日本二千六百年史 新書版

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レビュー : 7
著者 :
yaszさん 日本史・世界史   読み終わった 

最近(2018.2)日経新聞の広告欄で、戦前(昭和14年)に書かれた本が、当時検閲で削除された部分が復活して出版された、と宣伝されていたので興味を持ちました。

本の中には、該当箇所に傍線が引いてありその部分はすぐにわかります。書かれた文体は少し古いので少々読みにくいところがありますが、傍線を探しながら読んだという感じです。

私が最も印象に残ったのは、実は本の前半部分で、広告にも掲載されていた事ですが、日本の今の地名の多くは「アイヌ語」が含まれているとのこと。北海道に行ったときに、同じ漢字でありながら読めないものが多く、これはアイヌ語のせいだ、と理解していた覚えがありますが、北海道以外にもそのような名残があることに改めて気づきました。そういえば、どの地方でも駅の名称、地名等、漢字を習っていても読みにくいものが多いですね。

この点について今後さらに学んでいきたい、という「きっかけ」を与えてくれたという点で、この本は記念すべきものになりました。

以下は気になったポイントです。

・日本国民の天皇に対する関係は、その本質において父母に対する子女の関係と同一である、子女が父母に対して正しき関係を実現することが「孝」である、同様に日本国民が天皇に対して正しき関係を実現することが「忠」である。日本の天皇は、家族の父、部族の族長が共同生活体の自然の発達において国家の君主となり、もって今日に及べるが故である(p29)

・有史以前の太古において、日本はアジア大陸と同じく、南北二大勢力の争闘の舞台であった。南方の民は、今日の日本民族であり、北方の民はすなわち、アイヌ族である。初め日本は恐らくアイヌ民族の国土であった、この根拠は南は九州より北は奥羽に至るまで、日本の地名はほとんどアイヌ語らしき事である、日本語としては到底解釈し得ざる地名も、アイヌ語の転訛としてみると明らかなことが多い(p33)

・アイヌ人という勇武なる先住者をこの国土にもたなかったならば、南方民族(大和民族)に免れがたき文弱におちいり、今日のような国家建設ができなかったかもしれない。(p34)

・日本史は明らかに4期に分けられる、1)建国より大化革新、2)鎌倉幕府創立まで、3)徳川幕府の大政奉還、4)明治維新後(p47)
・室町幕府は、その外面組織は鎌倉時代と同一であるが、その政治を有効ならしめる統一力を欠いていた。(p143)

・江戸時代は、徳川氏を盟主と仰げる260余国からなる連邦の観があった、当時の大名の領土は、約20の大諸侯を除けば、大は数郡、小は半郡にも及ばない(p195)

・五番方と呼べる、大番・書院番・小姓組番・新番・小十人組、は将軍の親衛として江戸城を警護、書院番は駿府、大番は二条・大阪の在番も務めた(p196)

・領土の大小を問わず、各大名はみな独立対等であった、1万石の大名とは、1万石のコメを産する土地の君主の意味、収穫のうち30-40%をお蔵入りとして、君主の収入としていた。但し石高には表高、内高があり、名義上1万石でも実際は数万石の収穫(内高)が上がる土地もあった。表高は軍役高とも言い、100石につき3人の兵を雇う必要があった(p260)

・幕府創立当時には、1800万石、元禄時代に2600万石、天保時代に3000万石、徳川氏所領は、初期は400万石、末期は800万石(p261)

・フランス革命はナポレオンの専制、ロシア革命はレーニン及びスターリンの専制によりなりつつある、明治維新はその専制者を明治天皇にあてた(p276)

・旧来の調停直轄地、及び、幕府旧領地を分ちて、府・県とし、全国諸侯は、273を算し、9府20県と、273藩に分割した(p277)

・全国に8大学、256中学、5万3760小学の設立する計画を立てた(p281)

2018年2月25日作成

レビュー投稿日
2018年2月25日
読了日
2018年2月25日
本棚登録日
2018年2月25日
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