなたを覗いている」
的な、謎に包まれた情勢不穏な国のリーダーの生い立ちや人物像を探っていくのだけれど、実は一挙一投足、こちらの行動が筒抜けだった、というのも。まぁ出てくる登場人物、誰が信用できて誰が糸を引いているのか、というストーリーも割と読んでいてハラハラしました。

「俺は、おまえたちのインドラの網になろとうと思っていた。それなのに、宝石のおまえが輝きを失ってどうするんだ」
というラスト近くの晃のセリフですが、もしかしたら、インドラの網を手繰り寄せていくうちに、ついに結び目にたどり着いてしまい、自分がその結び目の宝玉に…的な、ね。

宝玉(ここで言う、国のリーダーとか救世主とか)は、平和でも戦乱でもみんなが無邪気に、ときには無責任に求めてしまうものなのかもしれません。
そしてそれは人格者であること、というのは実はあまり重要ではなかった、というのを気付かされたのがこの作品の恐ろしいところだと思います。
(残滓のようになっても、生死不明でも、挿げ替えられても、というところが)

まぁね、自分ではそうそう動かないくせに、国を変える誰かを求めてるってとこに、己を含め人間の業みたいなものを感じてしまいました。
インドラネットというタイトルや盧遮那、とかの登場人物の名前など、カンボジアという国含め仏教関連なのは、桐野さんはそういう人間の業みたいなものを描きたかったのかな、と思いました。
まぁ、これは読者側の下衆の勘繰りですけど(笑)

2021年7月3日

読書状況 読み終わった [2021年7月3日]
カテゴリ 小説

かつて少女時代にガールズバンドを組んでいた、という過去の一瞬の煌めきが強すぎてその後の人生に影を落とす三人の女性の物語。

ちづる…夫の浮気に気づきながらも行動を起こす情熱もなく、趣味なのか実益なのか曖昧なイラストをなんとか形にしようと藻掻く中、自分の仕事を支えてくれそうな妻子ある男性と寝てしまう。

麻友美…裕福でなかった少女時代を嫌い、裕福な男性と結婚。娘がいるが、その娘になんとか華やかな自分の代理人生を歩ませたい。

千都子…強いワーキングシングルマザーに育てられ、彼女からの呪縛にあえぐ日々。三人の中で唯一の独身女性。あれこれやってみるも、写真という仕事になんとかしがみつき、彼女もそれを支えてくれそうな男性にすがりついてしまう。

と。35歳ぐらいの年齢で、40になるといろいろ人生軌道修正ができなくなってしまう。それゆえいろいろと足掻くのだけれども。
この年齢って、青春時代からはるか20年弱経ってしまい、自分の勢いも衰え、でも何かやるのなら最後のチャンス、と思い込んでしまう年代なのかな、と思いました。
(実際そうなのか違うのかは、本当にその人それぞれ違うのだろうけども)

浮き輪に掴まってただ流されているだけのような日々。15歳の頃の自分と今の自分、大して中身は変わっていないように思えるのに、なぜ今の自分はこうなのか、動けないのか、という思いはワタシにもよくわかります。(本当に自分の精神年齢が高校生ぐらいの頃と変わってないなぁ、今の自分は大人の皮と世間体を被っているだけだわ、と思うことが多々あるので(笑))

バンドを組んでいたあの頃のワクワクしたときのように、あの頃の輝きが強すぎたから。
三人三様で、今の自分を変える小さなジャンブ台を探して迷っている。
三人それぞれの関係性を見ると、母性、恋愛(男性)、仕事、と自分の持っているもの、足りないものをぐるぐる巡る三すくみ状態の関係なのも興味深かったです。

そしてそれぞれが紆余曲折の末、あの頃の輝きを手に入れるのですが、それは奇しくも伊都子をずっと呪縛していたかのように思える末期がんになってしまった母を、最後に海に連れて行く、ということで叶うのです。でもそれはやはり一瞬で。

その後三人はまたそれぞれ自分の人生を歩み始めるのですが、今度は足掻くことなくしっかりとした足取りで。

おそらく、伊都子の母の最後の言葉で三人それぞれが自分の人生の許しみたいなものを得たのかな、と思いました。

物語中盤ぐらいまでの中年に差し掛かった女性それぞれの焦燥感みたいなものから藻掻く感じ、そして小さなジャンプ台を探し飛び込んで見る、でもあるきっかけで自分の人生の許しを見つける、みたいな少しほろ苦くはありますが、なんとなくわかるなぁ~と思いながら読みました。
なんかね、夫に対する腹いせとか、ママ友との確執とか、母親からの呪縛とか、なんかそんなのじゃなく、ちゃんと自分のための人生歩まないとな、て感じなのかな。

他の方のレビュー読むとあまり評価が高くないみたいだけど、これ、読む年代にもよるのかな。ワタシ自身は彼女らの年代よりも上なので(笑)、過去の自分も含めてわかるなぁと思って読んだのだけれども。

2021年6月12日

読書状況 読み終わった [2021年6月12日]
カテゴリ 小説
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(上下巻合わせての感想です)

上下巻合わせて400ページ弱の美術をモチーフとした長編小説。
風神雷神を描いた琳派の祖、俵屋宗達、欧州に渡った天正少年使節の原マルティノ、バロックの巨匠カラヴァッジョ、この三人を一見荒唐無稽に見えるけど、うまーく絡み合わせて壮大な物語が描かれていく。

いやー、面白かった。上下巻長かったけど、ページをめくる手が止まりませんでした。
史実をもとにしながらも、謎の多い部分は作者の筆力で補っていて読んでいて非常に面白い小説でした。まぁ、歴史的には細部で少し齟齬が生じてはいるのでしょうが、それを差し引いてもとにかく面白い、読んでいてこちらも使節の少年たちと一緒に長い長い旅をしている気持ちになりました。

この小説、もしお金に糸目をつけないのなら大河ドラマとかにしたら面白そうだなぁ~と読んでいる途中で思いましたが、いかんせん何箇所もの海外ロケ、美術品の映像使用費、大道具その他当時の帆船の再現、などなどたぶんとんでもない費用になりそうですね。でも、ストーリーとしてはそのぐらい面白い内容でした。

ラスト近くの最後の晩餐の絵画を前にしたシーンで、敬虔なキリスト教徒である少年使節の原マルティノがいることによって、信仰の対象の宗教画でもなく、技工を凝らした美術品でもない、それらを超えた本物の心揺さぶる何かを絵師の二人(宗達とカラヴァッジョ)が天啓を受ける、というのが、この物語のすべての鍵がしっかり嵌ったような気がして、読んでいるこちらも震えました。
宗達がキリスト教徒ではないところも鍵ですね。おそらく絵師の二人がこのとき得たものは、宗教や技工を超えたところにある、今まで誰もが到達できなかったものなのでしょう。

そして悠久の時を超えて現代で、この二人の絵師の繋がりが発見され…というのはこれがフィクションだとわかっていも深く感銘を受けてしまいました。
二人が追い求めた「ほんもののなにか」は時を超えても今も人々の心を揺さぶり続けているのですね。

原田マハさんの美術モチーフの小説は、読みながらその絵画をググって眺めながら読む楽しみがあって、私は結構好きなんですけど、読むたびに美術展に行きたくなってしまいます(笑)
いつか本物を目の前で観たいなぁと思いました。

2021年4月7日

読書状況 読み終わった [2021年4月7日]
カテゴリ 小説

細川ガラシャと言えば、奥さん大好き過ぎてヤンデレこじらせた夫の忠興に歪んだ愛情をこれでもか、とぶつけられて、石田三成に攻め込まれたときに、キリスト教徒なもんだから自殺はできないので家臣に槍で自身を貫かせて亡くなった、というぐらいの知識しかなかったんですが、なかなか史実を基に上手く練り上げられた悲愛ストーリーになっている。

惜しむらくは、タイトルにもなったガラシャよりも、侍女の「糸」の心情があまりにも多く描かれているので、なかなかガラシャに共感しづらい読者が多いのではないかということ。
ですが、衝撃のラストまで持っていくにあたり、こういう風に描き続けるしかなかったのかな、とも思います。
ネタバレは避けますが、まさにガラシャと糸は表裏一体、といったところでしょうか。

Amazonのレビューを見ると「ガラシャに共感しづらい」という方が多かったのですが、上記のことを踏まえると、史実をベースにうまく想像の翼を広げて描かれた恋愛小説だと思います。

文章が美しく、サクサクっと読みすすむことが出来ました。
歴史が好きな方、史実にこだわりのある方だとちょっと…かもしれませんが、ワタシ個人は面白く読めました。

2021年3月29日

久々に完走して視聴した大河ドラマ「麒麟がくる」のちょっぴりロスと知識の補完のために手に取った作品。
今まで、光秀=裏切り者、という薄ーい知識しかなかったんだけど、大河では光秀の周囲の様々な人々が「信長を討て」という期待で光秀に接しすぎていて、周囲の期待と時代の奔流に呑まれるような流れで謀反、という印象でした。
まぁ、大河の光秀も、この作品の光秀も、どちらも「有能過ぎた、人の心情を汲むことに長けすぎていた」という「いい人」が損をする、というなんとも苦い結末ではあるのだけれど。大河ドラマでも有能過ぎて、周りからどんどん依頼や役割を負わされてしまい、(「あ、また光秀クエスト受けちゃったよ」とか言いながら観てたワタシです(笑))なまじ人心を読むことに長けているもんだから、相反する立場のどちらの心情もわかるよ、わかるよ、でも、どうすれば…って自分を追い込むことになっていくのが観てて辛かったですもの。
大河が光秀の周囲すべてが彼を心理的に追い込んでいっているのに対して、この「毒牙」という作品では将軍の足利義昭が主となって(と言うか、ほぼ単独で)じわじわと巧妙に光秀の心を壊していく。
ただ、義昭自身、光秀の才と人柄は認めていたし好もしいと思っていたにも関わらずに、だ。この辺りになんというか、お気に入りの人物への好感と、それを操って謀りごとを少しずつ確実に進めていくという、相反する仄暗い喜悦の感情が義昭にはあったのではないだろうか。こんなに有能で人に優しい光秀が、自分の仕掛けていく謀りごとの毒でゆっくり少しずつ墜ちていく、うーん、仄暗いですね。まぁ義昭が仄暗くなってしまう時代と周囲の背景ももちろんあるのですが…。
秀吉が天下を獲ったあと、再び得度して仏門に入った義昭と秀吉の最後の会話もなんだか苦い含蓄があります。
「世を正しく保つためには、天下の主は力ある者や功ある者を早めに除かなければならない」
これが信長のことを指しているのか、光秀のことを指しているのか、おそらく両方なのではないだろうか。
一見矛盾した言葉のように聞こえるが、おそらくこの作品を読了したあとであれば、なるほど苦い含蓄を持った言葉に聞こえることだろう。
なんていうんですかね、清濁併せ呑むというか、この世は智慧者とか正しいことだけでは回らないというか、それが現代の政にも当てはまるのかどうかはワタシは語りませんが、愚かしい部分も許容しないと駄目なのかもしれませんね。この世は無菌の清潔な世界ではないのですから、ちょっと悲しいことかもしれませんが。

光秀の謀反の真相は歴史上謎に包まれているので、様々な解釈があるのですが、この作品はなかなか読み応えがあって面白かったです。

2021年3月11日

読書状況 読み終わった [2021年3月11日]
カテゴリ 小説

サクサク読めたけど、最後で「あ、思ったよりつまんなかった」というのが素直な感想。

俯瞰的立場である美容整形医の久乃が、各登場人物の独白やインタビューを聴いていくスタイル。
なのだけど、なんだか俯瞰観測者のそれぞれの独白者との繋がりが弱いように感じた。
例外として美容整形の患者達の独白はまだ繋がりがしっかりとあるのだけれど、何故久乃がそこまでそれぞれの独白者からここまでインタビュー出来たかの必然性が弱く感じた。

少女の自殺の原因については納得出来た。だが、まとめとしての久乃の講演会の内容もなんだか薄っぺらいかなぁと思った。
「カケラ」というこの作品の題名にもなったモチーフを強引に最後にドン!!と唐突に乱暴に置かれた感じ。

まぁイヤミスなのはイヤミスなんだろうけど、そこまでのイヤミスではなかったかな。
個人的には「もうちょっとなんかあるだろう」と思ってしまえてちょっとそれが残念です。

2021年2月13日

読書状況 読み終わった [2021年2月13日]
カテゴリ 小説

カテゴリ「小説」か「エッセイ」かどちらにしようか迷ったけど、おそらくほぼほぼ作者の実生活を第三者目線の語り口という文体で描かれているので、「エッセイ」というカテゴライズにさせてもらいました。

前回途中で読むのを諦めた「絶対猫から動かない」よりは、まだ作者≒「陽子さん」とワンクッション置いた三人称で描かれているのでそれほど読むのがキツくはなかったです。
(若い頃は結構好きだっけど、相変わらずの文体で年取ってから読むのキツくなった…という方がけっこういるのにちょっと安心しました(笑))

まぁ、新井素子さん≒この作品の「陽子さん」の生活の様子に関しては他の結婚生活を描いた作品で大体は知ってはいたのですが、この作品に置いても、過去の内容がずっと変わらず続いてるよー的な(囲碁という新しい趣味や本棚のような家を建てる、などの新トピックはあれど)ブラッシュアップというか継続というか…でもその継続されていることが結婚生活というものなのかもしれない、と思ったりもしました。

「金婚式物語」も一応は予定されているようですが、まぁ、たぶんこの生活の継続なのかなぁ~(ご主人の定年退職後の生活ぶりとか、夫婦それぞれの持病の闘病生活とかはたぶん高確率でネタとし予想されます)が、まぁたぶんパラバラっと手にとって読みそうな自分がいます(笑)そして金婚式を迎えても、たぶんこの少女的な語り口は不変なのでしょう。その時また幾くばくか年老いた自分がそれを読んでどう感じるのか、それだけを確認するためにたぶん読むだろうな、と(笑)

新井素子さんの語り口とか少女っぽい目線に関しては否定も肯定もしていません(人それぞれだと思うし)
たぶん自分がどれだけ年老いてしまったかを確認するための観測気球的な役割をさせてしまっているのかなぁ、などと思ったりもします。邪道な読み方かもしれませんが…(笑)

2020年11月23日

読書状況 読み終わった [2020年11月23日]
カテゴリ エッセイ

文章はわりと読みやすい。先の展開も若干は予測できてしまったけど不穏なストーリーの続きを読みたくてサクサクと読めてしまった。

映画化しやすそうなストーリー。だけど、上映終わって、なんとも言えない表情をして出てくる観客続出…てとこまで予想出来てしまう(笑)

個人的には一つの特殊なエアコンでおウチ全体が春のようにポカポカです! 的な部分はご都合主義かなぁ~とは思ったのだけど(映像化する場合もこの部分にもうちょい説明必要かも)、まぁ面白く読めた。
後味悪いラストもまぁ、この流れならもうひと押ししたかったんだろうなぁという作者の意図も理解できる。

ただ、主人公の不倫相手友梨恵、県警の柏原、不動産会社の甘利とかこのあたりがなんか人間的に描写が浅いというか、単にもうこのイヤーな展開のストーリー進めるための駒というか、なんかそんな扱い的なのはちょっと残念かな。

読後感としては、B級まではいかないギリギリA-ぐらいのホラー映画をあまり期待せずに観たらまぁ楽しめた、ぐらいの感覚です。
でも展開としては嫌いじゃないバターンなので(後味悪い話結構好き)、他の作品もこのあと読んでみたい。サクサク読めるしね。

2020年9月12日

読書状況 読み終わった [2020年9月12日]
カテゴリ 小説

 都会からUターンで故郷に戻った中年男性が、村人からのいじめにより恨みを募らせた。そして、「つけびして 煙喜ぶ 田舎者」と書かれた犯行声明のような貼り紙を自宅窓ガラスに貼り、村人5人を連続放火と殺害という凶行に…
という、ネットでこの事件を知った時点で、率直な感想としては、
「なんか八つ墓村みたいだな、まだ田舎ではそんな村八分が原因の事件とかあるんだ」
というぐらいの認識でした。たぶんそういった方多いと思います。

 田舎の村にうわさ話が羽虫のように飛び交うのなら、ネット上のうわさ話やニュースは羽虫の比ではありません。蝗害のバッタの大群のように、あっという間にこちらの興味を
食い尽くして、そして後には何も残りません。
 そんな感じでこの事件の続報なども、ワタシを含む世間一般からの興味はすっかり消えていたように思います。なにしろ、世間では日々、新しいニュースや、中にはショッキングもしくはスキャンダラスな事件もある程度の割合で起きるからです。
 それを思うと、村のコープの寄り合いでうわさ話をする村人と、ネットで面白おかしくニュースの感想などをSNSなどで軽く書き込む町に住む人々と、流量こその違いはあれど同じなのかなと思います。人がある程度の数で集団生活を営む以上、うわさ話からは逃れられないのかもしれません。人は他人の話をするものですし。

 実際に起きた事件のルポということで、やはり小説のような筋書き通りな展開とか、首尾一貫したストーリーは期待しないほうがいいと思います。個人的には、小説の世界よりも現実世界のほうが混沌としていて簡単な結論が出ないからです。それは小説世界では語り手の目線で見させられる(読者が)事柄や登場人物像が、現実世界では語り手と登場人物の立場や目線が錯綜するからなのかな、と常々思っています。

 途中まで面白く読んでいたのですが、途中えっ、と思ったのが村の長老的老人が語るオカルト的な部分。正直に言ってしまうとこの章のところでトーンダウンしてしまいそうになりました(笑)
 ただ、その後の章に関しては興味深く読めました。特に最終章の判決部分では、被害者が
望む無念の情を果たすための刑の執行と、精神障害を患う加害者の責任能力を何をもって判断するかの難しさのせめぎ合いが読み手のこちらもいろいろと考えさせられました。
 個人的には筆者の思う、投薬治療で精神障害を患う加害者の正気を取り戻し、死刑執行までの日々を自分の犯した罪を受け止め煩悶してもらう、というのがベターなやり方かなぁと思うのですが、それに関しても様々な立場からなかなか難しいところかもしれませんね。

 何年か前に知ったちょっとショッキングなニュースのその後、という通常ではなかなか知り得なかったことを丁寧なルポで知ることが出来て、また知った直後の感想とは違った感想を得ることが出来たので、その点で読んで良かったと思います。(たぶん世間一般の人からは、「ああ、何年か前に起きた平成の八つ墓村事件」的な認識から進んでいないと思うので) 

2020年6月13日

読書状況 読み終わった [2020年6月13日]

ダメだ…途中で読むのを挫折してしまった。

この年齢になると、やはり新井さんのあの文体で文章読むのキツイ…

登場人物もそれなりの中年でこの文体はどうなのか、という疑問もある。
しかし、己を顧みても、ガワだけ年取ったオバちゃんなのに、中身は全く高校生時分とレベルが上がってないなぁと感じること多々あるし(笑)
大人の皮をうまくかぶって生きているなぁと思うこと、あります。

新井さんは悪くない、変わらないのだ。
ただ、読み手の自分がガワだけオバちゃんのつもりが、案外自分が思ったより老け込んでいた、それを感じてしまいました。
うーん…残念。

2020年6月13日

読書状況 読み終わった [2020年6月13日]
カテゴリ 小説
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ニューヨーク近代美術館MoMAを舞台にした現代アートとそれに関わる周辺の人々の日常を切り取った短編集。

どれも心に沁み渡る佳作ばかりでした。
なんだろう、古典的な芸術作品も素晴らしいのだけど、現代アートは画家と鑑賞者との年代的な距離が近いからなのか、その人生、人間性も含めてエビソードが描かれやすく、また読みやすく、心にわかりやすく響いてくる、そんな印象を受けました。

また、多くの人々にトラウマを植え付けた東日本大震災やアメリカ同時多発テロの2つの事件を色濃い影のモチーフとしてうまく作品に絡めさせているところも、この作品に深みを与えていると思います。
現代アートというモチーフで、これだけ人生の深みとほろ苦さと前向きさを描いているのはすごいなと感じました。

どれもすごく心に響いて印象的だったんですけど、ラストの作品の「あえてよかった」が舞台になった年に気づくと、悲しかったです。でも、このメッセージ、伝えられてよかったのかな、とも。

原田マハさんは他にも現代アートをモチーフにした作品を書かれているので、そちらもぜひ読みたいなと感じました。

2020年2月24日

手紙のやり取りで描かれた中編小説集。

このご時世になぜメールやLINEではないのか、というのはちゃんと背景で描かれているから納得。

善人というには黒く、かといえ悪人と呼ぶには足りない、いわゆるどこにでもいるような人々のトラウマや原罪みたいなものが書簡の往復によって、徐々にあぶり出されていく。
手紙のやりとりは、善人と悪人の表裏の布地をステッチした思い出の糸をひっかけては、引きずり出していく。
その糸は果たして善と悪、どちらの布目に引きずられてしまうのだろう。

LINEやメールといった即時性では描かれないような、手紙を書いて返事を待つ、という時間が、ときに人を疑心暗鬼にさせるというのも面白く読めた。

他の方も書いているように、湊さんの作品には珍しく毒は少なめ。
往復書簡でいろいろと謎が明るみに出ていく、というスタイルも割と読みやすく、サクサクと読めてしまった。
インパクトはなかったけど、普通に面白かったかな。

2020年2月18日

読書状況 読み終わった [2020年2月18日]
カテゴリ 小説

吉本ばなな読むのは久しぶりなのと、『「違うこと」をしない』というタイトルに惹かれて手に取ってみました。

初めは、「あー、吉本ばななもこういう自己啓発本書くようになったのか~」などと時の流れ(筆者と己の年齢なども)を感じて感慨深かったのですが…

読んでみてびっくりしたのが、結構…いや、かなりのスピリチュアルな内容であること。
特に、個人的には対談の部分は本当についていけなかった(笑)
(宇宙マッサージをする方とか人のオーラや守護霊が見える方とかとの対談)

なので、その部分は本当にさら~っと読み流して、ばななさんが自分の文章のみで語っている部分だけ慎重に読み勧めた次第(笑)
元々「死を考える」みたいなメメント・モリ的な作品が多かったので、ある種の諦観というかしずかでちょっぴり厭世的な考えを述べている文章で、納得出来るところはいくつかありました。

お金の話は結構自分にも納得出来る部分がありました。
要は世間の流れ(もっともっと時間を無駄にするな、常になにかためになることをしないともったいない)というお金を搾取するための一般論からちょっと身をはずして、自分の内部で「自分は本当はどういう生活をしたいのか」「本当に要る物、本当は要らない物を一つ一つ棚卸ししていく」ことが大事なのではないか、という部分。

経済はとっくに右肩上がりではないのに、いまだに上を目指せ、もっと働け、消費せよ、ということにとらわれないほうがいいということ。
心に残ったのは、
「まったく手が届かないんなら諦めるんだけど、なまじ手が届きそうだから諦めきれない。気がついたら、あれもこれもで身動き取れなくなってる。」
なるほど。
で、次のフレーズでスパーンと、
「目的地がわからない電車からは降りた方がいい。」
この箇所。この本の中でこの部分だけは、目からウロコでした。

あと、巻末Q&Aで、「自分を好きになれない」という問いに対して、
「好きじゃなければ殺してもいいの? 捨ててもいいの? と思えば、別に好きにならなくてもいいんだと思えると思います。」
というのは驚きとともに、
「あー、この人この言葉でもしかしたら救われた気持ちになったかもしれない」
と感じました。

全体的にスピリチュアル感満載な人生ハウツー本ではあるし、人を選ぶ本ではあるけれど、この本全部ではなく、自分に響くフレーズを探してみるのも良いかな、と感じました。
(スピリチュアル好きならおすすめです(笑)ワタシはその部分が全く駄目だったので)

2020年2月16日

読書状況 読み終わった [2020年2月16日]
カテゴリ エッセイ

既刊5巻まで読了。

長編伝奇物語で有名な南総里見八犬伝をベースにしたファンタジー。

絵柄もいいし、ストーリーも結構元の八犬伝ベースで面白いと思うんだけど、Amazonのレビューが低めなのは何故なのだろうか。個人的には今後のストーリーが楽しみな作品。

とりあえず5巻までは八犬士がまだ3名ぐらいしか登場していないんだけど、犬塚信乃とか犬田小文吾とかはこちらが勝手にイメージした感じに近い。
あと、敵の玉梓のキャラクターデザインも、いかにも妖婦って感じで妖し美しって感じで良いと思う。

八犬伝ベースにした作品は結構世に多く発表されているけれど、作者の年代からはNHKの「新・八犬伝」あたりなのかなぁと思った。
(玉梓のキャラクターとか、なんとなく似ているような気がする。かたや辻村ジュサブローの人形劇、かたやマンガではあるけれど)

丶大法師(ちゅだいほうし)の生い立ちとかは元の八犬伝と変えてあったり、玉梓率いる敵側がなんと西洋悪魔の軍団だったり、隠れキリシタンや琉球王国の王女が絡んできたりと、ベースの原作よりは裾野広がり気味ではあるけれど、願わくばうまく物語のラストには、広がった風呂敷を畳んでくれることを祈ります。

まぁかなり西洋悪魔が関わってくる荒唐無稽気味な風呂敷の広げ方なんだけど、八犬伝自体、伝奇物語というファンタジーなのだから個人的には許容範囲。

2020年1月8日

読書状況 読み終わった [2020年1月8日]
カテゴリ マンガ

過去作品の「ファザーファッカー」と対をなす位置の今作。
春菊さんの少女時代の悲劇というのは、「ファザーファッカー」や他の漫画著作にもいろいろと書かれてきてはいたのですが、おそらく自分が母になり、子供達がある程度の年齢に成長した今このタイミングで、あのときの母の心情を思い出し、ときには推察しながら書き上げてくのは結構辛い作業だったのか、それとも「書かねば残しておかねば」という作家の業なのか…うーん…。

ここ最近の春菊さん個人としては、昔結構ストーリー漫画好きで読んでたんですけど、ここ何年かは完全に育児(それももうここ最近は子育ても終わりつつあり終焉に近い)とかエッセイマンガばかりで、内容もちょっとグチグチした感じで作画もちょっとアレな感じで遠ざかってはいたのですが、この作品に関しては、なかなか面白く読めました。
辛口で申し訳ないのですが、桐野夏生さんとか最近書かれた山田詠美さんの「つみびと」(この作品も幼児虐待というか放置母を描いた作品)あたりをちょっとライトにしたような感じです。

で。母と娘、まるで若い娘の美しさを妬んだ白雪姫の母のように、やはり親子でも女同士というのは、何かあるのかどうなのか。まぁ、この小説の母逸子は娘の静子の才能、若さに多少は嫉妬していたのかもしれないです。
元夫の数々の暴力に耐え、次に出来た恋人は妻帯者で自分は妾の立場。いつ破綻するかわからないこの危うい男女関係がないと自分は生きていけない、しかし年齢とともに自分の容色はどんどん衰えていく…やがて成長した娘を夫(といっていいものか、籍は入ってないので。ただしこの作品では一応家族関係でもあるので本当は愛人と言ったほうが正しいのかもしれない)に差し出せるかというと…うーん、まぁこの母は愚鈍でも素直にある程度自分の言うなりになる妹は可愛くて、自分の思い通りにならない姉の静子の存在は煙たかったんだろうなぁと思います。
もしかしたら、娘静子の存在は、かつて若い頃自分がなりたかった女性像と重なるがゆえの嫉妬で、それを壊してしまう破壊の気持ちよさもあったのかもしれません。

まぁ今だったら児相案件ですけど、この時代ってまだそれほど情報や知識が行き渡ってない頃だし(昭和の中頃ぐらい?)、社会組織の最小単位の「家族」というのが世界の全てである、と思わされてしまったら、女子供は何も出来ない時代でもあったのかなぁと感じました。

まぁ、この母逸子は典型的なダメンズメーカーだな、と。
自分の人生の節目節目の決定事項を考えるのをやめて男に決めさせて、で、あとからブーブー言ってもしょうがないのでは? と今の時代のワタシは思ってしまいますが、うーん、昔はこういう女性、結構いたんだろうなぁ…

まぁこの内縁の夫もおかしいというか、キチガイだけど(キツイ言い方でスミマセン)、おそらく娘の静子にとっては、この悪魔の所業を行った内縁の父よりも、考えることをやめて娘をこの男に差し出した母の方にずっとずっと嫌悪感を抱いて人生を送ることになるんでしょうね。

この本を読んで、傑作、とまでは思いませんでしたが、なんとなく自分の心に教訓として残ったのが、子供の父親は選ぼうよ、ということでしょうか。
なんか適当な相手と適当にセックスして、適当な避妊しててうっかり子供作っちゃって…というのは、その子供にもし母性を感じず愛情が注げなかったときの言い訳になってしまうような気がします。
セックスというか、それ以前の恋愛において、やはり多少なりとも相手の見極めというか、尊敬できる部分があるかそのあたりを流されないでやっていたら、もしかしたらこんな不幸な娘は出来なかったかもしれません。(直接的な言い方でスミマセン)

何でもかんでも母性神話というものに繋げるつもりはありませんが(母性神話...

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2019年12月25日

読書状況 読み終わった [2019年12月25日]
カテゴリ 小説
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語り部が語る話の中の登場人物がまた語り部になり、その話の中の登場人物がまた語り部になり…という、通称アラビアンナイト、千一夜物語にヒントを得て書かれた大作であり、怪作、そしてたぶん名作。

入れ子箱の中の入れ子箱、そのまた中の入れ子箱…というふうに延々と続く入れ子構造の中に読者は彷徨い、ときには自分がどこにいるのかすらわからなくなることも。
ただ、普通に考えると、入れ子の箱はどこかで終わるはずですが、千一夜物語のWikipediaを見ると、

------------------引用----------------------------------
「千一夜」アラビア語写本には、結末はなく、夜の数は282夜(およそ35話)だが、結局、ガランによる翻訳版(1704年~1717年)では、およそ480夜となった(234夜以降、夜の区切りなし。およそ60話)。こうしてヨーロッパで、残りの物語探しが盛んになるにつれ、中東で聞き取った多くの物語等が無秩序に付加されて、ついに19世紀には現在の1001夜分を含む形での出版に至った。
(中略)
結局のところ、「千一夜」は「これ」という底本がない古典であり、底本がないゆえにどんどん新しい物語が加えられ、さらにヨーロッパと中東という二つの文明の間を行ったり来たりするうちに変形が進んだ物語といえる。偽写本の捏造もしばしば行われた。しかしオリジナルがないゆえに、どれが正しくどれが誤りといった判断をするのは困難である。いつ、どの話が加えられたのかという判断も難しく、また、いつの段階までに収録された話を正式の「千一夜」と呼ぶのか、といった定義のようなものがあるわけではない。
----------------------------------------------------------

というように、どんどん話が増えていき、王の愛を得て自分の命をつなぐための話を終えたシャハラザードの意図からはずれ、まさに終わらない物語と化してしまいました。

この「熱帯」もまた現代の終わらない物語、そして「この本を最後まで読んだ人間はいない」といわく付きのストーリーになっている。
しかも、この数珠つなぎになった入れ子箱(というか、マトリョーシカ)は、やがて己の尾を飲み込むウロボロスの蛇のように(語り部が語り部を次々と飲み込んでいく)、そしてその蛇は飲み込んでいくと同時に脱皮も繰り返してゆるやかに弧を描き、徐々に世界を変容していきます。
うん、これはマトリョーシカ・ウロボロスとでも名付けたいぐらい(笑)
よくこんなストーリー思いつくなぁとちょっと感動してしまった。まさに怪作と言っていいでしょう。

500ページ超の大作ですが、軽妙な文体、愛すべき登場人物、それぞれが魅力的な入れ子箱のエピソード達、とページをめくる手が止まらなかったです。
そして、読み終わるのが本当にもったいないと途中で思ったのは、これってやはり森見さんの「最後まで読んだ人はいないという幻の本【熱帯】」を同タイトルのリアルな自分の作品として(このリアル作品にも終わりがない(笑))世に送り出す意図的なものなのかな、とも感じました。

ウロボロスはまだゆるやかに回っている。
まさに物語は終わらないのです。いやぁ、面白かった(笑)

2019年12月23日

読書状況 読み終わった [2019年12月23日]
カテゴリ 小説

HSP(敏感すぎる・繊細すぎる人)の診断テスト9割以上当てはまってしまった、たぶんワタシは繊細さん(笑)

ワタクシ事ですが、幼稚園入園時に、二人で一つの長机を教室で使っていたんですが、どうしても横の席の子と密接するのが嫌で、グズったり泣いたり、挙句の果てには机にヘアピンで境界線を描いて「ここから入っちゃイヤ」と(先生方本当にスミマセンでした)宣言したり。今思うと本当に嫌な子供でしたね、申し訳ありません。
小学生になったあたりから、「このままでは生きづらいのではないか」とふと気づき、あえて大雑把、ズボラ、大胆を演じる「隠れ繊細さん」になりました(笑)

そのままなんとなく大人になってしまったのですが、この本はその自分の気質である「繊細さん」を抑えるのではなく、それを理解した上での処世術がいろいろと書かれています。

この本に限らず、最近は、「嫌だと思ったことは嫌と言い、自分を偽らず、人目をそこまで気にしないで好きなように生きればいいんだよ」的なハウツー本が多く出版されています。
でも、一冊の本の内容すべてが自分の人生のバイブルになりうるかというと、けしてそうではなく(そんなことがあれば非常にラッキーです)、一冊の中から自分に響くフレーズが2つ3つあればそれを心に留めておく、そんな読み方を最近はしています。

この本の中でちょっと心に自分的に響いたのは、
「自分を出さないで『殻』をかぶっていると、その『殻』に合う人が集まってきてしまう」
「素の自分を出せば出すほど、自分に合う人が集まってラクになれる」
というフレーズ。
あと、これは共感心をコントロールする方法だろうと思うのですが、
「相手の話を聞いて疲れたら、その人はテレビの向こう側にいる人だとイメージする」
「相手の感情が強いときは、自分と相手の間に分厚くて透明なアクリル板があることをイメージする」
このあたりでしょうか。

マンガの「凪のお暇」の主人公の凪が同僚の女子会ランチで「わかる~」(空気読んでこ)っていうのをし過ぎて、ドッと疲れて生きづらいシーンがあるのですが、これをなんとなく思い出しました。

まぁ、別に自分の人生、自分が主人公だから、好きなことやって、別にどうでもいい人にまでは好かれる必要もないし、嫌われたらそれはそれまでだよね。
ワタシなどはもう今まで生きてきた人生よりも残りの人生のほうが短いお年頃なので、なんかこの本のいくつか(全部ではありません(笑))のフレーズを読んで少し開き直ることができました。

もしあなたの周りに、図々しいオバサンがいたら、たぶんその中にワタシがいるかもしれません。そしてもしお気に召さなければ、どうかシャッターをおろしていただいて構いません(笑)
そんな感じで生きていこ(笑)

2019年12月10日

読書状況 読み終わった [2019年12月10日]
カテゴリ 実用本
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Twitterで好評だった処世術とか息子に送る言葉などを収録した本。
紡がれる言葉が、彼が小説家でありミュージシャンであるからか、妙に心に染み渡る。
Twitterという文字数に制限のあるメディアで発表された言葉なので、無駄がなく本当に人生のエッセンスとして「効く~✨」と思ってしまった。
後書きにもあったけど、手元にいつも置いておいてちょっと弱ったときにパラパラ広げたい一冊でした。
ちょうどこの読書メモ書いてるときに喫茶店でECHOESのZOOが流れていたのは偶然だけど、なんだかちょっと感動した。

2019年11月24日

読書状況 読み終わった [2019年11月24日]

赤毛のアンの物語の中のアンとダイアナは親友。才気あふれるアンは大学に行き、ダイアナは静かに娘として家庭人としての道を進み…という話で、ストーリーもアンの一生を追いかけて行くものでした。
これが現代のリアルな世界で、じゃあダイアナのことも合わせて描いてみたらこうなるのか、という感じです。
赤毛のアンはアンが赤毛だったけど、この作品ではダイアナが染めた金髪。しかも本当は「大穴」と書いてダイアナと呼ばれるキラキラですらないヘンテコな名付け方をされていた、というちょっと可哀想な始まり方です。

アンの立ち位置である彩子は意識高い家庭で育ち、名門校への中学受験、大学進学と傍目には順風満帆な人生を歩んでいました。
ダイアナはキャバクラづとめの母と二人暮らしでジャンクな食事やゴテゴテとデコったランドセルや持ち物、とこちらも傍目にはちょっと残念な人生に見えます。
ですが、二人の娘それぞれの目線で見ると、お互いの生活がどんなに美しく輝いて見えるものだったか。

思春期までの二人のエピソードは、まるで童話を読んでいるようで微笑ましかったのですが、そこからの二人の人生の違いがなかなかにリアルで生々しかったです。
望まぬ相手との初体験をしてしまい、大して好きでもない男性に縋り付いて自己を保つ彩子と、幼い頃からの「本屋さんに勤めたい」という夢を実現したダイアナ。
別れてしまったかのように思えた二人の人生ですが、やがていろいろな謎やもつれた糸がほぐれてきて(意識低そうに描かれていたダイアナの母ティアラの過去とか、ダイアナの父の存在など)…。

ストーリーの要所要所で挟まれるダイアナの愛して止まない「秘密の森のダイアナ」という本の文章が、リアルと果敢に戦うかつての少女達へのエールになっていたような気がします。まるで昔少女だった自分が、少女向け小説を夢中で読んでいた、あのときのページをめくるスピードで読み終えてしまいました(笑)

少女小説がお好きな方、かつて好きだったけど最近は読んでないわ、という昔少女だった方ならぜひオススメしたい作品。

2019年11月10日

読書状況 読み終わった [2019年11月10日]
カテゴリ 小説

タイトルがまず秀逸(笑)

積ん読本を消化する途中の箸休め的に読んだのですが、思っていたより良かった。
人生のバイブル的な…って感じの重さではなく、ちょっとモヤモヤした悩みを軽くしてくれる(なくしてくれる、というわけではない(笑))可愛いネコの4コママンガと読みやすい文章でスイスイっと読めてしまった。

ただ、これはこちら側の問題なので作者さんには申し訳ないのですが、当方もう人生中盤超えたオバさんなので、あまり「これは!」という目からウロコ的なものは少なかったです。
たぶんもっと若い方とか学生さんぐらいが読んだら随分助けられることもあるかと思います。

2019年11月6日

読書状況 読み終わった [2019年11月6日]
カテゴリ エッセイ
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